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第1話「天雷」


天雷が、落ちてきた。


皆既月食の、雲を、貫いて。


五万本のペンライトが、束ねた光の場を、貫いて。


競技場の、屋根を、貫いて。


浮動台の、金属の骨組みを、貫いて。


すべてのプログラムと、数値を、いっぺんに、無効にする力で。


六角陣の、中心へ、まっすぐ、突き刺さった。


六つの、異なる色の、電光が、同時に、弾けた――


玄墨げんぼくの、上に。


瑛子えいこの、上に。


蒼鷹あおたかの、上に。


ブルースの、上に。


智也ともやの、上に。


曜吾郎ようごろうの、上に。


蒼鷹。


「痛ェ痛ェ痛ェ!まだ誰か、電流器、押してんのか?!」


ブルース。


「うわああ――これ、もう微震じゃ、ないだろ――!」


智也。


「この感じ、聞いてたのと、全然ちがう――でも、平気――うわあ――!」


「平気」の、その二文字。


やけに、苦しそうだった。


曜吾郎は、言葉を、まるごと、あきらめた。


悲鳴とも、雄叫びとも、つかない声を、あげる。


手は、まだ、両どなりの二人を、しっかり、つかんだまま。


放さない。


玄墨の、口は、まだ、動いていた。


「山田さん――プログラムが――停電――これは、事前の話の、どれにも――」


そして。


電流が、残りの言葉を、ぜんぶ、呑みこんだ。


その声が、かき消える、瞬間。


五人は、聞いた。


玄墨らしく、なかった。


あの男の、そんな声を、聞いたのは、はじめてだった。


智也が、一秒、固まった。


それから、笑った。


電気に、打たれながら。


その笑いは、それでも、漏れてきた。


ブルースの、笑いも、つられて、弾けた。


悲鳴と、まざって。


電光が、いちばん明るい、その一秒。


舞台の上で、いちばん、混乱して。


いちばん、本物の、一秒だった。


瑛子だけが、ひと言も、発しなかった。


横へ、一度、傾く。


電光の、最も明るい、瞬間。


目を、閉じた。


あの角度を、さがす。


そして、ひとつ、確かめた。


今夜の、光。


ようやく、合った。


六つの、異なる色の光が、六人から、同時に、炸裂する。


競技場ごと、呑みこむほどの、明るさで。


次の、瞬間。


浮動台の、中央の、空気が――裂けた。


六人。


消えた。


  *


三十分前。


HEXA、第六十二回ツアー、最終公演。


舞台裏。幕間の映像が、終わるのを、待っている。


表のフロアは、通路ぜんぶが、震えていた。


地震じゃ、ない。


外の、五万人の、歓声が、競技場の鉄骨を、伝って、一層ずつ、染みこんでくる。


低音のドラムのテストが、壁ぎわのミネラルウォーターを、かすかに、ふるわせる。


スタッフが、足早に、行き来する。


イヤホンのカウントダウン。機材カートの、車輪の音。遠くの客席の、そろった手拍子――ぜんぶが、まざりあう。


ディレクターが、中央卓で、マイクに、指示を、飛ばしている。


だが、六人は、めいめい、自分のことを、している。


――いや。


その場にいるのは、五人。


もう一人は、まだ、いない。


曜吾郎は、隅に、いた。


うつむいて、手まわりの、小さな包みを、整えている。


自分のものを、確かめ終えると。


そばに、ばらけた、イヤホンのコードを、一本ずつ、巻いていく。


瑛子が、いつのまにか、椅子に、放った上着。


それを、たたんで、もとの場所に、戻す。


ブルースの、リストバンドが、床に、落ちていた。


かがんで、ひろう。


ほこりを、はらって。


ブルースが、あとで、必ず、手を伸ばす場所に、置く。


それを、やり終えてから。


ようやく、手をあげて、ステップを、いくつか、試した。


口の中で、声に出さず、歌詞を、なぞる。


舞台裏は、ひどく、散らかっている。


でも、曜吾郎は、いつも、無意識に。


みんなの、いる場所を。


帰ってこられる、かたちに、整えてしまう。


玄墨は、かたわらで、進行表を、見ていた。


公演の前は、いつも、全段落を、頭の中で、一度、たどる。


二段目まで、来たところで、ひとつ、手を止め、一頁、前に、めくり戻した。


智也は、もう、支度を、終えて、座っている。


足で、床に、拍子を、刻む。


刻みながら、また、立ち上がり、舞台裏を、ひとまわり。


さっき取った、ピザを、ひと口、かじって、また、座る。


六十二公演めでも、やっぱり、じっとして、いられない。


瑛子は、鏡の前に、立っている。


自分を、見ているんじゃ、ない――扉のすきまから、差しこむ、照明の、角度を、見ている。


指が、無意識に、上がって、宙で、ひとつ、四角を、切り、また、下りた。


それから、玄墨を、ちらと、見た。


玄墨が、顔を、あげる。


二人は、何も、言わず、ただ、わきへ、寄って、あとで使う、二人ぶんの振りを、ひととおり、合わせた。


動きを、収めると、瑛子が、ひとつ、うなずいた。


玄墨も、また、うつむき、進行表に、目を、戻す。


蒼鷹は、壁に、もたれて、低く、声を、ならしていた。


その目が、ごく自然に、舞台裏を、ひとわたり、なでる。


一。二。三。四。五。


ひとり、足りない。



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