決めた
お久しぶりです。
渉「明けましておめでとうございます」
頼之「今年もよろしくお願いします」
三田頼之に同意してから数日。
頼之からの天使渉へのスキンシップが増えたかと訊かれれば増えてはいないし、むしろ今まで以上に優しい。だが、ほんの少しだけ、本能的になった。
前までは浅い深いにかかわらず、キスをしている時はそっと渉を引き寄せているか、頬に手を添えていたりしていたのだが、最近は渉の体を優しく撫でたりするようになった──。
「……まぁ、気持ち悪いわけじゃないんだけど……」
そう呟いて、渉は大学の講義の準備を始める。
「……うーん、俺も何かした方が良いのか?」
「何かって、何すんだ──?」
と友人の新巻巧が、隣に来て座った。
今は講義があるため、大学に来ている。巧も基本的に同じ科目をとっているので、よく一緒に講義を受けている。
「うーん……」
「無視かい」
と巧が軽くツッコむと、やっと渉は巧を見た。
「あ、おはよう」
「おはよう──じゃなくて、何か悩んでんのか? また唸っちゃって」
「いや、何というか、スキンシップをさ、うん……」
と渉はごにょごにょと口ごもる。
巧は察したのか「ほほう?」と面白そうというように笑った。
「何だなんだ? 三田さんに夜のお手伝いでもさせられそうなのか?」
「夜のお手伝いって何だよ、面白くないからな。……ちょっと違うけど、前段階みたいな感じ。体に触るとか、そういう……」
「へー、でもやっとそういう段階か」
と巧は長かったなというように遠くを見る。
「おい、やっとってなんだよ、こっちからしたらやっととかじゃないんだぞ」
「そうだけどさ、考えてみ? 俺らも男だし、彼女出来たらそりゃしたいじゃん。三田さんからしたら、恋人の返事待ちで焦らされてるんだぞ? いくら好きだからって、焦らされてたらいつか爆発するだろ。したいのに出来ないとか、地獄じゃね?」
そう巧に言われて、渉は「うっ……」と言葉に詰まった。
「まあ、あとは気持ちだろうし、とりあえず何してほしいか訊いて実行するだけだろ」
「だよなぁ──」
サンタさんがしてほしいこと、何だろうな……今日訊いてみるか、と渉は思った。
*
講義を終え、バイトも終わらせ、渉は頼之の家で夕飯の支度をしつつ、どうするべきかと考えていた。
「あと少しでサンタさん仕事終わるって言ってたしな、出てきたらちょっと訊いてみようかな……」
でも訊いて出来ない事言われてもヤバいしな……と渉はフライパンで肉と野菜を炒めている。
「最初にハードル下げてから訊けばいいか──っと」
フライパンを上手く返して、野菜と混ぜる。今日は野菜炒めと豆腐とわかめの味噌汁にする予定だ。
「そんなにハードル高い事も言われないよな……?」
「誰に何を言われるんだ?」
いつの間にか来ていたのか、頼之が隣に立っていた。
「うおっ! いつからそこに?!」
「今さっきだ。何だ? 誰かに何か頼むのか?」
当の本人に言われ、渉は言葉に詰まる。
「えー……っと、サンタさんに訊きたいことがあるんですけど、ご飯の後でもいいですか?」
「なんだ、俺にか。あぁ、いいぞ──今日は野菜炒めか」
「美味そうだな」と頼之はフライパンの中を覗いて微笑む。
「味噌汁もあるのか、いいな。お腹空いてきた。食べよう」
「……そうですね。じゃあ準備しましょう──」
うだうだ考えても仕方ないよな、と渉は思い、とりあえずお皿の準備を始めるのだった──。
*
「……で、俺に何かあったんだろ?」
渉が後片付けをしていると、頼之がテーブルの椅子に座ったまま訊く。
渉はお皿を洗いながら、えっと……と少し目を泳がせた。
「洗い終わったら、話します……」
「……そうか。わかった」
そんなに言いづらいことなのか、と頼之は思いながら、渉が終わるのを待つ。
ちらりと様子を見るように渉を窺うと、何やら難しそうな顔をしてお皿を拭ていた。
そしてしばらくしてから、渉は頼之の前に立った。
「座らないのか?」
「えっと……、じゃあ、座ります……」
いつにもまして変な渉に、頼之は少し眉間に皺を寄せる。
渉は椅子に腰かけて、じっとテーブルを見つめていた。
「……テンシ、変だぞ? 何かあったのか」
「えっ、と……」
「どうした、何かあるなら言ってくれないとわからないぞ」
「っあの──サンタさんは、俺に何かしてほしい事とか、あります……か?」
徐々に顔を赤くする渉に、頼之は一瞬ぽかんとしてから小さく噴き出した。
「っぷ、はは」
「何で笑うんですか?!」
「いや、だって、まさかそんなことを言われるとは思ってなかったから」
「……俺だって、言うとは思ってなかったですよ、でも、ずっとサンタさんに我慢させてるのも悪いと思って……」
「我慢?」
と頼之はしてる気はないんだがなと思いつつ、渉を見る。
「今日、巧とちょっと話して、その……そういうことが出来ないのは地獄じゃないかって話になって、もしそうなら、できる範囲でサンタさんがしてほしい事を、やってみようかな、と……思って」
「ほう。俺がしてほしい事か」
「はい……。あ、でもほんとにできる範囲で、俺、同性とは初めてなんで……!」
少し焦りながら言う渉が可笑しくて、頼之はまた小さく笑って、渉に言った。
「そんなに焦らなくても、無茶な要求はしないよ。そうだな、前は額にキスをしてくれたから、今度は口にしてもらおうか。これなら出来るだろ?」
頼之の提案に「えっ」と渉は赤くなる。
そんな渉に「じゃあ」と頼之は譲歩した。
「それなら、抱きしめてからキスをするっていうのはどうだ? 俺もたまにやるだろ。これなら自然な流れで出来る──」
問題ないよなと頼之は席を立つ。
そして渉の前に移動して、どうぞと微笑んで両手を広げた。
渉はどぎまぎしながら席を立って、頼之の腕の中に恐る恐る収まった。
それから少し離れてから、微笑む頼之に渉は言う。
「ちょっと……、下向くか、屈んでもらえますか、その、届かないんで……」
渉が照れたように言うので、頼之は少しきゅんとしつつ、顔を下に向けた。
「……これでいいか?」
「はい──って、目閉じてくださいよ、恥ずかしいんで……!」
「わかったわかった」
と頼之は渉の反応を楽しみながら、目を閉じた。
しばらくの沈黙の後、腕を軽く掴まれる感覚がしてから、ふっと前が暗くなって、唇に柔らかい感触が伝わる。
頼之がうっすらと目を開けると、頬を赤く染めた渉が目を閉じているのが見えた。
「渉……」
「へ──ン……っ」
頼之は名前を呟いてから、渉の唇を塞いだ。
優しく渉の口内を愛でながら、頼之は手を渉の服の中に忍ばせる。
若干渉がピクリと反応して、口から息を洩らす。
頼之は気にせずに、渉の体を確かめるように触っていく。
「……っ、ん──」
胸に触れると、渉が小さく声を発した。
「何か感じるか……?」
「か、感じませんよっ、女じゃないんですから──」
「じゃあ、これからだな」
「え? ……ぁ、ふ──」
「これからって何?!」と渉は思いつつ、頼之に唇を奪われて、何も言えなくなる渉だった。
キスを終えて、頼之は嬉しそうに笑った。
「たまには、渉からキスしてくれると嬉しいけどな」
「う……、頑張ります……」
火照った顔で唇を拭う渉に、頼之は耳打ちする。
「……それか、渉からキスしてくれた日は手を出していいってことにする、とかな」
「はっ?! いやいやいや、それはダメです、絶対無理、俺からとか、そんな出来ないし!! てか、そんなことするよりサンタさんからガッとしてくれた方が俺は……っ!」
と言ってから、渉は自分が言ったことに真っ赤になった。
「あ──、いや……その、い、今のは、忘れてください……!!」
「恥ずかしすぎるっ」と渉は顔を両手で覆う。
これじゃあ手を出されるのを待ってるみたいじゃないか、と渉が悶えていると、頼之が微笑んで渉を抱きしめた。
「忘れないよ。……よし、決めた──これから少しずつ進んでいこう。でも、嫌だったらちゃんと言ってくれ」
渉が恐る恐る顔を上げると、頼之は変わらず微笑んでいて、渉はそっと頼之を抱きしめ返しながら、腕の中で小さく頷く。
「……ありがとう、渉」
「ぉ、お礼言われることじゃないですよ……」
そう渉が頼之に返すと、頼之は「それでもだ」と呟いて、渉の額に優しく口付けるのだった──
渉「サンタさん…って、意外と肉食…だったりするのか……?!」




