キルゾーンへ
◆
戦闘に必要な情報を聞き出すと、俺は巨漢の剣士ダミーに告げた。
「投降を受け入れる。大人しくしていれば、安全は保証する」
俺は89式小銃を召喚してダミーを先頭に立たせ、神殿の地下にある”ニューワールド”へ通じる部屋に向かう。
少年・少女兵のグイドとリゼットはダミーの脇を歩かせた。
捕虜にするならダミーのような大男に限る。銃を突き付けても良心が傷まない。
リゼットに銃を突きつける気には、もう成れなかった。
俺は89式を構えながらカミラと並び、数メートル後方からついていく。エトレーナはさらにその後だ。
歩きながらダミーは隠れている少年・少女兵に投降を呼びかけ、武器を捨てさせた。
途中、大きな部屋の一室に彼らを集め、カミラに部屋の入口を守らせる。
間もなく王宮からの先発隊がここに着くはずだ。それまで悪いがカミラには捕虜の相手をしてもらおう。
カミラと捕虜を残して先を急ごうとする俺を、ダミーは部屋の中から呼び止めた。
何故か魔術師のリゼットも側にやって来る。
「なあ、カザセ。あんた絶対に勝ってくれ。大丈夫だとは思うけどよ」ダミーが真剣な顔で言う。
俺は笑った。
「捕虜がなんで俺の勝利を望む?」
「俺達は軍に戻れば殺される。戦闘を放棄したからな。良くて奴隷に逆戻りだ。
ついでに言えば前よりもっと酷い待遇のおまけ付きだ。カザセのそばにいた方がマシなんだ」
「俺が言うのも変だが、投降自体は別に裏切りでは無いだろう? 子供を殺されるのが嫌だから戦うのを止めた……なんて馬鹿正直に報告する必要はない筈だ」
「俺達には投降そのものが許されていない。状況に関係無くだ。勝てなければ死ぬしかない」
あの王子ならやりかねないとは思う。
「そうか」
「なあ、俺たちを雇わないか? あんたの元で働くなら、真正ユリオプスの軍にいるより何十倍もマシだ」
「子供を戦争に使うつもりは無い」
「奴隷でもいいんだぜ? あんたの元で働くならそれでも構わない。働き手が不足してるんだろ?」
「奴隷は俺の趣味じゃない。それに俺を買いかぶり過ぎだ。今、殺しあっていた相手を何でそこまで信用する?」
「リゼットがあんたを気に入ったからな。この子の人を見る目は確かなんだ。なんせ、他人の心の中を覗ける」
魔術師の少女を見ると、慌てて顔を逸らす。この反応は……気に入られてはいないようだ。
そして、何故かすねたような顔をする。理由は分からない。
それがすぐに分かるくらいなら、女で苦労はしていない。
「俺が勝ったら、その時は何か考える。アテにしないで待っていてくれ」 俺は話を切り上げるためにダミーにそう伝え、神殿の地下に急いだ。
◆
エトレーナと一緒に地下へと向かう。カミラには、地下の様子を見てくるとだけ伝えたがそれは嘘だ。
一人で戦うのは無茶だと、止められたく無かったからだ。
俺はそのままニューワールドに転移して、戦闘に入るつもりだった。
エトレーナと一緒に無言で歩く。残念ながら二人きりの時間を楽しむ余裕は無い。
俺は妖精に心の中で話掛けた。
(念の為に確認させてくれ。ニューワールドでの召還制限はそのままだな?)
(はい。カザセさん、申し訳ありません。前に説明した時と状況は変わっていません)
ニューワールドで召喚出来る車両は、せいぜい2,3両だ。
俺は、その理由を妖精から聞いていた。
召喚システム・トライデントは兵器を数値データに分解し、見えない回線を使ってデータだけを目的地に送信する。妖精は送られてきたデータを現地で受け取り、実体を持った元の兵器を再構成する。
これがいわゆる”召喚”と呼んでいるプロセスだ。
兵器を送る回線には、二種類ある。
主回線と副回線だ。
主回線は主に大型の兵器の転送に使う。副回線は小型の兵器、主に個人用武器の転送に使う。
ニューワールドでは、この大型兵器用の主回線が使えない。通じるのは副回線だけだ。
だから無理やり、全ての兵器を小火器用の副回線を使って送信する。
例えて言えば、家庭用の細い水道管(副回線)にダムからの放水を直接流し込んでいるイメージだ。
その為に各種の制限が出て来てしまう。
呼べ出せる車両はせいぜい2、3両と言う制限もそのうちの一つだ。
しかもクソ遅い副回線を使っての実体化には時間がかかる。
(主回線を使えるようにするには、もっとニューワールドに関する情報が必要です)
妖精はため息をついた。
その条件下で戦う、今回の敵は以下のとおり。
(黒竜が一匹。戦車の新型が8両、旧型が20両。RPG(対戦車ロケット弾)装備の歩兵が50名以上。魔術師が10名)
これがダミーから得た、ニューワールドで待ち構えている敵だ。
勿論、負けるつもりはない。
しかし黒竜一匹だけでも十分過ぎる強敵だ。なんとかして敵を出し抜かなければ勝てない。
俺はエトレーナと歩きながら、戦術を考えていた。
◆
地下にある目的の部屋に到着する。この部屋が“異界の門”だ。
俺はまだ迷っていた。……戦術が決め切れない。
突然、俺は後から抱きしめられた。
「カザセ様。大丈夫です。カザセ様が負けることなどあり得ません」
俺はかなり怖い顔をしていたらしい。エトレーナを心配させてしまったようだ。
身体に回された柔らかな腕をとり、俺は振り向かずに言う。
「ああ。もちろんだ。君たちを…君を必ず守る。敵を粉砕してニューワールドへ進むんだ」
「私はカザセ様に謝らないといけません」
「何の話だ?」
「公爵の手から逃れ、城の一室に隠れていた時、私は悪夢を見ました」
「…そうか」
「私は死を覚悟しているつもりでした。そして夢の中でカザセ様が現れて言うのです。お前と二度と合うことは無い。お別れだと」
「馬鹿な夢だ」
「はい、その通りです。馬鹿な夢です。
でも、私はその夢を見て胸が張り裂けそうになりました。
私はあの時、死ぬ覚悟なぞ出来ていなかったのです。もう一度だけカザセ様にお会いしたいと神に何度も祈りました。私は女王である前に、只の女でした」
俺を抱く腕に力が込められた。
「私は今、幸せです。今はカザセ様と一緒にいられる。これ以上の幸せはありません」
俺はたまらなくなり、エトレーナの方を向く。
キスは彼女から求められた。
お互いの舌が絡む甘美な感触に溺れ、今の状況を忘れた。
柔らかな女王の唇を、舌を、俺は貪った。俺に強く抱かれてエトレーナが喘ぐ。
今は戦わなくてはいけない。
そして勝たなくてはいけない。守らなくてはいけない。
兵士としての義務感が勝ち、なんとか顔を彼女から離す。
「…もう、すぐだ。すぐに全てはいい方向に転がる」
「はい。勿論です」エトレーナは、恥ずかしそうに小声で答えた。
◆
俺は改めて自分の居る部屋を眺める。
部屋の広さは、戦車がなんとか二両ほど収まる程度。
そして部屋の中の物は、人間と一緒にニューワールドへ転移される。
そう。
俺はこちらの世界で10式戦車を呼んでから、ニューワールドに転移するつもりなのだ。
こちら側で兵器を呼んで一緒に転移すれば、向こう側での呼び出しの制限には引っかからない筈だ。
そしてニューワールドでは、新たに別の兵器を呼べる。例えば強力な航空機。
「妖精。こちらの世界で10式戦車を2両召還してから転移する。そして向こうについたらA-10サンダーボルトII対地攻撃機を召還して欲しい。可能か?」
(可能……と思います。 しかしニューワールドでは副回線しか召還に使えません。5分、いや最悪10分ほどA-10攻撃機の実体化に必要です)
「その数分を耐え、A-10さえ召還出来れば俺たちに勝ち目が出てくる」
(分かりました。了解です)
俺の頭の中に、以前見たAー10の頼もしい姿が浮かぶ。グラム・システムとか言う、新型の召喚システムを使って正体不明の味方が召喚したものだ。
あの攻撃機が欲しい。
巨大なGAU-8 30mmガトリング砲を装備して戦場を舞い、敵戦車の腸を喰らい尽くす、旧式だが無骨で頼りになるあの兵器が欲しい。
敵がいくら最新型の戦車を揃えようが、対空兵器が無ければA-10の敵では無い。
いや。多少の対空兵器なら、A-10は踏み潰すだろう。
俺にだって、あの機体の召還が出来る筈だ。あの男ほど素早くは呼べないとは思うが。
攻撃ヘリを召喚する事も考えたが、ヘリは本来、遠距離から隠れて対地ミサイルを撃つのが仕事だ。
対物ライフルを多数持っている敵の上空で、ヘリを呼ぶのは危険だ。
コクピットを狙われれば撃ち落とされる。
問題は敵のラスティ・カッパーと呼ばれる黒竜だ。
俺の10式戦車が実体化したと同時に、黒竜と敵戦車が一緒に襲ってきたらどうする? そうなれば俺は負けるだろう。
しかしあいつの高慢な性格から考えると、いつ転移して来るか分からない俺を味方の戦車と一緒にじっと待っているとは思えなかった。対応には時間差が出る筈だ。
A-10の召還さえ上手くいけば、味方の戦車と連携して黒竜にも対抗出来るかも知れない。
残念ながら心配な点は他にもある。敵の魔術師はどう出るか。
前の戦いの時は、シルバームーンが居たから何とかなったが、今は彼女はいない。
時間が無い……もう覚悟を決めるんだ。やって見るしかない。
10式戦車が2両に、運が良ければA-10が1機。いくら考えてもそれが現状における俺の最大戦力だ。
◆
(トライデント・システム起動。回線の接続完了。大質量転移開始。今!)
雷鳴に似た作動音と共に、10式戦車2両が部屋に召還される。部屋はもう一杯だ。
俺は戦車に飛び乗り、エトレーナを振り返る。
俺を見つめる彼女に対して、軽く敬礼した。
「行ってくる」
これより状況を開始する。