45 錬磨してみよう
魔法で氷を作るというのは何となくできてしまったという感覚で、なかなか説明が難しい。
すぐに凍結が始まるくらいの寒い場所に水を出現させながら、それが早く凍るようにといろいろ試してみた。そのうち何かの拍子でうまくいってしまったという感じだ。
そもそも水に限らず世の中のさまざまな物体はすべて、目に見えないほど小さな粒のようなものの集まりだ、と何処からか『知識』が伝えてくる。水魔法もそうした小さな粒単位で水を扱うものらしい。
それを意識して、出現させるときにその水の粒を凍りやすいように静まるように固めるようにした、という感覚か。
最初は自然に凍る環境でそれを補助する手応えだったのだけれど、コツを掴むと寒い場所でなくても凍るように取り出すことができるようになった。
なかなか言葉にならないながらも父に説明すると、相変わらずうーむと唸り続けている。
「たぶん、凄いということにまちがいはないと思う。こんなことができる人間が他にこの世にいるのかどうか、よく分からんが」
「あい」
「新しいことができるようになったら考えるべきは、これがどう役立てられるかと、他の人にも同じことができるかどうか、だが」
「うん」
「これが夏場でもできるんなら、氷を作って水を冷やすとか食材の保管に役立てるとか、ありがたいのはまちがいないな。他に、魔獣の狩りなどで使い道はあるだろうか」
「……びみょう?」
「……だな」
まず第一に大きな問題はただの水の場合と同様、あたしには現状でこれらを飛ばすことができないということだ。狩りの際真っ先に考えられる使い道は氷の塊を獲物にぶつけることだろうけど、それが難しい。
ただの水と同じく、二十ガター程度離れた場所に取り出すことだけはできる。しかし拳大の氷を獣の目の前にただ出現させても、少し頭上から落下させても、たいした障害を与えることにはならないだろう。
魔獣の目にへばりつくように出すのなら、少しはその突進を緩める効果はあるかもしれない。けれどその用途なら鼻に水をぶち込む方が効果は高い気がする。
せいぜい考えられるのは、氷の塊を父に手渡して投げてもらうことか。でもそんなのは、そこらに転がっている石を使うのとたいして変わらない。
当然ながら、石を投げるという方法は狩りの場でも使われることがある。しかし離れた場所での命中率や威力を考えると、火や水の魔法の方が確実とされるんだ。氷を使ってもそれが変わるわけじゃない。
「そっちの方は、これからいろいろ工夫次第かもしれないな。どっちにしても夏場の利用だけでも大歓迎、真似をしたいという者は大勢いるだろう。これ、他の水適性の者にもできることなんだろうか」
「ふかのうじゃない、けど、説明むじゅかしい」
「ふうむ」
たぶん、水が目に見えない粒の集まりでそれを操る感覚、と納得する必要がある。ふつうの人にはその説明だけで感覚を掴むことはできないだろう。
でもあたしだって、それ以上具体的な方法を身につけているわけじゃない。目に見えないものを操るのだから、見せることも触らせることもできない。
どう考えても、これを人に伝授するすべは思いつかない。
「当分は人に見せないで、イェッタ一人で工夫していくしかなさそうだなあ」
「だね」
父の出す結論に、頷くしかなかった。
もしかすると世紀の大発見くらいの凄いことなのかもしれないけど、とにかく今すぐ活用する方法が思いつかない。
それから数日、あたしはせいぜい素速く氷を出現させる練習を重ねた。
その次には、氷を球形ではなく別の形で作り出すことを試みる。魔狩人の中には投げナイフを武器にする者もいると聞き、その形を父に教えてもらって工夫してみた。
最初は細長くするだけ、徐々に先を尖らせることができた、という進展だけど、数日のくり返しで何とかナイフらしい形に落ち着いてきた。布や木などを切るには今ひとつの鋭さだけど、獣に投げつけてうまくいけば突き刺さるかもしれない。
これももちろん、あたしの力では投げることもできない。父が大刀などを手にしていないとき、代用の刃物としてに即座に渡すことができるかもしれない、という利点があるかというところだ。
試しに父が投げつけてみると、ざくりと地面に突き刺さった。
「うん、まあいざというときの役に立つかもしれないな」
「うん」
この刃物成形の練習は、今後も続けていくことにする。
最も雪の多い時期を過ぎると、村の中や柵のすぐ外くらいまで歩き回れるようになった。とは言え父限定の話で、あたしはどうかするとすぐ胸くらいまで埋まってしまうのだけれど。
あたしを背に負って、父は膝くらいの深さの雪をかき分け柵の周囲を歩いて回る。魔獣などの接近の予兆がないか確かめ、たまに這い出してきている野兎などを狩る。
少し村から離れた雪原で、あたしの風と父の火魔法の連携を練習したりもする。
そんな日々を過ごし、村は雪解けの季節を迎えた。
残雪を避けた跡に土の色が勝るようになってくると、もう春の始まりだ。同時にまた、魔獣の襲来に備える必要が増してくる。
「しっかり備えていこうぜ」
「おう」
春の農作業の準備を始めながら、村人たちはますます剣や魔法の稽古に精を出すようになった。
雪がかなり少なくなって間もなく、領兵の駐留隊から三名が派遣されてきた。また魔獣の動きが活発になる時期に備えて、北の山を一度巡視するのだという。
年々深刻さの増してきている魔獣出没の状況で、このドーレス村はまちがいなく最前線だ。昨秋の狼魔獣と同等かそれ以上に強力な魔獣が山を下りてくるとするとここで真っ先に観測し、撃退か村人避難かといった判断をつけなければならない。
そう村長や村人たちに説明し、兵士たちは揃って北の森に入っていった。
当分は昨年ブリアックの使っていたケヴィンの家裏にある空き家に宿泊し、少しずつ探索の範囲を広げていくという。
これまで一名だった兵の派遣が三名に増えたということで、嫌でも村人たちの受け取りは深刻になる。いざというときはすぐ避難ができるように、準備を進めていた。
それでも大きな異状が起こることもなく、半月ほどが過ぎた。
村人たちは山方向を訝りながらも、農作業を始めていた。
あたしも他の子どもたちと、剣の稽古に精を出す。
この日も兵士たちは、さらに森の奥、山にかかるところまで入ってみると言い置いて、朝早く出ていった。
そうして午を過ぎる頃。
家並みの北端に設置した鳴子が、響き渡った。いちばん柵の近くで畑作業をするケヴィンとイーヴォの夫婦が、森の方角に気を払いながら合図を請け負っているものだ。
遠くを見ると、二組の夫婦が柵の近くで手を振っている。
あたしを背負っていた父が作業の手を止めて、走り出した。マヌエルとオイゲンも続いてくる。遅れて村長も駆け出してきた。
近づくと、ライラとフェーベが残って手を振り続けていた。夫たちは柵を越えて森へ向かったらしい。
「どうした?」
「森の奥から、兵士の人たちの声がするのさ。どうも、怪我をしているらしい」
「うちの人たちは、助けがいるだろうって行ったよ」
「そうか。くわしい状況は分からないんだな」
唸って、父は森の奥へと目を凝らす。
ほどなく、そちらから声が聞こえてきた。
「ほら、もうすぐだ」
「頑張れ」
木の陰から、四人の男の姿が現れた。
ケヴィンとイーヴォが、二人の兵士にそれぞれ肩を貸している。
もう一人の兵士の姿が見えない。
「おい、どうしたんだあ?」
父が声を張ると、兵士の一人が大声を返してきた。
「とんでもない魔獣だあ。村のみんな、避難を始めろ!」