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6/3 昔の話をするに

「……ひとしきり、料理の手順とかを一緒にやったんですけど」

料理部からの一時的帰還。漬物部では、笹方君と白石先輩とがなにやらゴソゴソやっていた。

電灯をつけていない教室でなにやらやっている2人。正直部外者だったら黒魔術の儀式にでも出くわしたかと逃げたかもしれない。

「なんです、それ」

一応聞いてみる。

「ふふふっ、今度の勝負の決戦兵器です!」

白石先輩、これ以上ないというほどの自信気な顔をしている。そこまでの確信は何処からやって来るのか、料理部の安岡先輩とは対照的である意味安心するが。

「白石先輩がかなりの料理上手で正直ビックリしましたよ」

ふぅ、と汗を拭いながら呟く笹方君。半袖シャツでも暑そうにしているということは相当の作業量だったのだろうか。

「色々と笹方君には手伝ってもらいました、本番を楽しみにしておいて下さい!」

かなり楽しそうな白石先輩。此処から先を無闇に聞くのは風流にそぐわないというものだろう。

「なるほど、あんまし聞くと楽しみを先取りしてしまいそうなんで口を噤んでおきます」

「……なんだか、お固いですね?」

笹方がおずおずと尋ねてくる。しばらくして、俺のことだと気がついた。

「そうか? 同級生に対して敬語使ってるほうがなんだか固いイメージが有るんだが」

「ああっ、これは昔っからの性格なんで気にしないでください」

なるほど、気にしないことにする。

「ね、面白い性格っていいましたよね長峰くんのこと」

白石先輩、なんつーこと言ってくれてるんだ。かなりショックだ。すごろくの第一ターンで振り出しに戻る程度にはショックだ。そんなにショックでもない。

「ですね」

「いや同意してんじゃないよ君も。というか、相当な先輩を抱えてるよな笹方君」

そう俺が言うが、笹方は頭を横に振る。

「いいえ、いい先輩だと思いますよ僕は。料理の腕こそ無いにしても、良くしてくれたと思います。今回の勝負も実際は僕が提案したものなんで」

さらっと料理の腕を指摘されたが、あの先輩は今頃クシャミでもしているだろうか。

「つまり今回漬物部が巻き込まれている現状は君のせいだったのか」

「すいませんね」

テヘ、みたいな空気を作ろうとしても無駄だぞ。かといって、廃部寸前の部活動をどうにかしようとした事に関しては責めることもできまい。実際今それで困っているわけでもないし。

「でも一つ聞きたいのは、今回料理部が勝つ見込みが有るのかって言うことだ。実際の勝負は俺と笹方君、君とで行われる代理勝負。2年の白石先輩と安岡先輩の指導力を決める決闘」

「元々の実力勝負になったら勝てない、ってことですか?」

笹方が後を継ぐように続ける。そうだ、と頷く。現状の能力勝負で行えば2年生の指導力も、1年生の料理の腕もどちらも劣っている。そうなれば料理部の敗北、部活の危機は続くことになる。漬物部が部員を奪うことは無いだろうが、また別の部活動に喧嘩を吹っ掛けるつもりなのだろうか。

しかし、笹方と白石先輩は互いに違うと言った。

「僕自身は、安岡先輩の事を信じてますから」

「長峰君なら、全力で漬物部に勝負を挑んでくれると思ったからですよ」

どういう選任理由だろうか。いまひとつ、ピンと来ないのだが。

――まぁ、いいや。とにかく難しいことを考えずに料理の練習だけしておこう。

「そういえば、指月とつくしんぼは何処に行ってるんです」

普段なら漬物部の部室で勉強会をやっている最中だろう。

「今はビラ配り中ですね、それで土筆ちゃんは生徒会と交渉中ですよ。誰が審判になるかを事前に登録しておこうってことで出向いてます」

そういえば、白石先輩は土筆ちゃんと呼ぶのか。……男子には出来ない呼び名である。呼んだら全力で逃げ出しそうだし。

「料理部との勝負で色々とお世話になってます、本当にすいません」

笹方君が謝罪のように俺達2人に頭を下げる。白石先輩は慌てて手を降った。

「いやいや、大丈夫ですよ? 二人共、部活動らしい事が出来て面白いって言ってましたし!」

まぁ、俺はうん。別の意味で面白い人に出会ってしまったし。料理部なのに料理が出来ないって希少種だと思う。そんなことを言うと、漬物部なのに漬物を未だに作っていない部員も居るのだが。主に俺。

「俺は別に、普段通りですけど」

「つまりツッコミ役に回っていると」

白石先輩、ボケに回っている自覚があるんだったらたまにはツッコミに回って下さい。指月も場を引っ掻き回すタイプだし、つくしんぼは土筆ちゃんだし。

「……大変そうですね」

「そうだぞ笹方君……と言いたいところだけど、安岡先輩はボケなんじゃないのか」

「あの先輩はボケるんですけど、僕がツッコミしてないんで」

そうか、ボケ殺し(そのて)があったか。

いや笹方のなかで安岡先輩は結局どういう扱いなんだよ。

「ところで白石先輩。料理部とは何かしらの因縁が有ると聞いたんですが」

「そう、あれは1年前、激しい雨が振り荒れ風の強かったある日のこと……」

「絶対仲いいですよね貴方達」

殆ど同じ返しをされたぞ。

「フッフッフッ、詳しい話は私達を倒してから聞いてみなさい!」

「というわけで、本番はよろしくお願い致します」

……相性いいんだろうなー、笹方君と白石先輩。


*** ***


笹方君も料理部に一時帰還して部室には白石先輩と俺の2人。

明日用の宿題をしていると、白石先輩が質問をしてきた。

「料理部の件、ごめんなさい。大変じゃないですか?」

「……それほどでも無いですね。何時も通りといえば何時も通りです」

「長峰君らしい返答で安心しました。ひょっとして安岡さんと上手く行ってないかもしれないと、ちょっと不安で」

「味音痴では有りますけど、悪い人とは違いますよ。こちらが失礼なことしても許してくれるような人なんで」

「そうですよね、そこは前々から分かっていたので安心して勝負は受けれてたんですけど。人同士の相性は得てしてどうしようもない事も有りますから」

そういう白石先輩は、俺の方を向いては居ない。窓の外から僅かに差し込む夕日を、ボンヤリ眺めながら言っていた。

「……仲違いって、訳では無さそうですけど。アダ名で呼ぶぐらいには交流があったんじゃないですか」

「白ネギって呼んでくれるの、同級生では少ないんですよね。3年の立花先輩も呼んではくれるんですけど。長峰君なら呼んでくれます?」

「呼んで欲しいんですか」

「さぁ、どっちでしょう?」

決めた、たまに心の中だけで読んでおくことにする。

「先輩相手に、なかなかそうは行かないんですけど」

ふふっ、と笑みをこぼしながら白石先輩はこちらを向いた。

「長峰くんは見た目によらず、色々と人の事を心配する人間ですからね」

「……そんな覚えは無いんですけど?」

「じゃあ恩を売る体質って言っておきましょうか」

一気にランクが下がったような気分がするんだが。

「どちらにしても、土筆ちゃんや指月くん、私の創部を手伝ってくれたり。色々と感謝はされていると思いますよ?」

「…………流されやすい体質なのかもしれません、俺は」

「それを悪いと思ったことは有りますか?」

少し、白石先輩から目線を外して考えこむ。この先輩は、いつも人を射抜くように真っ直ぐこちらを見てくるから。視線に弱い人間としては少々気になる気分である。

「……ええと。特には無いです、今のところ」

「それなら良かった。――――もしも、それが嫌だ、辛いと思った時には」

立ち上がり、俺に背を向ける白石先輩。

「自分で自分を守れるよう、何を打ち捨ててでも逃げることが大事です。自分自身を壊してしまうのは一番危険なことですから」

そのまま、部室の外へと出て行ってしまう先輩。

俺は、後を追うことが出来なかった。


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