6/5 いざ勝負
指月の広報とつくしんぼの生徒会との掛け合い有ってのことだろうが、漬物部と料理部の対決には多くの人が来ていた。人数にして3,40人ほどだろうか。だが、教室がやや混みあう程度には人が来ていることに驚く限りである。皆多少の暇があるのだろうか。俺だと当事者じゃないから来ない。
調理の担当をする俺達は、そんな観客席からカーテンのような布で仕切られた場所に集まっていた。生徒会の方から事前の説明が有るらしい。
「皆様にはこれから事前の申請通り料理の対決をして頂きます」
生徒会の役員か下働きかは不明だが、冷静さをもってこちらに対応するあたり多少場慣れしていると思われる。
「料理に使われる材料と器具は生徒会で事前に用意しました、不要の場合は残し別途必要の場合は連絡をお願いします、本番での材料追加は特例ですが今回は調達が可能になったので」
どうも事務的な物言いをする人物だなと感じる。雰囲気としては若竹に近いかもしれない。
だが、料理の一つを決められるのに材料が無いということはないだろう。材料から料理を逆に推理することも出来るはず。
そんな淡い願いを生徒会員はアッサリ打ち砕いてしまった。
「用意しました食材ですが、牛のネック、肩、トンビ、ミスジ、肩ロース、リブロースサーロインヒレばらうちももしんたまそとももランプイチボにすね。後は合い挽きミンチ。豚のバラ、ロース、ヒレ、モモ。鳥の胸、ささみモモレバー砂肝手羽元手羽先。野菜についてはニンジンジャガイモ玉葱。キャベツもやしラディッシュ葱大根、魚類としてホッケの開き、アジの開き、イカの干物、ナマコ、調味料各種」
待て待て待て。一体何処からそんな量の肉がやってきているんだ。そんな蓄えの肉野菜の量を一体何処から仕入れてきているんだ、テレビ局じゃあるまいし。
「今回の勝負ではあくまで先輩の指導内容を鑑みて評価する予定です、先輩方は副食調理の手伝いは可能ですがメインディッシュは後輩1人での担当。その他の料理については適宜相談して決めて下さい、お米は制限時間40分の終了直前に炊き上がる予定なので料理が冷えないようお気をつけて」
時間の制限は比較的緩いほうなのだろう。だが、一度失敗してしまっては立ち直れない時間だ。
「なお、漬物部の方からは事前に調理をしている一品を持ち込むと連絡を受けています。料理部のお二人はよろしいでしょうか」
「……ええ」
緊張しているのか、安岡先輩も多くを語らず頷くにとどまった。
漬物部の面子を見てみる。白石先輩は安岡先輩の方を時折見て、楽しげな表情を浮かべている。笹方はというとこういう場に慣れているのか緊張せず、手元のメモ用紙を見ているようだ。
「それでは、両者のご健闘を祈ります」
その声とともに、俺達4人は黒幕からギャラリーの方へと歩み出る。
人数が人数とはいえ、教室は狭い。その全員から拍手を受けるとどうも居心地が悪い気がする。中には見世物を見に来た感覚で来ている人が居るだろうが、それでもだ。
まずは料理の基本。
手洗いである。手術前も手洗いが重要視されるように、手洗いはすべての基本だと叔父が言っていた。そんな気がする。ジャブジャブとキッチンシンクを前にして、手を水で洗い石鹸をつける。やがて白みを帯びる両手、更にこすらせ手を真っ白にしてゆく。
隣を見ると、キョトンとした顔の安岡。……おい料理部。更に向こう側では、肘のあたりまで石鹸で洗っている白石先輩と笹方。しまった、そこまで必要だったのか。慌てて袖をまくり、パタパタと腕まで洗っておく。安岡先輩もようやく気がついたのか、あわあわしながらも手を洗い始めた。
そうして、ずらりと並ぶ4人。全員マスクに三角巾に白地のエプロンと、こうして並ぶと給食委員を思い出す。
『さぁ、今から生徒会審判員から今回のお題が発表されます!』
何やら実況をする人物まで現れ始めた。専用のお立ち台が有るのを見るに、生徒会公認なんだろうか。ますますこの学校の部活動に対して謎が深まるばかりである。あんまり解き明かす気の起きない謎だが。
溜めるように息を吸い込んで、審判員らしき恰幅のいい生徒会員(A)が発言した。
「お題は、ハンバーグ!」
安岡先輩と、二人顔を見合わせる。――――ハンバーグの作り方なんざ、どっちも知らねぇ!
「仕方が無いからココは奥の手です、安岡先輩!」
「そうね、私達の決戦兵器。それはッ――――」
そう、漬物部が決戦兵器を用意したように俺達にも対抗策が存在する。彼女がスカートのポケットから取り出したるは、情報社会を生き抜くのに必須のデバイス。携帯電話、もといスマートフォン。こいつでレシピを参照する! ……なんだか、ギャラリーがワイワイ言ってるけど気にしないことにしておく。いっそ耳をふさいでおく。
先輩が「ハンバーグ 作り方」で検索をかけている内に、副菜の肉じゃがを用意する。
『おおっと、料理部員まさかのカンニング! ですがこれは生徒会によるとオーケーとのこと! しかしレシピを開いている時間は有るのかー!?』
ただの部活動の戦いに、まさか実況解説をするような変人が居るとは。個人的には少し耳栓をしておきたい、プレッシャーを感じるし。
「あれ、実況解説部っていうのが有るらしいのよ。実況される側になるのは初めてなんだけど」
小声で俺に囁きかける安岡先輩。流石に何回も有ったのなら見たことがあるのだろう。
「部活動同士の争いが割りと有るんですねぇ……」
事前の予定通りに、ニンジン、玉葱、ジャガイモの皮を剥く。昨日練習したとおりに一口大を心がける。その合間に、味醂と醤油、ツユを小皿にとってゆく安岡先輩。さぁ、次だ。サラダ油を鍋にサッと注ぎ、柔らかな牛肉を炒め始める。次に、切った野菜。――肉に火が通った!
「安岡先輩、お願いします!」
「あい了解!」
用意した調味料を注ぎ込み、炒めるのを継続する。さぁ、灰汁をとってゆく。細工は粒々、アルミホイルで落し蓋をして、火元の管理を交代する。
「落し蓋は任せなさい、主菜をお願い!」
「分かりました!」
さて、ぶっつけ本番になってしまった主菜だが。ハンバーグという、初心者に無茶極まりない要求をしてくださった。料理部なりの工夫というのは駄目だろう。レシピに忠実に。かつ、焦がしたりしないことを心掛けて今後を進めるほかない。幸いな事に、ご飯は炊飯器が許可されスープは安岡先輩に頼める。仕事は一つだけだ。
「……さて、やりますか」
腕をまくり、用意する。今からの料理がメインディッシュ、勝負を決めることになる。
玉葱の皮を剥いて、みじん切りにする。事前のマスクが効いたのか、目に染みる事はなかった。フライパンにて玉葱を炒めたら、次にパン粉に牛乳を加えて湿らせる。ボウルに入れた牛肉に一通りの材料と調味料を入れ、溶き卵を混ぜ込む。
「そっちの様子はどうかしら、順調?」
「まずまず、ですかね。火元は気をつけて下さい」
「相変わらずねぇ、頑張りなさい」
空気を入れるとハンバーグは型崩れするようなので、ペチペチと手のひらで軽く投げるように空気を抜きワンサイズのハンバーグを作る。おぼつかない手取りに見えたのだろうか、ガヤの人物たちが何やら言っている気がする。
安岡先輩の様子はどうだろうかと横目に見ると、漬物部の方が何やらゴロゴロと台車を持ってきた。その上には、黒い布で覆われた謎の物体。
「あれが、白石先輩の言っていた決戦兵器か」
「……何それ、私聞いてなかったんだけど」
「聞かれてなかったもんで」
「本当にアンタ平常運転ね、いっつもひょうひょうとしてるんだから」
そうだろうか。ともかく。
突然のパフォーマンスにどよめく観客たち。絶対に白石先輩はこの展開を楽しんでいるんだろうなと思った。笹方が黒い布をバサッと取り払う。
布地の下から現れたのは、それなりに大きい木製の漬物樽であった。




