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⑨ 精霊教会

 バシャッ


 靴に水がかかった。


「っ! 申し訳ございません! お許しを……って、なんだ。人形姫か」


 早朝に部屋から出ると、掃除中のメイドたちに出くわした。


 バケツを倒した粗相を謝罪しかけたメイドは、相手が私だと分かると、卑しむような顔で見て来た。


「こんな朝早くから邪魔をしないでくださいよ」


「ほんと、不気味ね」


 私は王女なのに、メイドたちからもバカにされている。


 いつものように何も聞こえていないふりを続けて、人形のように静かに歩く。


「あーあ。こんなのでも王女だから、働かなくていいなんて、ほんとうらやましい」


「しかも、婚約者があの賢者アスランの子孫のアーサー様でしょう!」


「『生贄聖女と賢者アスラン』良かったよね~。ラストは涙で本がびしょ濡れよ」


 ブルーデン家が出版した小説は、瞬く間に流行した。王都の女性に大人気だ。


「アーサー様は、賢者アスランと聖女様の子孫なんでしょう?」


 !?


 後ろから聞こえたメイドの声に驚いて立ち止まる。


「何それ?」


「『聖女の契り~真実の愛はあなただけ~』に書いてあったのよ。精霊界にたどり着いた賢者アスランは、一人の赤子を託されるの。それは、二人の涙の別れの夜に、聖女が身ごもった賢者アスランの子供なの!」


「きゃー!! 二人は一夜をともにしてたの?」


 !!してませんっ!!


 顔が熱くなる。違う、違う。あの夜は、私達はキスしかしてないっ!


「違うってば、それは二次創作された作り話よ。ちなみに、私は、賢者アスラン派じゃなくて、精霊宰相派よ。生贄を迎えに来た美貌の精霊と聖女の間に愛が芽生えて、二人はめくるめく夜を共にするの」


 !!してませんっ!!


 今度は背筋が寒くなる。

 ああ、ぶるぶる。あの冷血精霊と何が芽生えるって? 夜をともに?

 うぇ。吐きそう。気持ち悪い。


 ああ、嫌な会話を聞いたなぁ。


 アスラン様の小説が流行ったのはいいけれど、勝手に派生小説を書いて出版している人がいるみたい。

 人気は二分されてて、アスラン様が精霊界にたどり着いて聖女との愛を貫いた話と、それからもう一つは、オエッだけど、聖女を迎えにきた精霊宰相との間に芽生える、あ、愛の話。ウエッ!


 原作は悲恋で終わったから、勝手に二次小説が書かれたみたいね。それも、大人向けの描写が受けているって。うう、気持ち悪い。


 掃除もせずに盛り上がっているメイドたちを後に、私は離宮を出た。


 まだ早朝だから、息が白いわ。こんなに冷たい朝は100年前にはなかったのに。


 肩にとまった鳥の精霊をマントのポケットに入れてから、フードを深くかぶった。


 ルリの空間移動の力で、目的地まで直接行ってもよかったのだけど、100年ぶりに自分の足で教会まで歩きたかった。


 100年前も、この離宮から一人で精霊教会に歩いて通っていた。聖女になる妹を補佐するために。


 誰もいない離宮の裏門を通って、寂れた通りを歩く。

 薄汚れて、ごみが錯乱した道には、物乞いが眠っている姿が目立つ。やせ細って、死んだように眠る彼らに横に、紙に包んだ銀貨をそっと置く。


 かつては、この通りは、教会へ通う人たちでにぎわっていた。道の両端には出店が並び、客に呼びかける声で騒がしかった。色鮮やかな果物が、かごいっぱいに積まれていた。

 でも、精霊の加護のない今は、果実はもう実らない。


 目的地の精霊教会に着く頃には、持ってきた銀貨はほとんどなくなっていた。

 高くそびえたつ礼拝堂を仰ぎ見る。誰も掃除をしないのだろう。焼け焦げたすすで壁が黒く変色している。


 あれほど豪華で壮大だった教会の建物は、今はもうない。

 精霊の加護がなくなったことを逆恨みした民が、教会に火をつけたのだ。礼拝堂だけが焼け残った。


 感慨深く立ち止まって見つめていると、隣のゴミ捨て場に大きな魔物蜘蛛の影が見えた。


「朝ごはんだ! 食べてくる」


 ポケットから飛び出た鳥の精霊が、嬉しそうに飛んでいく。


「行ってらっしゃい。残さず食べてね」


 パタパタと飛ぶ青い姿を見送ってから、礼拝堂に一礼してから中に入った。


「100年……、ううん、15年ぶりね」


 空っぽの礼拝堂の中で、私のつぶやき声が響いた。

 精霊宰相が赤子になった私をメイドに渡した場所だ。

 ゴミを避けながら、精霊王の像の前に立つ。


 どこか遠くを見つめている白い石の彫刻は、粗削りで、顔立ちや体つきは良く分からない。背中には大きな翼がある。


 聖女候補として修行していた時、この像を一日に何度も磨かされた。100年間も手入れされていないのに、白い石像はかつてと同じ輝きを見せている。手を伸ばして、その冷たい石に触れる。


「私は、王女としての務めを果たせましたか? 生まれて来た罪を償えましたか?」


 昔のように、ひざまずいて祈ることはもうしない。今はもう、聖女じゃないのだから。


「どうか私の罪が許されますように。どうか私が国民を愛して、彼らのために命を捧げることができますように。……なんて、毎日祈っていた私の声って、届いてた? 罪深い私は100年を生き延びてしまったわよ。王女として受け入れてもらったのに、国民のために死ねなかったのよ」


 こつん。

 私は白い石像をこぶしでたたく。こんなこと、昔は畏れ多くてできなかった。でも、この石像には何の力もないことは、もう分かっているもの。


「私が生まれたことって、そんなにも罪深いことだったの? 不貞を犯して母を妊娠させたのは、父でしょう? 私生児の私に何の罪があるっていうのよ」


 100年前の答えを求めようと、私は精霊王の像に語り掛ける。


「教会で下働きとして育てられたことも。神聖力が多いって分かったとたんに、王女として引き取られたことも。聖女候補になったのに、精霊王に選ばれなかったことも。全部、私のせいだっていうの?」


 感情が爆発して、涙があふれてくる。


「あなたが聖女に選んだ妹は、結局は浮気したのよ。そっちだって選ばれなかったんだから。ざまあみろ!」


 ガンッ!


 何も言わない石像を思いっきり蹴りつけてやる。

 っう、痛い……。

 足を押さえて振り返る。

 物音が聞こえた気がする。

 誰かいるの?


「はっ、あきれたな」


 低い声とともに、黒い影が教会の入り口から姿を現した。

 黒いマントに真っ黒な髪をした男の人だ。

 目も黒い。

 帝国人だ!


「先祖が世話になったというのに、精霊王をなじるのか」


 バカにするように鼻で笑って、男は私に近寄って来た。

 呆然と立ちすくむ私のすぐ目の前に来る背の高い男。


 私の言葉を聞かれていた? 

 どこまで?

 私が王女とバレた?


「教会で発する言葉がざまあみろとは、とことん腐った国民だな」


 逃げ場をふさぐように、壁に手をついた男は私を見下ろした。

 黒い瞳が軽蔑の色を浮かべている。


 ざわりと、背筋が冷える。

 真っ黒な男。

 こわい。

 魔物と同じ色をしている。

 男は、獲物を狙うように目を細めた。そして、深くかぶった私のフードを覗き込もうとする。


「おまえ、顔を良く見せろ。その目は……? 暗いな。炎よ! 明かりを灯せ」


「!」


 男の左手に炎が出現した。


 魔法使いだ! この男は、帝国の貴族!


「ルリ!」


 呼び声に答えて、青い鳥が男の顔を狙うように飛んでくる。


「なんだ? 鳥?!」


 ルリを避けようと男が離れた隙に、私は出口へ走った。


「おい! 待て! なんだ、この鳥は?!」


 全速力で教会の外に走り出て、飛んできたルリの転移の力で離宮に戻った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか嫌な男が登場・・・。 多分ヒーローになるんでしょうけど、偶然見かけた見知らぬ女の子に暴言を吐いて顔を見せろと実力行使してくる嫌な奴なのは間違いないよね。恋愛以外の王女の活躍は楽し…
2024/05/06 18:46 退会済み
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