消耗品
◆
閃光手榴弾は、敵剣士の足下で爆発した。
100万カンデラの閃光と160デシベルの大音響がまき散らされる。
この手榴弾は強烈な光と衝撃音で、視覚と聴覚を奪うのが目的だ。テロリストが立てこもった部屋の突入時に良く使われる。
剣士の大男は気絶したかも知れない。いい年をした男に手加減をする義理はない。気絶と言わず死んで頂いても結構だ。
後ろの少年兵達—ライフル使いと魔術師—も強烈な光りのせいで一時的に視覚を失っただろう。
俺の場所は爆発から、それほど離れていない。キーンという強い耳鳴りのせいで頭がふらつく。
光から視線を外していたので、目は大丈夫だ。
右肩が焼けるように痛い。少年兵の放った銃弾が右肩を貫通している。
なんとか俺は立ち上がる。戦いはまだ終わっていない。
仲間は?
エトレーナは指示どおり床に伏せている。閃光は見なかったようだ。
彼女は爆発点から10m以上離れている。聴覚へのダメージは俺より小さい筈だ。
カミラは、爆発前に敵の魔法で気を失っていた。手榴弾自体の影響は小さいだろう。
敵の剣士は耳を押さえうずくまっている。鼓膜でも破れたか? 気絶していないとはタフな奴だ。
少年兵達は何か叫んでいる。お互いの名前でも呼んでいるのだろう。
(9mm拳銃)俺は妖精に命じた。
自衛隊時代に使っていたP220自動拳銃が左の掌の中に実体化する。
俺は拳銃の扱いはあまり上手くない。しかし動かない右肩で、小銃を撃つよりマシだろう。
外さないように、胴体を狙う。
閃光弾の効果は1分も続かない。奴らの視力は間もなく回復する。
大男の剣士を早く始末して、少年兵もなんとか無力化しないと危険だ。
自動拳銃はダブルアクションで、最初の引き金は重い。1発。続けてもう1発を発射。
ダンッダンッ
両弾が命中。一発は背中。二発目は腰。男は苦しげにうめいた。
……有り得ない。致命傷になっていない。
こいつの戦闘能力を、まだ奪えていない。化け物じみた体力だ。
頭を狙うか心臓を打ち抜くか。
「ダミー!」少女の叫び声が聞こえた。俺の聴覚が戻って来たらしい。
女なのか? 少年兵じゃない。 魔術師は……少女だ。
床に転がっている剣士の身体が、青い光りに包まれる。
治癒魔法だ!
魔法を使える筈が無いんだ! 魔術師の目は見えてない筈なのに!
俺は慌てて後ろの少女を拳銃でポイントする。
子供を殺す気はなかったが、もう無理だ。魔法が使えるのなら、形勢をひっくり返される。仲間が殺される。
俺は少女を射殺する覚悟を決めた。
「リゼット、魔法を使うなっ」大男の剣士が叫ぶ。「撃たれる! 止めろぉ」
剣士は苦しげに頭を持ち上げて、俺を見た。
「降伏する! カザセ! 子供たちを撃たないでくれ。お願いだ!」
罠か?
(風瀬さん。この男からは敵意を感じません。本気で言っているようです) 妖精が囁く。
俺は呆れた。負けそうになったら降伏するのか?
少女から拳銃の狙いを外さず、大男に答える。
「俺達は戦争をしている筈なんだがな。人を撃っておいて失敗したから命を助けてくれ、というのは虫が良すぎないか?」
治癒魔法のお陰で、大男は視覚と聴覚を回復したらしい。しかし、まだ苦しそうだ。
弾のダメージが、明らかにまだ残っている。
持っていた剣を遠くに放り投げると、苦しそうに身体を起こした。
「好きで戦っている訳じゃない。特に子供達はな。……それに、お前に“戦争だから”なんて言えるのか? 俺たちが襲撃した時、あんた—カザセ—は先に銃を構えていた。……子供だから撃てなかった。違うか? 戦争だったら撃つべきだ」 苦しそうに息をつく。
「俺の居た国では、子供は戦争をしない。戸惑っただけだ」
「……俺の居た国でもそうだ。……勘違いするな。撃たなかったのは感謝している」
「だったら何故、子供を戦闘に巻き込む? あいつらはガキじゃないとでも言うつもりか?」 どう見ても、ライフル使いも魔術師も10歳を越えていない。
「……言い訳はしない。確かに俺はクズだ。 ……だが、俺たちは奴隷で消耗品なんだ。俺の出来ることなぞ、たかが知れている」
「ダミーはクズじゃないっ! カザセの馬鹿野郎っ。何も知らないクセに」ライフル使いの少年が叫ぶ。
ダミーと呼ばれた剣士が少年に言う。
「グイド、銃を捨てろ。俺たちの負けだ。それにそんな銃ではカザセに勝てない」
そんな銃? 俺は少年が手に持っている銃を、改めて眺めた。
その銃はマスケット銃に毛が生えたような単発式のライフル。
……骨董品もいいとこだ。
(見たところスナイドル銃ですね。1800年代にイギリス陸軍が使っていました) 妖精がコメントする。
「まだ戦える! 殺れるよ! ダミー。見てただろ? 僕の撃った弾がカザセに当たったのを」
「カザセは、子供だから撃たなかっただけだ。お前が一人前の兵士だったら、先に撃たれて死んでいる」
「僕は一人前だっ!」 少年は銃を構える。その銃は単発式だろう。装填からやり直せ。もし目が見えてるならな。
「止めて! グイド。ダミーが降伏したのよ。もう戦わないでっ!」魔術師の少女が声をかけ、少年の持っている銃を慌てて掴んだ。奪うように取り上げる。
「カザセさん。すみません。私たちは降伏します」少女は言った。
「私からもお願いします。子供達を助けてあげてください」 エトレーナが俺の後ろからそばに寄る。すーっと右腕の痛みが退いた。
彼女は自分の指輪を俺の負傷した右腕にむけている。治癒のアイテムだ。見覚えがある。
彼女の両親の形見の品だ。
エトレーナは俺の応急手当を終えると、倒れているカミラのそばに寄る。
指輪を近づけると、柔らかい青い光りがカミラの上半身を覆った。間もなく回復するだろう。
さて、どうするか。俺に子供は殺れない。選択肢はあまり無い。
「デザートイーグル召喚」左手から9ミリ拳銃が消えて、ずっしり重い大型の自動拳銃が現れる。
この銃は、熊撃ちの猟師がサイドアームとして使うと聞く。化け物じみた巨体を持つ、この男には丁度いい。
こいつの発射するマグナム騨は、普通の人間相手にはオーバーキルな代物だ。
俺は少女から狙いを外すと、剣士の男をポイントした。
「……情報をよこせ。それが降伏を受け入れる条件だ」
◆
巨体の剣士は、お世辞にも二枚目とは言えない。ゴツゴツとした顔を持ち、鼻が潰れている。
銃を向ける俺に対して、しかし大男はニヤリと笑いかけた。
強面の表情が崩れ、人懐っこい笑顔になる。認めたく無いが魅力的な表情だ。
こいつは顔の割に女にモテそうだ。
「名前と階級を言ってもらおうか」
「俺の名前は、ダミー・オルコット。階級は軍曹だ。少尉が死んで、今は小隊長だ。本物の小隊長はさっき、あんたに殺された。ありがとうと言わせてもらおう。あいつが死んでせいせいする」
俺がグレネードで殺った何人かは、こいつらの上官だったらしい。
「死んだ男は小隊長と言えば聞こえはいいが、俺たち奴隷出身の兵隊を消耗品扱いするゲス野郎だ。あいつが殺された時に降伏しても良かったんだが、試して見たくなった。あんたを殺せば大きな手柄だ。大物だからな。欲を出しちまった、という訳だ」
俺はライフル使いの少年と、魔術師の少女を見た。
「そういう事だ。俺と、こいつらは奴隷出身なんだ。軍隊に入れば奴隷でいるより幾分マシな待遇をもらえる。子供も虐待されない。女もレイプされない。飯と居場所は確保される。
そして、この部隊で5年勤めれば、めでたく真正ユリオプス王国の平民に成れる。しかし、5年生き残れる奴はほとんどいない。奴隷上がりの兵は使い潰される」
そして、奴は呟くように言う。「俺にとっての最優先事項は子供達の命と笑顔だ。軍隊の義務なんてクソ食らえ……だ」
「私は、リゼット・ルフェ。魔術師で伍長です」 少女が頭を下げる。
「僕はグイド・サッコ。銃士で上等兵。撃ったのは謝らないぞ」少年は俺を睨んだ。
「この神殿にいる残りの兵は20人ほどで、ほとんどが少年・少女兵だ。だが安心してくれ。あんたらに手出しはさせない」
「使い潰されると言ったな? そう言うあんた達がこの神殿を守っていたという事は、本隊はやはり向こう側“ニューワールド”で待ち伏せしていると言う訳か」
「そうだ。俺たちは捨て駒だ。元々、あんたを殺ることはアテにされていない。少しでも戦力を削げれば御の字と言う訳だ」
「向こう側の“ニューワールド”では竜族の女と騎士達が異界の門を守っていた筈だ。彼女たちはどうなった?」
俺の同盟者である、竜族のシルバームーン。大丈夫だろうか?
一番欲しい情報だった。
ダミーの名前を名乗る剣士は、顔を曇らせた。
「あの可愛らしい竜族の女か? あいつは……」