未来
他国の情報が書かれた書類に目を通す。
アズガンダルより酷い国があれば、いい国もあった。
さて、国交を広げるならどの国からにしようか。
「どう思う?悪魔」
僕は執務室の椅子に座って、傍の悪魔に尋ねた。
「そりゃあ、両方とだろう」
「やっぱりそうなるよな……」
困っている国があるなら助けたいし、良い国のことは積極的に学びたい。
どちらか一方を選ぶなんて、僕にはできなかった。
どちらも助けたいし学びたい。
「僕は強欲だろうか?」
「悪魔の半身なら、強欲ぐらいでなくちゃ」
悪魔がいつものように口に弧を描く。
僕は、今日も悪魔に甘やかされている。
一国の王としてどうなんだろうか。
いや、それでも王としてきちんと執務をしているから許されたい。
そもそも、悪魔が甘言を言うから悪い。
「そういえば、この悪魔の指輪って契約内容はどうなっているんだ?」
ずっと疑問だったけれど、聞く暇がなかったことを尋ねた。
「それはな、俺とお前が離れないようにするおまじないだよ」
「おまじない」
随分と可愛らしいことを言う。
僕は目を瞬かせた。
「知ってるか?おまじないって、呪いって書くらしいぞ」
「知っているさ。だからお呪いなんだよ。俺の勇者様」
悪魔の笑みが深くなる。
怖さは、いつの間にか薄れていた。
僕は、悪魔に必要とされている。
「そっか。だから、いくら神にリセットされてもこの指輪だけは残って何度でもお前と出会えたのか」
一時期消えた時は憔悴したけれど、悪魔がまた嵌めてくれた。
大事な指輪。
「まあな」
「ふぅん」
そう言うと、僕は左手の指輪を差し出した。
悪魔は受け取らず、唇だけをそこに触れさせた。
「それがお前の選択なら──」
悪魔は、もう問いとしては口にしていなかった。
僕も左手の薬指に嵌められた指輪に唇を落とす。
「僕の選択を信じていてくれ。必ず返す」
「それでこそ、俺が信じた勇者様だぜ」
悪魔が相変わらず弧を描く。
「二人で半分なら、ちょうどいいだろう」
「何が?」
「勇者時々魔王。それから悪魔。二人で一つの存在になるのさ」
その言葉に返されたのは、悪魔の純粋な笑みだった。
僕も微笑み返す。
「悪魔、ありがとうな」
「なんだよ、急に……」
「僕が言いたかったから言ったんだ。僕の選択さ」
「なら、俺は甘言でお前を堕とそう。悪魔が執着した人間が行き着く先を見せてやるよ」
二人で笑って執務室から出て行く。
こんな狭い部屋じゃ世界は見えない。
勇者時々魔王と、その半身の悪魔。
僕達の話は、まだ始まったばかりで語り尽くすのは時間が足りないくらいだった。
「こんな選択で、良かったな」
僕は勇者で魔王で悪魔の半身で、何者でもあって何者でもない。
そんな選択が、僕の最良だと信じている。
朝の光は、あの神殿で見た光と同じはずなのに、今は少しも怖くなかった。
名前を呼ばれたのはいつ頃までだろう。
そう考えて、どうでもいいかと思い直し、隣の悪魔に微笑み掛ける。
世界には、アズガンダルより酷い国があるとか。
それを助けなければ神はまたリセットしに来るだろう。
世界が何度巻き戻ろうと、この選択は、僕のものだ。
指輪は焼けつくように熱い。
それでも、手を離さない。
「神に裁かれるなら――」
一瞬だけ、隣の悪魔と目が合う。
「何度でも、同じ選択をする」
悪魔が笑った。




