風のいたずらとタレの危機
無事にひっくり返り、完璧な香ばしさを見せるニギリ先輩。
次は反転した面に特製醤油タレをたっぷり塗り込む作業だ。
「よし! ここからが本番だぞ! 裏面にも秘伝の甘辛醤油をすり込んで、究極の味に仕立て上げるんだ!」
踏み台の上のキビ丸が、壺に入ったタレを刷毛にたっぷり染み込ませ、ニギリ先輩の白い表面に「ぬりぬり」と刷り込み始めた。
ジューッと爽快な音を立てて弾ける醤油。
立ち上る煙は、これまで以上に甘く、罪深い香りを放ち始める。
「ん〜〜っ! この甘辛い匂い、たまらないスね! 僕の身体も醤油漬けにされたい気分ですよ!」
フライパンを支えながら、モチ太が鼻をフニンフニンと鳴らして恍惚の表情を浮かべた。
「モチ太、君が醤油に浸かったらただの塩辛いお餅になっちゃうからやめなよ……あ、でもそれも美味しそうかも」
穴から顔を出したモグが、口元からよだれを垂らしながらフォークをペロリと舐める。
だが、ポカポカ諸島の天気は気まぐれだ。
南の空から「ひゅ〜〜っ」と、少し強めの風が吹いてきた。
「あ、あれ……? 風が強くなってこなかった〜?」
アヒル船長の上でパイロンくんが頭のパイロンを押さえる。
その直後、「ヒュオォォォ!」と一陣の突風が砂浜を駆け抜けた!
「きゃあぁぁぁ! タレの壺がーっ!?」
キビ丸の悲鳴が響く。
強風にあおられ、踏み台の上に置いていた大切な特製醤油タレの壺が、グラリと傾いたのだ!
「させん……! ポカポカ諸島の宝であるタレを、砂浜に撒き散らすわけにはいかんっ!」
間一髪!
フライパンの中にどっしりと座っていたニギリ先輩が、なんとその巨体を少しだけ乗り出し、傾いた壺をどっしりとしたお腹で「ポンッ」と受け止めた!
「ニギリ先輩ーーー!?」
全員が息をのんだ。
ニギリ先輩のお腹に壺がぶつかり、中身の特製タレがドバッとニギリ先輩の前面に直接ぶっかかった。
「ぐおっ……! これは……タレのダイレクト・オーバーヒート……!」
「せ、先輩! 大丈夫スか! 醤油の海に沈んじゃってますよ!?」
「問題……ない……むしろ、この圧倒的なタレの量……米の芯まで味が染み渡っていくのがわかるぞ……!」
ニギリ先輩は全身から煙を吹き出しながら、仁王立ち(座っているが)で耐えていた。
「すごい……! 自らを犠牲にしてタレを守り、さらに自らをより濃い味へと昇華させるなんて……! これぞ漢の中の漢だぁぁぁ!」
モチ太が感涙の涙を流す。
「いや、単にニギリ先輩がしょっぱくなっただけじゃない!?」
とモグがツッコむ。
浅瀬では、風にあおられたチェリーちゃんが「冷たい風……きもちいい……」と風になびいていたが、きゅうり師匠が身を挺して彼女への波を遮っていた。
「ふう……なんとかタレも無事(?)だったし、風も収まったね」
キビ丸が胸をなでおろす。
タレを丸かぶりして全身を焦がし醤油色に染めたニギリ先輩は、どこからどう見ても「ポカポカ諸島で一番濃い味のおにぎり」へと変貌を遂げていた。
「ククク……かかってこい、熱狂の後半戦……!」
ニギリ先輩の目が、焦げた醤油の輝きとともにギラリと光るのだった。




