話
その話は──
※軽いキスシーンがあります。
篤実行博は、三田頼之に話し始めた。
「私には、同性愛者の友人がいてね。あぁ、もちろん君のことじゃないよ──」
そう言って微笑む。
「友人は、片思いしていた相手と付き合うことができた。それはそれは、毎日嬉しそうに何があったとかこんな事をしたとか、些細なことを聞かされたよ。本当に毎日が充実してたんだろうな」
「……でしょうね」
「そう思うだろ? でも、それは突然壊れるんだ」
微笑みが消えて、眉間に少しシワが寄った。
頼之の鼓動が少し速まる。
「友人の恋人は、女性と付き合ってたんだ……浮気っていうのかな。友人は、どうしてかと恋人に訊いたそうだ。そしたらそいつ、何て言ったと思う──?」
頼之は黙ったまま、行博を見る。
鼓動が少しずつ、速まっていく。
「『お前とは、遊びだよ。女に飽きたから、ちょっと付き合ってみただけだ。男でも気持ちいいのか興味あっただけ。それに、俺そっちの気ないから──』だってさ。それに続けて最後に言った言葉……、わかるかい──?」
頼之は小さく首を横に振った。
「『気持ち悪いな、お前──』」
「な……っ」
胸を締め付ける、好きな相手から一番聞きたくない言葉──脳裏に焼き付いて、離れない。何度も何度も、リピートされる……。
やがてそれは、心に刻まれる。深く深く──。
「……泣いていたよ。それで別れた──それからは誰とも付き合ってない」
と行博は窓の方に顔を向けた。
頼之は胸の辺りに手をやって、ぐっと握り込む。
「……最低だ──」
「そうだろ? ……君も、付き合ってる相手がそうじゃないとは言い切れない。毎日笑顔で話したり、抱きしめ合ったり、キスしたり……その裏で、君の恋人が君のことを悪く言ってないとは限らない。例えば……」
と行博は振り向くと、頼之を真っ直ぐ見据えた。
頼之は、少し後ろに退く。
鼓動が速くなっていく。
「『気持ち悪いんだよね──』」
ドクドクと心臓が脈打ち、頼之の息遣いが荒くなっていく。
行博の言葉が、頼之の頭の中で天使渉の声に変換され、響く。
そんなことはないとわかっていても、止められない──。
「三田くん──」
「あ、こんな所にいた。篤実さん、新巻が探してましたよ」
カチャリとドアが開かれ、仲原ゆずほが入ってくる。
内心、頼之はほっとした。
「……そうか。ありがとう──じゃ」
行博は頼之に微笑みかけると、休憩室を出て行った。
「休憩室にいるの珍しいわね……って、三田大丈夫? 何か息荒いけど……」
「っ……大丈夫だ。とりあえず、ありがとな」
と頼之は息を整えて言う。
「なんかよくわかんないけど……どういたしまして──」
ゆずほはぺこっと頭を下げた。
*
頼之は行博の言葉が離れないまま、家に帰った。
車を駐車場に停め、エレベーターに乗り込む。
三階に着くまで、頼之は長く感じた。いつもなら、渉に会えるとわかっているので、早く感じるのだが、今日は違う。
エレベーターから降り、頼之は302号室に向かった──。
「ただいま……」
「お帰りなさい」
「ん──」
渉を通り過ぎ、スーツをソファーに置く。
「あ、サンタさん。スーツはハンガー!」
「……あ、悪い──」
何回目ですか。と渉は少し怒りながら、スーツをハンガーに掛ける。
「……テンシ」
「はい?」
と渉はスーツを片してから頼之を見た。
頼之は、口を開いてからつぐむ。
「サンタさん……?」
「……いや、何でもない──それより、昼は何だ?」
「昼ですか? 昼はパンです」
「そうか──」
着替えてくる。と頼之は寝室に向かっていった。
「……何かあったのかな」
渉は少し気になりながら、目玉焼きを作りにキッチンに入った。
*
お昼も済ませ、渉は食器を洗いながら、ソファーにぼーっと腰掛ける頼之を見ていた。
お昼の時に話しかけたら、返事が少し遅かった。
視線もあまり合わせようとしない。
「……サンタさん」
「ん……?」
ゆっくりと顔を渉に向ける。
「体調悪いんですか?」
「え?」
「なんか、反応が鈍いんで──朝はそうでもなかったですよね。会社で何かあったのかな……みたいな」
洗い終わった食器を布巾で拭きながら、渉は頼之に言う。
「あれですよ。手伝いに来てる時しかサンタさんのこと見てないですけど、ちゃんとわかりますよ。サンタさんがおかしいのくらい──」
返事遅れてるし、いつも話す時目合うのに、今日はあんまり合わないし……。と渉は少し口ごもりながら言う。
頼之は少し目を見開いてから、小さく笑った。
「……いや、問題ない──」
少しまだ不安はあるが、渉が気にしてくれていることが、頼之は嬉しかった。
「本当ですか?」
「あぁ──」
と頼之はソファーから立ち上がって、渉に近づいていく。
渉は布巾を干して、手を拭いていた。
「わ、びっくりした──」
振り返ると、頼之がすぐ後ろにいた。
「渉」
「な、んですか……」
不意に名前を呼ばれると、渉はドキドキしてしまう。きっとそれは、これから先も変わらないだろう。
「何でもない──」
渉の腕の下に腕を通すと、腰に手を回し優しく抱き寄せる。
渉も、遠慮がちに頼之の背中に手を回した。
「……ありがとな」
「え……?」
耳元で囁いて、頼之は微笑む。
渉は、どういたしまして? と呟いた。
頼之は渉を見てから、チュッと額に口付けをして、そっと離れた。
「な……なんですか?!」
「何でもない──」
と頼之はふっと笑って、ソファーに戻っていく。
渉は額を触りながら、何でもないってなんだ……! と心の中でツッコむ。
「渉、こっち──」
頼之はぽんぽんと隣を手で叩き、渉に座れと合図する。
普段の頼之に戻ったのがわかり、渉は何観るんですか? とほっとしながら頼之の隣に向かった──
テレビ鑑賞
渉「面白いですね」
頼之「テンシとなら何でもいい(微笑)」
渉「…………(赤面)」




