距離と鍵
黒いマフラーと合い鍵──
※途中キスシーンあり。
天使渉が三田頼之に気持ちを伝えてから、二人の距離は前と変わった──。
「どう? 彼女に言えたか?」
大学の講義室で、新巻巧が隣に座って講義の準備をしている渉に訊く。
「……まあ、うん。言った」
“彼女”じゃないけど。と思いながら、渉はリュックからノートと筆箱を出しながら答えた。
「どうだったよ」
「……うん。喜んでたと思う」
「やったな! あ、でも大変じゃね?」
「何が?」
巧はだって、と前置きしてから言う。
「テンシ、毎日家事の手伝いしに行ってるだろ? そしたら、彼女とデートとかする時間なくないか?」
渉は一瞬ドキッとしてから、笑って言った。
「べつに、手伝いが終わってからでも時間あるし、大丈夫だよ、うん」
「そっか──てか、手伝いしに行ってる人の名前は? 聞いてなかったけど」
「お兄さんから聞いてないのか?」
「んー。なんか、頑なに教えてくんなかった──あ、でも仕事以外だらしないってことは聞かされた」
「へえ……」
何で巧に紹介しなかったのか、何となくわかる気がする……。と思いながら、渉は巧を見て言った。
「三田頼之さんって人のとこ」
「そうなの──。てかさ、社会人で仕事以外だらしないって……やばくね? ちゃんとしろよって感じ」
そう言った巧に、渉はむっとして口を開いた。
「ちゃんとしてるよ──ただ、それが仕事以外に向けられないだけだ」
「そうだとしてもさ、俺はそうはなりたくないね」
「じゃあお前、家事全般出来るようにしろよ」
と渉は冷たく言い放った。
巧は渉の異変に気づいて首を傾げた。
「……何怒ってんの?」
「べつに怒ってないけど」
「怒ってんじゃん。むっとしてる」
と巧は自分の眉間を指差して渉に言った。
渉はすっと自分の眉間に手をやって、あ……と気づいた。若干シワが寄っていた。
「……ごめん。怒ってないんだけど」
と渉は眉間をさする。
巧はいいよいいよ、と手をひらひらさせると、
「俺にはいいけど、彼女にそんな顔見せんなよ? 怖がられるからな」
と言う。
「はは……気をつけるわ」
と渉は苦笑いした──。
*
「こんにちは──」
「おぉ……寒くなかったか?」
頼之は部屋に招き入れながら、渉に訊く。
「だいぶ寒くなってきました。もう冬が近いんですかね」
そう言った渉の鼻の頭は、少し赤くなっていた。
「……テンシは、ここまで何で来てるんだ?」
「えっと……自転車で来てます。家から大学まで自転車で行って、そのままサンタさんのとこに──」
と内側がもこもこしているパーカーを脱ぎ、テーブルのイスに掛けながら答える。
「手袋とか、マフラーはしないのか?」
「まだ大丈夫ですよ。それに、動くと温まるし」
と渉は袖を捲って、キッチンに向かう。
「それより、サンタさんこそ体気をつけてくださいよ? 寒くなってきてるから」
「大丈夫だ。ちゃんとベッドで寝てる。それに──」
頼之はキッチンで食器を片している渉の後ろに立つと、そっと腕を腰に回して顔を肩に乗せた。
頼之の髪が、渉の頬に当たる。
「……こうすれば、暖はとれる」
「ちょ、ちょっと、洗いにくいじゃないですか……」
「あと一分──」
渉はスポンジを手にしたまま止まって、ふと思い出したことを頼之に言う。
「……今日巧に、サンタさんのこと悪く? 言われて、俺ちょっと怒ったぽくって……眉間にシワが寄ったんですよ。何かむっとしちゃって──」
おかしいですよね。と渉は笑う。
それを聞いて、頼之は優しげな声で言った。
「おかしくないさ。俺だって、渉のことを悪く言われたら、眉間にシワぐらい寄る──大体、恋人を悪く言われたら、誰だってそうだろ?」
渉は頼之の言った一言に、ドキリとした。
「……恋人、ですか?」
「他に何がある? 付き合ってる人か?」
「俺たち、付き合って……るん、ですか?」
渉はドキドキしながら頼之を見る。
頼之は渉から離れると、あたりまえのように言った。
「そうだろ? それとも、好きだけじゃ足らないか?」
「えっ、あ、いや……その、付き合ってくださいとか、そういうの言ってなかったから……」
と渉はしどろもどろになりながら頼之を見る。
「確かに、言ってないな……。けど──」
チュッと渉の頬にキスをすると、頼之は微笑んで言った。
「付き合ってなければ、こういうことはしない」
「……っ?!」
渉はボッと顔が熱くなった。
「はは。温まったろ?」
「あ、熱いですよっ……!」
渉はスポンジを泡立て、食器を洗い始める。
頼之は笑って、テーブルのイスに座り、渉を見る。
カウンターキッチンなので、テーブルのイスに座ってても渉の姿がよく見える。
「……サンタさん仕事は?」
「今日の分は終わりだ」
「そ、そうですか……っ──!」
渉は赤くなっている顔が恥ずかしくて、隠せないのはわかっているが、俯いて頼之に見られないように食器を洗った──。
*
「じゃ、また明日──」
「ちょっと待て」
と頼之は部屋から黒いマフラーを持ってくる。
「……お出掛けですか?」
「違う──ほら、これで温かい」
頼之はマフラーを渉の首に巻いた。
「来たとき、鼻の頭が少し赤くなってたからな。帰りはもっと寒い。だから、していけ」
「え……でも」
「俺はコートで首が隠れるから、まだマフラーは使わない。だから、それは渉が使え。それにマフラーはあと一つあるからな──手袋はなかったから、諦めた」
渉は気遣いが嬉しくて、笑って頼之を見る。
「はは、ありがとうございます」
「あとこれな──」
と頼之は部屋の鍵を渉に渡した。
「もし俺がいなかったりしたら、それで入ってくれ。外は寒い」
渉は渡された鍵を見てからぎゅっと握り込んで、
「はい。わかりました──」
とリュックにしっかりとしまった。
「気をつけてな」
「はい。また明日──」
渉はドアを開けて、外に出た。
少し風が吹いたが、渉は頼之がくれたマフラーのおかげで、寒くは感じなかった。
「……サンタさんの臭いだ……」
マフラーから、少しだけ頼之の臭いがした。
渉は頼之に包まれているような気がして、温かくなるのを感じた──
巧「兄貴、兄貴の友だちってどんな人?」
慎「……仕事以外だらしない奴だな」
巧「へぇ……(テンシ大変そうだな……)」
投稿は、諸事情により今月出来ても一回、来月の第二週、もしかしたら三週目からになるかもしれません……。




