[Process2/5:ごはんと魔物とディフェンダー]Flow2/5
翌日、俺の足は重かった。せっかく気分が晴れてきていたのに、元に戻りかけている。工房に入ると、その原因はタマゴサンドを食べていた。
「もっきゅもっきゅ……えにあ、料理上手……」
「えへへ……お粗末様です」
ヒスイのやつ、エニアに朝食までごちそうになってやがる。図々しいな、おい。
「おはよーさん」
「あ、おはようございます。リガルさん」
「もっきゅもっきゅ……ぷいっ」
そっぽ向くヒスイ。
「挨拶されたら返せキサマ」
「りがるは、いじめっ子だから嫌い……」
「原因はお前にある」
「ぷいっ」
ヒスイは俺の言葉には耳も貸さず、続きをほおばる。
理不尽な。なぜ昨日も今日も、まっとうな意見を言っただけの俺が若干非難される感じになっているのか。
「まあまあ、リガルさんもサンドイッチ食べますか?」
「ん、ひとつもらう」
しかたない。エニアに免じて許してやろう。
◇◆◇◆◇
さて、サンドイッチを食べ終えて、俺は紅茶をすすっていた。ヒスイも何個食べたのかは知らんが、満足そうな顔をして背もたれに身を預け、ぐでーっとしていた。
そこへ食器を片付けたエニアが書類を持って戻ってくる。
「それでは、今日のお仕事の説明を始めます。いいですか?」
「ああ、いいぞ。不安はあるけどな」
「問題ない……わたしがいれば、万事おっけー」
偉そうに胸を張るヒスイ。こいつなんで態度でかいんだ。
「いや、俺の不安要素はお前だ、ヒスイ」
「大丈夫……りがるは本気を出したわたしの恐ろしさを知らない」
「それが真であるならば、今お前はここにはいないはずだ」
俺達のやりとりに、エニアはすこし困ったような笑みを浮かべた。
「まあまあ、慎重にやればうまくいきますよ」
「だといいけどな。俺は戦うにしても、前回と同じく安全第一でしか動かないからな?」
「はい、もちろんです」
これからの仕事に際して、方針を擦り合わせる俺とエニア。
だが、その話を聞いていたヒスイはなぜだか、きょとんとした顔をした。
「……戦う、ってどういうこと……?」
「ん? お前仕事の内容分かってて来たんじゃないのか? 貼り紙読んだんだろ?」
「……お腹空いてて、よく覚えてない……」
お前、内容知らずに大口叩いてたのかよ。呆れた。
「ヒスイさん、私たちのお仕事はですね……」
そして始まるエニアの説明。武器の信頼性を確保するために、実際に魔物を討伐して評価を行うのだ、という話。それを聞いていたヒスイは、だんだんと冷や汗を垂らしていきやがった。
「……魔物……戦うの……?」
「は、はい。といっても、討伐は基本リガルさんに担当してもらうので、ヒスイさんには私の護衛を……」
「……い……」
「い?」
「嫌あーーーーーー!! 怖いーーーーーー!!」
ヒスイのやつは部屋の隅に逃げ、大楯を被りガクブル震えだした。
あー、これが原因で追放されたのか、こいつ。
「ヒ、ヒスイさん、あの……」
「嫌あーーーーーー!! 魔物、怖いのーーーーーー!!」
「だ、大丈夫ですよ~、怖くありませんよ~。怖い魔物は、全部リガルさんがやっつけてくれますからね~」
面くらいながらも、いやいや言うヒスイを宥めるエニア。
ディフェンダーが護衛対象に安全を保障されている。なんだこの構図。
今の俺が人のこと言えた立場じゃないが、コレでディフェンダーって無理がないか?
「おいヒスイ。お前よくそんなんで冒険者やってこられたな……」
「だ、だって……今までは、採集がメインだったから、あんまり魔物とは戦わなかったの……なのに、リーダーが、儲かるから魔物の討伐もしようって言いだして……わたし、嫌だって言ったら、お前なんかいらないって……」
あっさり見捨てるリーダーもリーダーだが、確かに戦闘に消極的なディフェンダーも困る。途中で逃げ出されたりされたら、パーティ全滅もありうるからな。
「で、どうすんの? この仕事辞める?」
「うう……それは、とっても困る……ごはん、食べられなくなる……」
「そうですよリガルさん。せっかく来てくれたんですから、ここは何とかヒスイさんにディフェンダーをしてもらう方向で……」
まあ、エニアは評価に必要なディフェンダーは手放したくないわな。
「ヒスイさん、うちでお仕事すれば、毎日好きなメニューをつくってあげますよ~。だから、少し頑張ってみませんか?」
「ごはん、食べたい……でも、魔物、怖い……」
懸命にヒスイを説得するエニアと、食欲と恐怖の合間で葛藤するヒスイ。
しかし、あれだな。自分よりダメな奴が出てくると、なんか自分はしっかりしないといけない、みたいな気がしてくるな。今日の戦闘が少し不安だったが、怖がりまくってるヒスイを見ていると、逆に冷静になってきた。
さて、どうするか。
「なあエニア。でっかい袋とかないか?」
「え、大きい袋ですか? それなら、材料保管用の余りが倉庫にあるはずですが……」
「ひとつ借りるわ」
俺は隣の倉庫に向かい、エニアの言う袋を見繕った。なるべく大きくて丈夫なものがいい。
……人を入れるからな。
そして控室へ戻ってくる。
「エニア、袋の端持って広げててくれ」
「は、はい」
俺の言うとおりに、エニアは袋を広げる。そこに向かって……、
「ぽいっと」
俺はヒスイを持ち上げて放り込んだ。すかさず袋の口を縛る。
「きゃあーーーー!! 何ーー!?」
「リ、リガルさん、何をしているんですか!?」
「荒療治。このまま仕事に連れていく」
そう。俺が馬車を襲った魔物を倒した時のように、戦わざるを得ない状況にもっていけばヒスイも動いてくれるだろう。
しかし、当然ヒスイは暴れる。
「やーめーてーー!!」
「リガルさん! 流石にこれはひどいですよ!」
「む、そうか」
仕方ない、俺は袋の口を少し緩めた。すると、そこからすぽん! と顔を出すヒスイ。
「鬼ーー! 悪魔ーー! F級ーー!」
と、毛を逆立ててギャーギャーわめく。
「何とでも言え。どのみちお前も食い扶持が欲しいんだろ? 腹くくれ。それに、いざとなったら意外と何とかなるかもしれないぞ?」
「それでも、こんな急には無理ーー! えにあ、助けて……」
エニアを見つめるヒスイ。その様子は道ばたに捨てられた子猫そのものである。
ヒスイはエニアなら自分の味方をしてくれると思ったみたいだが・・・・・・、
「……ごめんなさい、ヒスイさん。お店のラインナップのため、魔物と戦うことに慣れてください……」
残念、エニアは申し訳なさそうに顔を伏せ、ヒスイから目を逸らした。
「えにあ、裏切り者ーーー!!」
こうして、俺たちはわあわあ騒ぐヒスイを台車に放り込み、評価場所である街近くの森へ向かった。
……途中で騎士団に事情聴取されたけどな。
◇◆◇◆◇
目的の森についたのはいいのだが、ここで問題がひとつ発生した。今も台車の上でわめいているヒスイのことではない。いや、そっちも十分問題なんだけど。
俺が言っているのは、『森を誰かが封鎖している』ということだ。木々の間に縄を張り、見張りを立てて通せんぼしているように見える。
……あー、訂正する。『誰か』とは言ったけど、見覚えがある格好をしている。赤いローブの学者風の男達……あれはアークハウスの過激派の連中だ。少し離れて話を聞いている限りでは、
「おい、実行部隊はどうなっている?」
「計画通りに動いているとの報告を受けた。順調な用だ」
「了解した。では引き続きここの封鎖を頼んだぞ」
「任せておけ」
……だってさ。こんなところで何をしているのか。どうせロクでもないことだろうけどな。
ヒスイを宥めていたエニアも、不審そうな様子で奴らを見ている。
「う~ん……あの人達、何をしているんでしょうか? 森の中に入れないと、少し困るんですけど……」
「別の場所に行った方がいいと思うぞ? あいつら何してくるか分からないからな」
「でも、ここで評価を行うのが一番効率がいいですし……ちょっと話を聞いてみましょう」
「その前に、いいかげん袋から出してーーー!」
森を封鎖している男達の方へ歩いて行くエニア。俺も台車を押して後に続く。ヒスイの叫びは無視だ無視。
近づくと、男達はなんとも怪しい者を見る目で、ギロリとこちらを睨んでくる。怪しいのはそちらだろう、と思うのだが、こちらも依然袋の中で騒ぎ立てるヒスイがいる状況なのだからどっちもどっちか。
そしてエニアは男達のひとりに話しかける。
「あの~、すみません」
「あァ? 何だお前」
男の態度は極めて素っ気ない。
「私たちは『ヒューレ錬金術工房』の者です。この森に用があるんですけど、通していただけませんか?」
「駄目だ。今この森は我々アークハウスが活動中だ。中へ入ることは許可できない」
「むっ、ここはあなた方が所有する土地ではないですよね? 何で入るのに許可がいるんですか」
エニアは男の高圧的な言い方に少しカチンと来たようだ。すこし口調がとげとげしくなっている。
対する相手はエニアの態度を気にも留めていないのだろう、変わらず偉そうに答えた。
「我々の崇高な目的を達成するためだ。何人も邪魔をすることは許されない。そういうお前達こそ何をしに来た?」
ふむ。こちらの目的か。魔物を討伐しにきたんだが、それをアークハウスの奴らにはっきり言うとややこしくなるだろうから、ここは慎重に……。
「私たちは、武器の評価のために魔物を討伐しに来ました」
正直に言っちゃうエニア。
別に悪いことはしていない、という気でいるんだろうが、こいつらに対してはよくない発言だ。現に男の顔にはみるみるうちに怒りの表情が広がった。
「何だお前達、動物を虐待しようというのか!?」
アークハウスは魔物のことを、保護すべき動物だとか言ってるからなー。あ~あ。
「違います! 動物じゃなくて魔物です!」
「そっちこそ間違っている! 魔物ではなく、愛すべき動物だ!」
やっぱり水掛け論に発展してしまった。空気を読んでか今まで黙っていたヒスイも不安げだ。
「りがる、これどうするの?」
「そうだな……とりあえずエニアを止めるか」
俺は絶賛口論中のエニアに話しかける。
「エニア、エニア、やっぱりここは止めて、別のところに行こうぜ」
「でも、納得いきません! 間違っているのはアークハウスの人たちの方です!」
「何だと!? まだ言うか、虐待者が!」
「誰が虐待者ですか、誰が!」
すっかりヒートアップしてしまったエニアとアークハウスの男。
仕方ない、エニアを無理矢理にでも連れて行こう。俺はエニアをひょいっと持ち上げた。
「ひゃっ!? な、何をするんですか、リガルさん!?」
そして俺はエニアを台車の上、ヒスイの隣に下ろし、
「じゃ、俺らはこれで。失礼しました~」
そのまま台車を押して男から遠ざかった。
「おい、お前達! 動物を虐待するんじゃないぞ!」
男はまだ叫んでいる。エニアの方も、
「リガルさん! 下ろしてください! あの人と白黒つけてやるのです!」
とかいって人の話を聞きゃあしない。俺はすたこら台車を押して走った。