遠慮
クリスマス、予定が──
「よっ、ちゃんと言ったか?」
大学の講義室で、新巻巧は天使渉に訊いた。
昨日、巧は渉にクリスマスの予定を勝手に取り付けたのだ。
「あー……、言うの忘れた」
と渉はリュックからノートを取り出しながら答える。
昨日言うはずが、思わぬ来客がいたりと、頭からすっかり約束が抜け落ちてしまっていた。
「早めに言えよ? 相手にも予定とかあるんだからさ」
「わかってる。今日言うよ──」
軽く口笛を吹きながらノートを出す巧を見て、渉は言った。
*
「お。珍しい。今日は会社でやるのか?」
コートをイスにかける三田頼之に、新巻慎が声をかけた。
「ん、ああ──知らせに来たんだ。あと、これからやることの確認」
「へえ──あ、そうそう」
と慎が頼之の隣に来て言った。
「今年も集まりあるんだけど、来るよな?」
「忘年会か? 忘年会は出ないぞ」
どんちゃん騒ぎは苦手だ。とノートパソコンを起動させながら、頼之は言う。
「違う違う。そっちは自由参加だろ? 俺が言ってんのは、クリスマスイブの方だよ──」
と慎が人差し指をチッチッチッと動かして言った。
毎年クリスマスイブに、慎とその他の社員数名で居酒屋で飲む決まりが出来ている。
なぜクリスマスイブなのかと言うと、皆が彼女や妻子持ちだったりするので、クリスマスは空けておくことにしているからだ。
「クリスマスは、天使くんと過ごすんだろ? でもイブだから大丈夫だよな」
と慎は耳打ちして笑う。
「予定だけどな──そうだな。イブなら付き合おう」
「よし。絶対な。なら酔いつぶれても安心だな! 目一杯飲むぞ!」
「……ほどほどにしろよ──?」
と頼之は、今から何飲もうか考えている慎を見て、苦笑いした。
*
渉はリビングで座りながら洗濯物を畳みつつ、頼之に切り出した。
「あの、サンタさん。クリスマスなんですけど、俺巧に誘われちゃって来れないんですけど、大丈夫ですか?」
「……クリスマスか?」
と頼之が渉を見る。
「はい……、すいません。どうしても断れなくて──でも、イブなら大丈夫ですから、夜豪華にしましょう!」
「……悪い、イブは俺がだめだ」
「ぇ……そうなんですか……」
と渉は畳む手をとめて、頼之を見た。
「俺も断れないんだ……。もう少し、俺が早く誘えばよかったな」
頼之は苦笑いして言った。
「付き合って初めてのクリスマスは、渉と過ごそうって思ってたんだが。遅かったな──」
「ぁ……違います! 俺が昨日誘われたのに、言うの忘れたから……」
と渉はぎゅっとタオルを握る。
「そういう時もあるさ。仕方ない──」
「でも……、あ! 今からでも断れるかもしれないし、巧に」
「いい──俺も言わなかったのが悪いんだ。来年一緒に過ごそう」
と頼之は微笑んだ。それからソファーに寄りかかり、目を閉じる。
「…………はい──」
と渉は返事をして、タオルを伸ばしてから畳む。
畳みながら、サンタさんは気を遣ってるんじゃないか? と思う。
いつも微笑んでばっかで、肯定する。嬉しいけど、気は遣わないでほしい──と渉は頼之を見つめる。
「サンタさん……」
「ん?」
「気、遣ってないですよね?」
「……気?」
とソファーから体を起こして、渉を見る。
渉はタオルに視線を落として言う。
「そうです……。まずいのにおいしいとか、嬉しくないのに嬉しいとか──」
渉が前を見ると、いつの間にか頼之が前にしゃがんでいた。
「気は遣ってない。……そうだな、遠慮はしてるかもしれない」
「え……?」
頼之はそっと渉の頬に手を添える。
「口に、キスしてみようか。でも、拒まれたら嫌だな……とか?」
親指で、下唇をツー……っと撫でる。
渉はきゅっと口を結んで、頼之を見つめる。触れられた所から熱くなって、鼓動が速くなっていく。
「……悪い、からかいすぎた──」
そっと立ち上がって頭を軽く撫でると、頼之はキッチンに向かった。
渉はぼやっとした頭の中で、整理する。
サンタさんは、口にキスしたいけど、遠慮してる……?
頼之は、いつも額や頭、頬にキスをする。確かに今まで、一度も口にしてきたことはなかった。
「……サンタさんっ──」
「アドレスと電話番号交換しよう」
と頼之は携帯を渉に見せる。
渉は出鼻を挫かれ、はい……。とポケットからスマホを取り出す。
「交換してなかったからな」
「そう、ですね──」
頼之は携帯をカチカチと打って、準備を始める。
渉もタップして、準備する。
「赤外線か?」
「あ、はい。じゃあそれで──」
と渉は頼之の所に向かう。
交換して、登録する。
「よし……。これでいつでも連絡出来るな」
「……サンタさん」
ん? と頼之は携帯を閉じて渉を見る。
渉は頼之を見上げて言った。
「遠慮しなくていいです──俺、遠慮してないし。それに……サンタさんなら、大丈夫だから……。でも、他の同性だったら……絶対無理! サンタさんだけだから!」
必死に言った渉を見て、頼之はぷっと笑ってから頷いた。
「わかった──そうか……。ありがとう」
頼之は笑って、渉を抱き寄せた。
「お、お礼を言うほどのことじゃないと思いますけど……」
と渉も少しだけ、腕を回す。
今まで腕を回してきたことがなかったので、頼之は嬉しくなり、ぎゅっと抱きしめた──
渉・頼之(プレゼント、何にしようか……)
次回、クリスマスイブ──




