神がかり的な危険値
「うおっ、ととと!危なかったぁ…。」
危うく地面の凹凸に気づかずに転びかける。
月明かりで照らされてると言っても夜道、足元にも気をつけないといけないな。
広いが崖に面している道だ、一歩でも間違えたら…。
「あの、大丈夫でしたか?ここの辺りは道があまり整っていないので気をつけないといけ、あっ!」
俺の心配をしてくれているこの女神のような娘、アミスは自分で言っているにも関わらず同じように躓いていた。
よっと、と言いながら体制を立て直してこっちに照れ笑いを浮かべる。
「こういうことってありますよね?」
と俺に同意を求めてくる。
「いや、残念ながらまだ体験したことはないな」
同意を求めてきたということはそれほど恥ずかしかったということだろうか。
「ない…ですか…。」
アミスは俺の返答を聞いて残念そうに肩を落としていた。
しまった…完全に素で返してしまった、なんてミスを!
「あ、でも人間失敗から学ぶ生き物だしさ!きっとこれからに活かせる経験値になったと思うよ!」
俺はなんとか心を保って貰おうと頭に浮かんだ毒にも薬にもならないフォローを口にする。
「…そうですね、人間です。だからこれから挽回します!」
よかった、立ち直ってくれて。しかしこういう一面があるなんて意外だ。まだ会ったばかりだしそういうものか、と思い話を続ける。
「そう言えばアミスはなんであんな洞窟の中にいたんだ?しかもこんな遅い時間に。」
さりげなく浮かんだ疑問を言葉にしてみた。
「あー、そのことですか。石を採りに行ってたんですよ。あの洞窟には珍しい石がたくさん採れるんです。そこでカゲヒトさんを見つけた時はびっくりしました。」
「そうだったのか。確かに洞窟で倒れている方が不思議極まりないよなぁ。」
まあ、完全に自爆しただけなんだけど。誰も自分で頭を打ち付けて気絶したなんて思わないだろうな…。
「よし、じゃあまた進もうか。あとどれくらいで街には着きそうかな?」
「あと、歩いて1時間程度ですね。月も私たちを照らしてくれていますし、順調に帰ることができそうです」
アミスは夜の雲一つない夜空を見上げ、月に手をかざして言った。
その姿はやはり神秘的で、その場所だけ時間が止まっているように思えた。
彼女は「私たち」と言ったが、月はアミスを一段と照らしているように見える。
「ガゲヒトさん?どうかしましたか?」
俺がぼーっとしているのに気づいたのかきょとんとした顔をこちらに向けている。
「あ、いや、ちょっと考え事をね…。さあ行こう!全速全し…」
「「っ…!?」」
俺が最後に紡ごうとした言葉と共に、一瞬にして辺りを照らしていた月光が遮られた。
辺りは何かの影になったように暗くなる。
俺は真っ先に空を見上げた…
「なん…だ…?これは…?」
そこにはさっきまでアミスを神秘的に照らしていた月は影も形もなく。雲一つ無かった空には”黒い塊”としか言い表せないものが拡がり、渦巻いていた。
それはまるで意志を持っているかのように一つの中心部から膨張を続け空を呑み込んでいく。
俺は全くの状況を掴めず、混乱していた。
「あれは…!なんでこんなところに…ですがここは…そんな」
聞き取れないような声で発された言葉をアミスが呟いた。
その言葉を聞きアミスの方を向くと、とても動揺しているのが分かる。それはそうだろう、俺自身自分が何を見ているかが理解できないのだから。
だが、現実世界では絶対に見ることができないであろうその光景は俺にとっては初めてのものではなかった。
「俺を追いかけてきたやつか…?まっったく、ストーカーさんめ」
そう、俺がここに来る前に出会った黒い物体に酷似している。見た目は黒くやはり視認することができないそれは、忘れることができない存在感を放っている。見えないものの存在感とはおかしなものだがそれほど異質なものであることは確かだ。
「カゲヒトさん、あれのことを知っているんですか!?」
俺の呟きを聞いたのか、アミスが驚いた表情でこちらを見た。
アミスもこの現象を知っているのか…。
「俺はあれみたいな奇妙な黒い物体に追われて気づいたら洞窟にいたんだ」
「…。それは、本当ですか…?」
「これが嘘なら物語とか書いてるよ。こんなこと信じてもらえないかもしれないけど」
「違うんです…。私が言ったのは…あなたが 」
アミスが何かを言いかけたその時、黒く染まった空の中心が急に膨れ上がった。まるでそこからなにかが生まれるかのように動きだしている。
「なんかマズそうな雰囲気じゃないか?」
「ええ、話は後にしましょう。とりあえず安全なところに隠れないと」
途中まで紡いだ言葉を飲み込み、アミスは俺の手を取って走り出した。
「あっ、荷車はどうする!?」
「後で取りに来れば大丈夫ですっ!とにかく急いで!」
アミスの様子から相当危険な事態なのだと思い手を引いてくれる方向に精一杯走る。
これは一体どういう事態なんだ!?やっぱり悪夢は続いているってことなのか。
いくら考えを巡らせても今の状況が全く理解できない。
「ヴォォォアァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
走り出した矢先に急に聴こえたその大地をも裂かんとする爆音が周りの木々を揺らす。
「ぐっ!一体今度はなんなんだ!?」
俺とアミスは瞬時に耳を塞ぐ
そして驚くと同時にその音の先をみた。
目を疑った。
そこにあるものが今までで一番現実味がなく
一番衝撃を受けるものだったからだ
そう、それは…
「ドラゴォォォオオオン!?」
そこにいたのはまるで漫画やゲームの世界から飛び出してきたような生物だったのだ。
爬虫類のような頭に鋭い角が二本生え、眼は一睨みでどんな生き物も固まってしまうほどの迫力を持っている。
そして先ほどまであった空の中心部の膨らみが割れ、空の色と同じ黒い鱗を纏った身体を半分ほど出している。
なななんだこの、ファンタジー系の漫画の世界に入り込んだような展開は。
嫌いじゃないぞ実に嫌いじゃない。
これで自分に力が目覚めてドラゴンと戦う展開になったら…燃える!!
そんなことを思っているとドラゴンと思わしきその生物は、首を何かを探しものをしているかの様に彷徨わせ始めた。
「アミス、一応聞くけどあれって俺の幻覚じゃないよな…?」
そうアミスの方を向くと先ほどとは比べものにならない様な青い顔をしていた。
「私も幻覚であって欲しいのですが…。二人ともバッチリ見えてしまってますね!」
アミスは笑顔を引きつらせながら答える。
そして首を彷徨わせていたドラゴンもようやく目標に焦点を合わせた様だった。
今、完全に
眼があった。
もちろん
俺たちと
ドラゴンだ。
先ほどまではどこか画面越しに見るようで楽観視をしていた。だが得体の知れない生物と眼が合うということがどれだけの恐怖を生み出すかが今なら分かる。
まるで無機質のような爬虫類の眼がこちらに向いているのだ、これを恐怖せずにいられるだろうか。
「ア、アミス…。これって10段階評価でどれくらいやばい状況だと思う…?」
「あー、そうですね。28くらいでしょうかね…。」
「はは、限界突破しちゃってるなぁ…。これはもう、脱兎の如く…」
「逃げるしかないですね!」
アミスとこれ以上無く息が合った瞬間だった。