6/2 部活動としての戦い方
全く料理の上達方法を知らない俺達。こういう時のインターネット。料理、コツで調べる。幸いな事にこの学校自体に無線で通信は可能のようだ。
調べた結果を先輩に報告する。
「料理のコツ、ですが」
「な、なんでも来なさい!」
「料理には愛を込める、らしいです」
「……アンタ、彼女は居るかしら」
「高校入ってまだ1ヶ月ですよ」
「うちの学年の最速記録はGW中にカップル成立なんだけど」
「僕に居ると思いますか」
「聞いた私がバカだったわ」
「そうですね」
「そういう所が女子にモテ無さそうなんだけど」
「まだ僕達会って2日か3日なんですけどそこまで言ってきますか」
流石に腹が立つ。と思う、実際は別段何も思う所は無かったのだが。
「相方をコケにするぐらいじゃないと勝負はやっていけないわよ」
「漫才の極意か何かですかそれ」
「私の信条、座右の銘かしら」
「後輩の子は大変ですね」
「あの子、ねぇ。私が料理部やってるから入部したみたいだけど、正直私より料理は旨いわ」
「下克上ですね」
「そもそも笹方君は料理屋の息子なのよ」
お手上げとばかりに呟く。
「その言い方だとどの業界も世襲制になりますがな」
「いやまあそうなんだけど。でも跡を継ぐ気で入ってきて、部活で修行をするって思っていたらしいのよ」
「……3年の先輩でどうにかならなかったんですか」
「挑んだ先輩は多かったわ。4人のうち、3人は料理勝負を申し込んだんだけど」
電気ケトルからお湯を注ぎ、ティーパックを陶器のコップに放り投げるように入れる。
湯気を立てたお湯は、みるみるうちに茶色に染まっていく。
「全滅、ね。皆美味しい、美味しいって言いながら満腹になって倒れていったわ」
「苦しんでいるのか満足したのか分からない表現はやめて下さいな」
「両方よ」
「さいですか」
となると、今回の勝負で勝つ見込みはより低くなるということだ。
勝負にメインで戦うのは俺と笹方だろうし、それに白石先輩のバックアップが付けば鉄壁の構えである。
相対する俺は、料理慣れしていないと自称した指月より人参の皮を剥くのが遅い。そして背後には現状イグノーベル生物学賞受賞候補。
「……勝つ見込み、あるんですかね」
「な、無いっていうの!?」
「大体勝てなかったらどうなるっていうんです。別に白石先輩は無茶ぶりなんてしないでしょう」
「そうなんだけど! このまま学期末まで部員が2人のままだと、自動的に廃部になって生徒会に吸収されるのよ!」
「はぁ、何か生徒会にトラウマでもお持ちなんですか」
「ええっ、噂とか聞かないのアンタ」
「そういう話にはトンと疎いんで、俺は」
指月ならば知らぬ間に感づいたり、周りから聞いたりしているだろう。だが、俺の場合はというと叔父の件もあり余りそういった余裕がなかった。
「アンタ、流行についていけないでも『俺はそんなの関係ないんで』って言いそうよね」
「そもそもこんな山奥で流行もヘッタクレも有るんですか、精々流行るのは病気のたぐいでしょう」
「あぁ、本物だこりゃ」
やれやれと言わんばかりに首を振る。
「そういう先輩はお詳しいんですかね」
「やーっと先輩と認めたか」
「便宜上ですが」
「素直じゃないねぇ」
「なんで俺が手球に取られているみたいになってるんですか」
何の話だったかしらね、と紅茶を飲みながら思い出そうとする先輩。
「生徒会よ、生徒会。噂の内容なんだけど、廃部になった部活の部員は全員生徒会の下働きにさせられるんだって!」
「そんな学校の七不思議みたいな言い回しされても知りませんが」
「本当よ! それを回避するために作られたのが料理部、の隣にある心霊研究部の始まりなんだってば」
「ものすごく動機が不純なんですね」
「逆に純粋な動機で心霊研究部に入った人物がどれぐらい居るのかが疑問なのよね」
「お隣さんだから聞いてみたらどうです」
「よし1年行って来い」
「パシリは校則違反じゃないんですか」
「セーフ」
「マジすか」
「今向こうは多分留守だけどね、なんでも取材だって」
「なんか事件でもあったんですか」
「学校内にケーキのスポンジ部分だけが床に落ちてたらしいわ。クリーム部分は不自然に剥げてて。それを調査しに行くんだって」
「どちらかと言うと新聞部に近いんじゃないんですか、ネタ探し的に」
「じゃあ新聞部にでも行ってみるかしら!?」
「俺は漬物部員なんで」
「そこよ! なんで漬物部なのよ!? 普通に料理部で良かったじゃない作っているのは料理なんだから!」
「何でと言われましても」
……何でだっけ?
「なし崩し的に部員が集まってしまったので、白石先輩の言う漬物部がそのまま出来てしまった感じです」
「白ネギめ……一体何を企んでいるのかしら。まさか漬物を使って学校に波乱を起こすつもりじゃあないでしょうね」
「漬物で波乱って一体何事なんですか……」
「……漬物の菌作用を使ってバイオテロとか」
「アナタの実力で充分じゃないですか、それ」
「人のことナチュラルに殺人料理マシーンみたいに言うのやめてくれない!?」
「そこまでは言ってないです。ただ単に人の味覚を麻痺させるには充分な味だと」
「全くもって褒めてもらってないことを除けばありがとう!」
どういたしまして。
それで、ともう一度聞き直す。
「生徒会の下働きって具体的に何をするんですか」
「喧嘩した生徒を仲裁したり、校則違反者をとっ捕まえて矯正したり、アホなエロ男子からエロ本を没収したり」
なるほど。
うん、いっつもやっていることじゃねえか。土筆んぼが強く出れないからいっつも3馬鹿に対してやっていることだよこれ。
「簡単なことじゃないですか、何をそんなに避ける必要が」
「あと、あと! 部活を取り潰してしまったのって責任重大じゃん!」
アワアワとしながらいう先輩。まぁ、それは、うん。
「頑張ってください」
「適当にスルーするんじゃないよ!」
鋭いツッコミ。やっぱり俺達はコンビで漫才でもしてたほうが気楽かもしれない。
「つまり下働きが嫌だから俺達の部活動に殴り込みしてきて部員を横取りしようとしてきたと」
「そ、そういえばそうなるけど……」
「生徒会の下働きの人から部員を募れば良かったんじゃないですか、その境遇を嫌がっている人達も居るはずでしょう」
やや有っての沈黙。顔を見合わせる俺達2人。
「――その手が有ったわ!」
「いや今から勝負を中断とか出来ないでしょ」
「アンタが怪我ないし重大な事故を起こせば中断になるわ!」
「良いアイデアみたいに言ってくれますけど、最近は穏健路線で行くんじゃなかったんですか」
そう言いながら、もう俺は逃走の体制を取る。
「ゴメン悪かった冗談」
「冗談が通じる相手かどうか考えてから試してください」
「アンタ頭硬いのねぇ……」
「豆腐の角で頭を打って死ねない程度には硬いです」
「今のは別に上手くないわ」
「割りと渾身のギャグだったんですが」
「漫才向いてないわアンタ」
何時からこの部活動は落語研究会になったのか。
「分からないのよね、色んな事が」
「巻き込まれている俺の方はもっと訳が分からないんですけど」
「ああ、そこについてはごめん」
「おお、謝るとは珍しい」
「……会って2日目よね私達」
「分からないっていうのは何なんです」
「この学校のことよ。生徒会のシステムにしてもそう、いろんな部活動があることについてもそう、美味しい料理が出来ないのもそう」
「最後のは完全にアナタ自身の問題だと思うんですけど」
大体学校の問題じゃねえ。
「俺よりも1年先に入ってても分からないことが多いですか」
「私は『地』クラス。主に固体や液体に対しての魔法を練習するわ。『水』や『風』についての話はそれなりに交流があったりするけど、『炎』クラスについてはテンで聞かないわ」
「……俺、『炎』クラスなんですけどね」
「アンタの学年で何かしら変更でもあったのかしら。それまではだいぶん閉鎖的なクラスだったわ。なんでも、扱う魔術が高等で、ともすれば周囲の生徒に危険が及ぶ可能性があるとかなんとか」
「危険性、ねぇ」
3馬鹿とかつくしんぼの様子を見るに、そんなに魔法の扱いに長けていたり逆に扱い難く暴走するといった生徒を見ていない。偶然俺達の学年だけそうなのだろうか。
「分からないことを分からないままにしておくのは良くないと思うの」
「……例えば?」
「例えば、料理の美味しさのコツは愛情っていうワケ分からない単語の意味」
「さァ、念仏でも唱えながらごはんを作ればいいんじゃないですか」
「ツバ飛びそうね」
同感である。
「でも、だとすれば美味しさの違いってなんでしょうね」
「……プラシーボ効果は知ってるわよね」
「気の持ちようってことですか」
「コンビニ弁当はコンビニ弁当だと思うから味気ないし、親や彼女の作る料理は手間かけて作ってもらっていると分かるから美味しいんじゃないかしら」
「なるほど」
親いないんだけど、という渾身のギャグはとっておいた。
「分かりました、じゃあ先輩は自分の料理を美味しいと思いながら自作スープを飲み干してください」
「やめて! あれは私でも失敗作って分かってたから!」
「失敗作って解ってるものを人に飲ませるとはどーいう魂胆ですか!」
「ごめんなさい! 謝るからアレ飲むのは勘弁して!」
とうとう「アレ」になってしまった。今後彼女の作ったスープは”that soup”になるのだろう。
“Hey Bob! How about my soup?” (なあボブ、私の作ったスープはどないや?)
“That soup!? Well…I cannot take it.”(あのスープやて!? ええ……スマン飲めへん)
“What!? Why!?”(はぁ!? なんでや!?)
“That can kill me.”(飲み干したら死んでまうからや!)
なお、先日のスープはレトルトカレーで味を薄めながら食べることに成功した。(俺が。)
「今更小技でどうにかなる相手じゃないってことですよね」
「……勝つ気は有るの?」
「勝手にトレード出されて、トンデモ味な物食べることになって、そんでもって先輩と白石先輩の間には因縁が有るって言うし」
「…………」
「気にはなります。普段おっとりしてて、敵なんて作らないような先輩が持つ因縁。アナタからは教えていただけないみたいなので、勝って白石先輩から直接聞き出してみせます」
「……別段、魔法か何かで言えなくなっているって訳じゃないのよ。ただ単に、あまり言いたくないっていうだけ」
「十分です、人に言えないことが無い人間なんて居ませんから。それを聞き出そうとしているのは正直な所よろしくはないんでしょうけど」
「そう、ね」
顎に手を当て、考えるようにしている先輩。
「勝負に勝って、部員の確保ができたら。アナタが知っても良いと思う」
「例えそれが野次馬根性だとしても?」
指月は野次馬根性とは違うタイプだ。彼はいろんな人から情報を手に入れ、それを有利に働かせるよう無意識的に動いているタイプの人物だと思う。今の俺とは対極に位置する。
「構わないわ、それが私達料理部にとって有利に働くなら」
「そこまでして部活に入れ込むのも不思議なんですよね」
「……1年間所属したらね。思い入れは多少なりとも感じるものよ」