[Process2/5:ごはんと魔物とディフェンダー]Flow3/5
アークハウスの通せんぼ地点から離れてなお、エニアはぶつくさ言っていた。
「うう……あの男の人、ちらちら私の胸の方見ていました……せくはらです……せくはらです……」
ああ、そういうこともあったのか。エニアは自分の胸を押さえてわなないている。ヒスイは袋に入ったまま、ポンとエニアの肩に手を置く。
「えにあも、袋に入る……?」
「いえ、それはちょっと……」
俺にはアークハウスの男の気持ちは分からないでもない。エニアさんってば、小柄で細身な割に――
「はッ!? リガルさんから、せくはらの波動を感じます!」
「き、気のせい気のせい」
危ない。エニアの謎感知に引っかかってしまった。俺は口をつぐみ、引き続き台車を転がす。
「しかしヒスイ。お前、なんだかおとなしいな」
「ん……袋の中も案外悪くないと思えてきた……なんか落ち着く……」
「そうか、じゃあ残念だったな」
「……何が?」
小首をかしげるヒスイ。俺はそれに答えず、代わりにエニアに尋ねた。
「エニア、この辺りでいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。魔物の反応があります。ではヒスイさん、お願いしますね」
そう言ってエニアはヒスイを包んでいた袋の紐を緩める。そして現れる、体育座りで呆然としているヒスイ。その顔はだんだんと青ざめていき……、
「嫌あーーーーーー!! 魔物、怖いのーーーーーー!!」
再び袋にくるまって震え始めた。
「やはり、こうなってしまいましたね……」
困った様子で言うエニア。俺も、魔物のところに行くまでにヒスイが覚悟を固めてくれるかと少しは期待していたが、そううまくはいかなかったな。
「仕方ありません。この手は使いたくありませんでしたが……」
「ん、何か考えがあるのか?」
「はい、一応。……ヒスイさん、お昼のお弁当の中身がなんだか知ってますか?」
エニアは突然食い物の話を始めた。ヒスイとは昨日あったばかりだが、食い意地が張っていることはすでに分かっている。ヒスイは袋から頭をのぞかせた。
「お昼ごはん……知らない……なあに?」
「今日のお昼は……『サンライズポーク』のカツサンドです」
「え、マジで? そんないい肉手に入ったのか?」
思わず俺が口を出してしまった。
『サンライズポーク』ってのは、シデロの街から遠く離れた村の特産品の豚肉だ。これといった名物がなく、困窮していた村人が必死に品種改良を重ねた結果生まれた奇跡の豚肉。その旨味は頭蓋を突き抜けるような衝撃をもたらし、染み出る脂はとろけるように甘いという。シデロの街では超高級品だ。
貧困を抜け出た村の太陽のような存在になったため、『サンライズ』と名付けられたらしい。
「はい。師匠のつてで手に入っちゃいました。ヒスイさんがお仕事を頑張ってくれたら、ご褒美をあげようと思ってとっておきの美味しいお昼ごはんを作ったのですが……この状態ではとてもあげる気になれません」
残念だ、という感じでエニアは首を振る。それを目の当たりにしたヒスイは愕然としていた。
「そ、そんな……」
「カツサンドは私とリガルさんで食べてしまいましょう。ヒスイさんはボソボソして美味しくない黒パンで我慢してください」
「……美味しくない、黒パン……」
ヒスイは自分だけ美味しいごはんが食べられなくなり、大げさなほどショックを受けている。仕事のためとはいえ、これはエニアにとっても非情な決断なのだろう……いや、そうでもないな。エニアの奴、うっすら笑っていやがる。
「ああ、残念です。ヒスイさんがディフェンダーをこなしてくれたら、美味しいカツサンドをあげるのに……ああ、それなのに!」
わざとらしく嘆いてみるエニア。これは、あれだな。エニアの奴、この小芝居が楽しくなってきたみたいだな。
端から見ればアホっぽいやりとりだが、当のヒスイにとってはそうでもないらしい。
「カツサンド、食べたい……魔物、怖い……でも、美味しいカツサンド……」
目をぐるんぐるんさせて葛藤している。しかし、ぶつぶつ言う内容を聞いていると、どうやらカツサンドが優勢とみえる。そしてエニアは意地悪そうな笑顔でとどめを刺す。
「カツサンド、美味しいですよ~。衣サクサク、お肉は柔らか、その中から肉汁と甘い脂がジュワーってあふれますよ。甘辛ソースも相性抜群。パンもふわふわもっちり。収納錬成具に保存してあるのでアツアツのが食べられますよ~」
「うう~! カツサンド、食べたい! お仕事、頑張る!」
ヤケクソ気味に立ち上がるヒスイ。どうやら食欲は恐怖に勝ったようだ。
ようやく評価の準備が整った。まだヒスイのディフェンダーとしての能力は未知数だが、俺が離れないようにしていればエニアまで魔物に襲われることは無いだろうと思う。
あとは、俺自身の問題だ。今までのやりとりがあったおかげで、精神的にはリラックスできた。
そして、今回の貫通力評価の対象、このスピア。さすがエニア製だけあって強度があり、軽い。穂先は長めにとられており、刺突だけではなく斬撃にも対応可能になっている。柄の中程に十字の持ち手が追加されていて、使い方のバリエーションが広いのもポイントだ。
試しに太い木の枝を突いてみると、まるで厚紙を貫いたかのようにすっと刃が通り、見事に斬り落としてしまった。
長剣の耐久力評価をしたときのことを思い出す。あのときも、エニアの武器は俺の予想以上の性能を見せつけてくれた。このスピアも信頼できるとみていいだろう。
それに万が一破損したとしても、やはりエニアを連れて逃げ出せばいいだけの話だ。むしろディフェンダーがいる分、今回の方が安心できる。大丈夫。いける。
「リガルさん、準備はいいですか?」
「ああ、いいぞ。もう最初の魔物は捕捉できてるか?」
「はい、バッチリです。慎重に行きましょう。ヒスイさんも、頼りにしていますよ」
「うう……怖い……でも、カツサンドのために頑張る……」
そして俺たちは慎重に林の中へ進み、最初の標的を発見する。カブトムシを全長1メートルくらいに巨大化させ、まるで剣のような角を持った姿をした魔物、『ブレイドビートル』。
今回はこいつらの硬い外骨格を安定して貫けるかどうかを評価する。全部で10体分ほどサンプリングできればいいらしい。
「いましたね、ブレイドビートル。いい感じに1体だけです。まずはあれからお願いします、リガルさん」
エニアはいまだへっぴり腰のヒスイの後ろから指示を出す。
「分かった。おいヒスイ、ちゃんとエニアを守っておけよ?」
「だ、大丈夫……わたしはやればできるオンナ……」
……涙目で言われてもなあ。まあ、あまり離れなければ大丈夫か。
俺は気を取り直し、相手との距離を詰める。しかし、音の消し方が甘かったのか、相手に気づかれてしまった。どうにも2年のブランクで、細かい体の制御感覚が鈍ってしまったらしい。
奴は木から飛び立ち、そのまま角を振りかざして俺の方に突っ込んできた。ただ、エニア達の方に行かないのであれば返って好都合だ。俺は穂先で相手の角を捌きつつ、カウンターの要領でスピアを突き出す。頭部の甲殻を貫く確かな手応え。一撃でブレイドビートルを仕留めることに成功する。
どんな仕組みになっているのかは分からないが、相手から引き抜くときもスピアには大した抵抗はなく、すんなりと抜ける。
「エニア、とりあえず1体目終わったぞ」
「はい、ありがとうございます。使ってみた感触はどうでしたか?」
「使いやすい。威力も申し分ない。奴の殻を真正面から貫いてもまるで損傷していないしな。いい出来だ」
この分なら、以降の評価も問題なく終わるだろう。エニアのスピアの性能を実感した俺は安堵した。
「よかったです。では、続きをお願いします」
「うむ……この調子で励みたまえ、りがる」
「……魔物がお前を襲うように誘導したろか」
「そ、それは困る……」
ま、実際そんなことはしないけどな。エニアが襲われても困るし。ともかく、そんな小粋でいなせなリガルさんジョークをはさみつつ、俺たちは評価を続けた。長剣の時と同じようにエニアによる索敵と俺による討伐を繰り返した感じだ。
その後、ちょうど5体目を討伐した辺りで周囲に魔物の反応がなくなったので、開けた場所でお昼の弁当を食べることになった。
俺はそれまでに魔物を討ち漏らしたことはない。つまり、ヒスイはただ突っ立っていただけでカツサンドを食べる権利を得たのだ。いや、別にエニアに被害が無ければそれでいいんだけどな。ただ、いかにも「自分、仕事しました!」みたいな顔でいるヒスイがちょっとムカつくだけで。
「それでは、お待たせしました! 本日のお弁当、『サンライズポークのカツサンド』ですー!」
広げたピクニックシートの上にカツサンドのボックスと水筒を取り出すエニア。
「わー! ぱちぱちぱち!」
ヒスイのテンションが高い。目が爛々と輝き、ピンと立った尻尾の先が少し振るえている。
でもお前、朝ご飯もサンドイッチじゃなかったっけ?
まあいいか。俺もひとつカツサンドを取る。おお、収納錬成具に入っていたおかげでまだ温かい。
そうして全員にカツサンドが行き渡り、
「それでは、いただきまーす」
「「いただきまーす」」
一口かじる。ふっくらしたパンとサクサクの衣の中から豚肉の旨味と甘みがなだれ込んでくる。しかし不思議とさっぱりしていてしつこくない。これは……。
「サンライズだな……」
「うん、さんらいず……」
「美味しいですね! うまく料理できてよかったです!」
ひととき、俺たちはカツサンドに舌鼓を打った。
◇◆◇◆◇
カツサンドも食べ終え、俺たちは食後のお茶を飲みながらまったりとくつろいでいた。そんな中、エニアが言い出した。
「しかし、『ブレイドビートル』ってかっこいい名前ですよね……そうです! いいことを思いつきました!」
きらーん! と輝くエニアの目。あ、この感じ、前にもあった。
「このスピアの名前も【天衝迅雷槍:セイクリッド・ブレイドスピア・シグマ】にしましょう! かっこいいです!」
ほら来た。エニアの『きらーん!』はよくない『きらーん!』だ。そんな名前つけたら売れるもんも売れんわ。
「えにあ……正直、とてもダサい……」
ヒスイもエニアの発言に引いている。絶品カツサンドの余韻がぶち壊しだ。
それにしてもヒスイはこちら側でよかった。これでヒスイもエニアに賛同したら、止めるのが一苦労だったぞ。
だが、それでもエニアは引き下がらない。
「だ、ダサくないです! ヒスイさんもリガルさんと同じで大人のセンスがないだけです!」
「え……りがると同じなの……それは嫌かも……」
「失礼な。『常識』の骨格を持ち、『良識』の血液を流す俺と同じであることをなぜ喜ばないのだ」
その時だった。俺たちのアホな会話を破るように緊迫感が割り込む。
俺とエニアの【観測機】が、魔物が暴れている気配を感知したのだ。