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エルフ王の診療医


◆「10-14 エルフの中心地で (3) - チアノーゼ」より



「ダイはなにか聞きたいことはあるかい?」

「聞きたいこと?」


 そうさ、とネロは頷く。


「気になることがあったら何でも聞いてみるといい。外でエルフに会うことなんてそうないと思うからね。エルフについて囃されている噂も嘘ばかりだろうし」


 そうなのか。でも急に言われてもな。んー……。

 王の紫色の唇が目に入る。比較対象が2人しかいないので何とも言えないが、指先も青いし、顔色もよくない気がしてくる。


「王は体調が優れないようだけど」

「体調? ……そうだね。唇も紫になってるし」


 ネロは今気付いたかのように王を見てそうこぼした。どうであれ、あまり気にしてなかった口らしい。チアノーゼが転生前のものと症状が同じならあまり重症ではないしな。ほっといていい症状でもないけど。

 王は視線を落とし、「御身の前に醜態を晒して申し訳ございません」と胸に手を当てて真摯に謝罪してくる。醜態て。俺は思わず苦笑した。


「仕事が忙しいと聞いていますが」

「はい。……私の力が及ばず面目次第もございません」


 そういうことなのかね。ワンマン社長は唇を青くしないと思うけどな。


「王に仕事の負担がかかりすぎているのではないですか?」


 モクトロニスさんにそう訊ねてみると、彼はちらりと横目で王を見た後、「私も休んでほしいとは言っております。ただ、近年は王よりも仕事ができる者が少ないようで。王は国のため国民のためと奮起して仕事に励んでおられるようです」と伏目がちに事情を説明した。

 やっぱり負担がかかってるらしいが、有能+責任感強いタイプか。モクトロニスさんはあまり取り乱さないタイプな気もするし何とも言えないが、周りも周りで、頼ってることが麻痺していって何も言わなくなって挙句さぼったりするやつじゃないか? これ。


 前妻の話が脳裏によぎる。ぶり返してる感じか?


 なんか言われそうだが、放っておくのもなぁ……。

 忙しいらしいが、絶対的な上司が休めって言ったら休むだろう。いくら王が有能で他が微妙でも、王が多少休んだくらいで国がダメになるわけもないだろうし。


 脳内で言葉を整える。…………OK。


「では王よ」


 王の目線と合わさる。


「休んで、……休むように。一週間、……いや、8日の間、あなた自身がしなければいけない急務以外の仕事は休んでください。とくに机に向かわなければいけない仕事はやめるように。長時間座り続けて文字を見ることはチアノーゼの治りを妨げます。食事と睡眠をしっかり取り、散歩などを含む軽度の運動をして、心身ともにリラックスできる環境に身を置いて療養するように」


 いきなりつまずいてしまったが、8日だったら休暇の可能な範囲であるように思う。7日ではなく8日にしたのは「八」竜になるのを意識してみたからだ。

 王は俺の言葉を真摯に聞いていたが、発言が終わったと分かると慌てて「仰せのままに」と頭を下げてくる。チアノーゼのことは知ってるよな?


「王妃」


 王妃とも視線を交錯させる。


「あなたは休暇中の王の傍にいるように。王がリラックスできる環境をつくる役目であると同時に、王が過剰に仕事をしそうになったら止める役です」

「リラックス……ですか?」


 俺は頷く。分かるよな? リラックスするって。


「音楽でも、演劇でも、文学でも狩猟でもいいです。王宮を出てお忍びで買い物にでも出かけるのもいいでしょうね。王が楽しい気分になればいいです。仕事をするなと言ってるわけではないので、市民の仕事ぶり――酒造りの現場や田畑や職人の作業を見学するとか、そういう視察系の仕事でもいいです。普段やらない仕事がいいですね。今の王はおそらく……リュートの弦のように精神が張りつめている状態なので、緩めてあげるのが肝要です。リュートなどの弦楽器は弦をしっかり張っておくのが大事ですが、人はそうではありません。日々の過剰な緊張は様々な病気の原因ともなります」


 言い終わると、王妃もまた少し慌てた素振りで仰せのままにと頭を下げた。

 隣でネロが笑いをこらえているのが聞こえた。なんだよ。無視する。次が大事だ。


「総督司教」


 はっ、とモクトロニスさんは先に頭を下げ、胸に手を当てた。


「あははっ! うくくっ……」


 我慢できなかったのか、ネロの高らかな笑い声が響いた。

 振り向いて静かにしてくれと言おうとしたが、先にインがうるさいぞとネロに不満を言った。ネロは腹に手を当てて笑いをこらえながら、OKOKとでも言うように右手を挙げた。


 らしくないとか言いたいんだろうが。どうせ医者ごっこだよ。

 ため息が出ながらも、話を続ける。


「あなたの役目ではないかもしれませんが、この場には王族以外はあなたしかいないので。それにあなたは緑竜教の司教職ですが、王の不在時には政務も担っている有能な人物だと聞いています。……もし、王の周りの役人たちが優秀で、もう少し気遣えたのなら、王もここまで身をやつすことはなかったはずです。もちろん王が過剰に仕事をしてしまう気質の問題もあるでしょうが……。俺はフリドランの役人たちの仕事周りの事情は知りません。ですが、仕事の割り振り方が間違っていそうなことと、役人たちの教育が足りていないことは察しました。間違っていますか?」

「……いえ。仰る通りでございます」


 氷竜の言うことだからといって頷いただけじゃないよな?

 しばらく待ってみると、


「……2年前に王の仕事が増えました。ですがこれは王自身が望んだことです」


 やはり何かしらの理由はあるようだが、自分で増やしたのか。


「代表たちで話し合いなどはしたのですか?」

「はい。議会というほどの規模ではありませんでしたが、王と私含め、執政、財務大臣、学匠長、侍従長で話し合い、可決されました」


 構成役員的には専属医も参加して欲しかったところだ。


「仕事が増えて以来、チアノーゼ――皮膚が紫色になる症状のことです――の症状は出たことはありましたか?」

「私の知る限りでは出たことはありません」


 出たことないの? 王を見ると、彼の言う通りです、と応答。


「最近とくに忙しかったというのは?」

「……はい。近頃はとくに多忙を極めていた、かと」


 モクトロニスさんは視線を泳がせた。うん? 今までの応答ではとくに歯切れが悪い箇所はなかった。怪しいな。


「なぜ多忙に?」


 モクトロニスさんは「実は、」と話し始めたが、間があり、顔は下げたままだったので半ば上目遣いになる。

 目と眉の間が狭く、元々目つきはそれほど良い人ではないので、ちょっと怒ったような表情だ。


「此度の氷竜様のご襲名と、七つの竜から八つの竜になるにあたり……大法院や連合元老会の議会の開催、国内での氷竜教に据えるめぼしい人材探しや神殿の建立予定地の探索、学匠や刺繍家や吟遊詩人を集めての御身の御服や紋章、賛歌を考える場を設けていたことなど、諸々についての話し合いで忙殺していたことが原因かと……」


 俺のせいか~い!


 大法院とか連合元老会……連合ってついてるくらいだから、他国との話し合いだろ? シャレにならないな……。

 俺はつい大きめのため息をついた。墓穴を掘ったというかなんというか。


 王が申し訳なさそうに俯いているのを横目に、俺はネロの方を向いた。


「ネロ。今が笑いどころだよ。体調を気遣った相手が俺のせいで体調悪くしてたっていうんだから」


 ネロは今度は笑い声をあげることはなく、ニヒルな笑みを浮かべながら両手を後ろで組んだ。


「まあねえ。……ま、我が国民(ププレ メウス)を気遣う君の心意気は賞賛に値するとだけ言っておくよ。私としても悪い気分ではないしね」


 ネロはそう言って今度は小首を傾げながら嫌味のない笑みを見せた。

 さほど意図もないとは思うが、俺はまた息をついた。ネロのエルフたちに対して微妙に距離があるのはなんなんだ。人をからかう癖のある人の特徴と言われたらそうかもしれないけどさ。


 とりあえず睡眠時間でも聞くか……。


「忙殺されていた理由は分かりました。話題を少し変えましょう。総督司教、昨日のあなたの睡眠時間はどれほどでしたか?」


 モクトロニスさんは少し意外そうに眉をあげたが、すぐに「7時間ほどでございます。長い時には8時間ほどです」と答えた。

 まあ、普通だな。俺的にはというか、世間のサラリーマン的には多い方だと思うが。


 今度は王に訊ねた。王は少し考える素振りを見せた。


「3時間ほどでしょうか」


 あかんやん。


「昨日だけが3時間だったのですか?」

「いえ。この頃はずっと、3か月ほどの間、3時間から4時間ほどです」


 慢性化してるか。よく大丈夫だな。いや、ショートスリーパーか?

 昔から睡眠時間が短いのかと訊ねてみると否定される。


「以前はもう少し長い睡眠時間でした」

「つまり、仕事を増やしてから睡眠時間が減った?」

「はい……」


 王は自分がなにか悪いことをし、そのことを白状している風に同意した。まあ、そうだよな。


「寝起きがだるいとか、寝つきが悪いとか、睡眠の前と後でそういった症状はこの頃、睡眠時間が減ってからはありますか?」


 王はだるさもあるし、寝つきもこの頃はあまりよくない、くわえて手足がしびれていたりしたこともあると告げた。しびれもか。よくないな……。


「エルフたちの平均睡眠時間はどのくらいですか? 平均でなくてもいいです。周囲の役人たちの睡眠時間でも」


 モクトロニスさんは「役人たちはおそらく私と同じで、7時間前後ほどでしょう」と答え、王が王妃を見、王妃が「私も7時間ほどです」と慌てて答える。

 一応、エルフだし王だしで、なにか特別な理由があるのかもしれないと思い、何らかを理由に王だけが短い睡眠時間で事足りるのかと聞けばそんなことはなく、そのような事例はアールヴたちくらいものだろうとモクトロニスさんが回答した。インによる念話の解説で、アールヴとは神樹の祝福を得た守り人たちとのこと。


 気になるところでは、王が自分たちより短い睡眠時間であることに対して王妃とモクトロニスさんの間でそれほど感情が動いてないらしい部分だ。

 野菜をよく食べたり、平民も飲める避妊薬を開発したり――栄養学の方はあるのかは分からないが――エルフは医療に関しては進んでいるようだけど。睡眠時間の短さが万病の元である考え、ないし睡眠医学は先進的な考えだし、睡眠と病気はあまり結びついていないのかもしれない。


「王よ。休暇を取ってくれとさきほどは言いましたが。くわえて、睡眠時間をみなと同じ時間取るようにしてください。休暇以降もです」


 睡眠時間をですか? と王は首を傾げた。やはり睡眠医療の認識は薄いか?


「そうです。基本的にあらゆる生物には睡眠が必要です。睡眠は体を休め、傷の治りを早めるだけでなく、脳の働きを正常に保つという役割も持っています。睡眠時間の少ない者は多い者と比べて正常な精神を保ちにくく、精神障害を起こしやすいですし、体も休まっていないので当然様々な病気の要因ともなります。健康な肉体と正常な精神を保つためには毎日6時間以上眠るのが理想です。王は慢性的に睡眠時間が短いようですし、チアノーゼの他にもなにか体調不良があるのではないですか? 起床時以外で」


 王は視線を落とした。


「……去年の夏から頭痛が増え、三日熱で寝込むことがたびたびありました。ひどい時は頭痛の痛みで眠れなかったので、バレリアンなどの薬草をビールで煮た睡眠薬やスイレンの頭痛薬を処方してもらいました」


 三日熱は発熱の類だと思うが、ビールで煮る? どういうことだ……。いや、ビールがというより薬草の薬効が大事なんだろうけど、薬草については聞いても分かんないだろうな。スイレンはあのスイレンだと思うけど。

 ……ん、バレリアンはなんか聞いたことあるな。何で見たっけか……。


 結局思いつかなかったのでひとまず話を進める。


「他には?」

「……立ち眩みも起こるようになりました。……食欲も減り、食事の量も減りました。腹痛も増えたこともあり、医者からはコショウとフェンネルの腹痛改善の薬を処方させています」


 お、フェンネル。フィッタで食べたセロリっぽいやつだ。コショウは食欲増進に効果ある。血行促進にもいい。しかし色々あるな。俺の身近にもいたんだろうが、放置しすぎだ。


「どうであれ体調不良が増えたということですね」

「はい」

「そうしたものはおそらく睡眠不足もですが、過労からくるものです。医者は過労からきていると言っていませんでしたか?」

「言っていました。なので、日ごろから薬やハーブを摂取するのはもちろんのこと、治療師(ヒーラー)の元で体内魔力を浄化し、祈りの回数を増やすようにと」


 魔力って健康に関係するのか? まあ体内に流れてるし、瘴気でおかしくなるくらいだからないこともないだろうけど。祈りの回数……リラックスはできるだろうけど……。


 王が不安げに見ているのに気付く。

 ネロが、「なにかおかしな点があるのかい?」と訊ねてくる。


「いや、大丈夫。チアノーゼに関しては医者はどのようなことを?」

「マートルとコショウを粉末にしたものを薄めて入浴するようにと」


 入浴はばっちりだ。マートルは分からないが、コショウは効果はあるだろう。あまり浸かりたくはないが。

 そういえば金櫛荘の風呂がデフォで水風呂であり、浸かれてぬるま湯、オルフェの人々は熱い風呂が嫌いなことが思いだされる。


「入浴ではぬるま湯ですか?」

「はい。冷水にならない程度ですが……」


 そうだよな。あんまり効果なさそうだな。


「では休暇中の入浴は、水温をあげてください。40……温かいスープくらいに。長く浸かっていると、頭がぼーっとしてくるかもしれませんが、体があたたまり血のめぐりがよくなっている証拠です」

「血行……」

「チアノーゼは血液の循環がうまくいっていない場合に起こる症状です。なので、体をあたためれば循環がうまくいって血色もよくなり、治ります。色々と慢性化しているようなので少し治りが悪いかもしれませんが。水魔法で水温は上げられると思いますが、できますか?」

「問題ないかと」


 インが念話で、『お主の国の治療法か?』と訊ねてくるので、「そんなところ。俺は医者ではないけど、医療に関してはこの世界よりも確実に進んでると思うよ」と念話で返して同意する。

 チアノーゼだし、変なことがなければ普通に回復すると思うんだけどな。


 入浴はどのくらいの頻度ですればいいのかと王が訊ねてくるので、少なくとも休暇中は1日1回、夕食前か後にするように、具合が悪い時には日を置いて無理して入らないようにするべきだと答える。


「寝る前の2時間前ほどだと、寝つきも良くなります。あなたには睡眠の改善も必要なので夕食後でしょうね」


 王が御意と、頭を下げる。


「入浴は疲労の回復にもいいので、習慣づけるといいでしょう。……総督司教は王の睡眠時間が7,8時間になるよう、仕事の調整を促してください。国の顔である王が紫色の唇をしていては示しがつきませんからね」


 モクトロニスさんは、はっと頭を下げた。


「新しい役人も必要になるでしょうから、人の数を増やし、有能な逸材を増やすべく役人の再教育にも力を入れてください。この件によってあなたや他の役人が倒れても意味がないですし、仕事のさらなる能率化も図りつつ、長い目で改革を促してください」


 モクトロニスさんは、仰せのままにと続けた。


 ふとネロを見ると、腕を組んでいた。なにか考えているらしい。

 思えば、長い話だとして茶々を入れてくることはなかったので不思議に思っていると、「話は終わりかい?」と訊ねてくるので、あらかた終わったことと、できれば王の容態の経過を教えて欲しいことを告げた。


「構わないよ。……セニアス。ダイの言っていることはおそらく間違いがないよ。少なくとも入浴療法に関してはね」


 お?


「1100年ほど前、古代エルフとドワーフたちの間で湯での入浴が流行っていた時期があったんだけどね。ダイの言うように温かいスープほどの熱い湯に入る代物さ」


 古代エルフ、と王とモクトロニスさんが目を見張り、黙って聞いていた王妃も目を大きくして関心を寄せた。

 1100年前ね。とんでもない昔だが、ネロの話し振りはとても1000年以上の前のことを話す雰囲気はない。インにしてもそうだが、正直反応に困る。


「ヤクシネーンの頃だね」

「賢哲王」

「そのような呼び名もあったね。私はフォリアリス王の方が馴染みがある。彼はフォリアリスがたいそう好きで、私もフォリアリスの輝きに魅入られたものだからね。……で、私も彼らの流行に乗っかってみて浸かってみたんだよね。熱い湯に。これがま~~~良い代物でね。私は病気の類はかからないが、湯浴みのあとは気分はいいし、体もぽかぽかするしで、なぜ流行ったのかよく分かったものさ。今は全然湯浴みしなくなっちゃったんだけどね」


 次いでネロは、「ふむ……。久しぶりに湯浴みしたくなったな。帰ったら久しぶりに浸かるか」と一人ごちた。

 1100年ぶりの湯船か……。想像つかないな。


>称号「診療医」を獲得しました。

>称号「マイペース」を獲得しました。


 マイペース? 俺が?


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