ミリオタ聖女と、押し付けられた奇跡の日常
前作『魔法がイメージだったら最新兵器を創造するよね ~FNミニミとジャベリンで特級魔獣を蜂の巣に。代償の低血糖は賢者の氷砂糖で癒やします~』の後編のスタートです。
平日(月~金)朝7時に投稿していきますので完結までお付き合いください
魔界が遠ざかり、空を覆っていた禍々しい暗雲が嘘のように晴れ渡ってから数ヶ月。
かつて溢れかえっていた魔獣や魔人の姿は消え、世界には緩やかな――悪く言えば、刺激に欠ける平和が訪れていた。
ここ、聖ミルトス神殿の日常もまた、穏やかなものである。
思っていたことが思わず口をついて出てしまった。
「……はぁ。オーエン、なんか暇よね」
神殿の裏庭、陽だまりの中でエリは深くため息をついた。
傍らには、生真面目な顔で教典を整理している青年神官、オーエンがいる。
「エリ、暇なんて言ってはいけません。女神様の僕として、日々のお勤めがあるではないですか。掃除に祈祷、それに信徒の方々の悩みごとの相談に乗ってあげるのも……」
「わかってるわよ。でも、決まりきったルーチンワークばかりじゃ、せっかくの神力も錆びついちゃうわ。たまにはドカンと一発、スカッとするような出番があってもいいと思わない?」
「……エリ、あなたはもう少し自分が『聖女』として崇められている自覚を持ってください。闘いの日々が忘れられない戦闘狂なんですか?」
「失礼ね。私はただの、女子高生よ。……まあ、見た目は女神似の美女だけどね。あーあ、スマホがあったらなぁ」
エリは自分の美しい手を握ったり開いたりして、この指はトリガーを引くために有るのにと忌々しそうに唇を尖らせた。
ちなみに、この神殿にはもう一人、厄介な居候がいる。人化した黒竜、ナイトホークだ。
彼はすっかりこの生活に馴染んでいるが、神殿のボスである主席神官カルミナ・ヴェルディアには頭が上がらないらしい。時折、カルミナに呼び出されては「ちょっとした汚れ仕事」に駆り出されているようだが、その内容は二人とも固く口を閉ざしている。
「ナイトホークも、最近はカルミナ様にこき使われてて遊んでくれないし……」
エリが愚痴をこぼした、その時だった。
ゴゴゴ、と神殿の中心に鎮座する女神像が不自然に振動を始める。
「な、何!? 地震!?」
「いえ、これは……神気!? 女神像から直接!?」
慌てて身構える二人をよそに、脳内に直接、どこかで聞いたことのある――やけに傲慢で不遜な声が響き渡った。
『エリ、聞こえる? 私よ、ミリエルよ!』
エリの顔が露骨に引き攣った。
「……げっ。その声、あの駄女神……」
『失礼ね! 今度から私がこの神殿の担当になったんだから、よろしく頼むわよ。いい? あなたの新しい仕事は、信者の皆さんの願いを叶えること。暇なんて言ってられなくなるわよ!』
「何であなたがここの担当なのよ! 自分の管理ミスで私をこんな目に遭わせておいて!」
『知らないわよ、神界の決定事項なんだから!(私がここが良いって言ったのは、絶対にエリには内緒にしとこう)』
女神ミリエルの声には、隠しきれない後ろめたさと、それ以上の図々しさが混じっている。
「断るわ。私はあなたのために働くなんて、氷砂糖一個分でも御免だわ」
『いいの? エリ。私がここで実績を上げられないと、私、いつまでも天界に戻れずここに居座ることになっちゃうのよ?』
「……それは、本気で困る。神殿が呪われそう」
『だったら働きなさい! あなたに授けた神力はまだ残ってるんだから、奇跡でも何でも起こせるでしょ。地上に落とされた私より、今のあなたの方がよっぽど神様らしい力を持ってるんだからね!』
エリは天を仰いだ。
確かに、魔界回廊を焼き尽くした神力はすさまじいものがあった、この世界の住人からすれば「神の奇跡」そのものだろう。しかし、本人的には甚だ不本意である。
「そんな力、熨斗を付けてお返しします! だから、さっさと私の容姿を元の女子高生に戻しなさいよ!」
『……あー、それは無理ね。今の私にはそこまでの力はないわ。でも、私が天界に戻れたら、特別に考えてあげなくもないわよ?』
その瞬間、エリの瞳に鋭い光が宿った。
獲物を狙うスナイパーのような、冷徹で合理的な光だ。
「……つまり、あなたをさっさと出世させて天界に追い返せば、私は元の体に戻れるってことね?」
『言い方はトゲがあるけど、まあそういうことよ!』
エリはパチンと指を鳴らした。
「いいわ、その話、乗った。オーエン、準備しなさい」
「えっ、エリ? 急にやる気にならないでください、嫌な予感しかしません!」
「私の神力で信者の悩みごとを粉砕してあげるわ。……まずは何? 害獣駆除? それとも雨乞い? 」
平和だった聖ミルトス神殿に、再び厄介事の臭いがし始めた瞬間だった。




