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練習

頼之モヤモヤ、渉胸が痛む──

「もしもし、サンタさん……?」


 天使(あまつか)(わたる)は大学の講義室で、三田(みつだ)頼之(よりゆき)に電話をかけていた。


『テンシか。どうした?』

「あの、今日も講義が長引きそうで……遅くなりそうです」

『またか? ……仕方ない。頑張れよ』

「はい、頑張ります。じゃあ、後で──」


 と渉は通話を切り、スマホをポケットにしまう。


「……はぁ、バレるよ、これ──」


 講義が長引きそうというのは口実で、新巻(あらまき)友梨香(ゆりか)仲原(なかはら)ゆずほにバレンタインへ向けて、クッキー作りの手伝いをしているというのが本当のところだ。

 そして、今日が三回目になる。

 前回もバレそうになったが、渉は何とかはぐらかした。


「はぁ……。よし、今日が最後だ──」


 渉は頬を軽く叩いて、気合いを入れた。


         *


 頼之は渉の電話が終わったあと、会社に来ていた。


「あ、いたいた。三田くん、ちょっといいかな──」


 篤実(あつみ)行博(ゆきひろ)が、柔らかな笑みを浮かべて頼之の隣に来て言う。

 頼之はそっと席を立ち、行博の後をついていった。

 

「仲原くんから、伝言は受け取ってもらえたかな」

「はい──」


 休憩室に入り、行博は振り返る。

 頼之も距離を取って立ち止まった。


「そうそう、聞けてなかったけど、年明けは楽しかったかい?」

「はい、おかげさまで──」

「そっか。彼とは上手くいってるのかな?」

「……はい」


 と頼之は少し遅れて返事をする。

 行博はその間を見逃さなかった。


「少し間が空いたね──まあ、そんなことはいい。きっと君は、私に彼を紹介する……なんてことはしないだろうから。新巻くん辺りから聞こうかな」


 と行博は微笑む。

 頼之は目を見開いてから顔を伏せた。


「……何がしたいんですか?」

「そうだな、君たちの気持ちを確かめたい。私の友人のようにならないように──」


 はっと顔を上げると、行博は少し悲しげに微笑んでいた。


「……大丈夫です。そうはなりませんから」


 失礼します、と頼之が出て行こうとすると、行博は言った。


「天使渉くん──でしょ?」

「何で……っ?」


 振り返ると、行博が苦笑いで言った。


「この前の忘年会でね、新巻くんから聞いたんだ。あ、新巻くんを怒らないでね。私が飲ませて色々吐かせたんだ。だから、記憶は残ってないよ」

「…………」

「そんな恐い顔しないで、大丈夫。顔は知らないから」


 頼之は眉間を軽く揉んで、ゆっくり息を吐いて言う。


「……渉に何かしたら、篤実さんのこと上司とか関係なく、許しませんから」

「あはは、怖いなぁ。大丈夫だよ。何もしない。いつか会うときがあったら、その時はちょっと試させてもらうかもしれないけどね──」


 行博はそう言うと、口元に手をもってきてくすりと笑った。


         *


「「「で……出来た──!!」」」


 渉と友梨香、ゆずほは、出来上がったクッキーを見て歓声を上げた。

 どのクッキーも、焼け具合に色合い、形全てが上手に出来ている。


「味見しよう!」


 とゆずほがカップを三つ出し、牛乳を注ぐ。


「じゃ、かんぱーい!」

「かんぱい」

「かんぱい……!」


 カップをそれぞれ持ち、クッキーを食べる。


「ん〜、おいしい〜!」

「これなら(しん)にバカにされないです……!」

「完璧ですね──」


 渉は二人が満足そうに笑ってクッキーを食べていたので、手伝って良かった……としみじみ思った。

 一回目と比べたら、所々生だったりしたのが、今じゃ均等に熱が通っていてサクサクしている。上等だ。


「じゃ、後は本番ね! 友梨香さん頑張ろうね!」

「はい! ゆずほさん!」

「じゃあ、本番頑張ってくださいね」

「うん、天使くんありがとね」


 と友梨香がにっこりと微笑む。

 ゆずほもうんうん、と頷いている。


「いえいえ。上手くいったら、連絡してくださいよ?」

「もちろん──」


 友梨香の自信に満ちた顔を見て、渉は笑った。


         *


 頼之は、車でマンションに向かっていた。

 赤信号で止まっていると、反対側の歩道を渉とゆずほが歩いていた。


「……テンシ──? 何で仲原と……」


 頼之は渉がゆずほの家に行き、友梨香とクッキー作りをしているのを知らないので、ゆずほと渉が友梨香を見送った後だというのも、もちろん知らない。


「…………」


 頼之は胸にモヤモヤを残したまま、車を走らせた。

 三日、ずっと仲原と隠れて会ってたのか……?

 もしかしたら、渉は……──。

 有りもしない想像をして、頼之はふるふると頭を振った。


         *


「……あ、サンタさんお帰りなさい。夕飯出来てますよ」


 頼之が帰ると、渉はいつもと変わらず夕飯をテーブルに並べていた。


「渉……」

「はい──?」


 頼之は鞄をソファーに置き、スーツのままで渉を抱き寄せた。


「サンタさん……?」

「渉は、俺のことが好きなんだよな……」

「そ……そうですけど」

「そうだよな、じゃあ──何で仲原と一緒に歩いてたんだ? 俺のとこ遅くなるって言って……」


 困らせるのはわかっているが、聞かずにはいられなかった。

 渉は内緒と言われているので、口ごもる。


「……えっと、その……。すいません……言えません──」

「そうか……」

「でも、もう少ししたらその理由も──」


 そっと頼之は離れて、悲しげに微笑んだ。


「いいよ、もう……。わかった」


 風呂入ってくる──と頼之は渉を避けて、部屋を出て行く。


「……サンタさん……?」


 渉はいつもと様子が違う頼之を見て、何でそんな顔をするのかわからず、ズキリと少し胸が痛んだ──





渉「……悪いことしてないはずなのに、痛い──」


次回から不定期になります。

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