第11話:Process2[ごはんと魔物とディフェンダー]Flow3
ヒスイ入りの台車を転がし、目的の森についたのはいいのだが、ここで問題がひとつ発生した。
今も台車の上でわめいているヒスイのことではない。いや、そっちも十分問題なんだけど。
俺が言っているのは、『森を誰かが封鎖している』ということだ。木々の間に縄を張り、見張りを立てて通せんぼしているように見える。
……あー、訂正する。
『誰か』とは言ったけど、見覚えがある格好をしている。赤いローブの学者風の男達……あれはアークハウスの過激派の連中だ。少し離れて話を聞いている限りでは、
「おい、実行部隊はどうなっている?」
「計画通りに動いているとの報告を受けた。順調な用だ」
「了解した。では引き続きここの封鎖を頼んだぞ」
「任せておけ」
……だってさ。こんなところで何をしているのか。どうせロクでもないことだろうけどな。
ヒスイを宥めていたエニアも、不審そうな様子で奴らを見ている。
「う~ん……あの人達、何をしているんでしょうか? 森の中に入れないと、少し困るんですけど……」
「別の場所に行った方がいいと思うぞ? あいつら何してくるか分からないからな」
「でも、ここで評価を行うのが一番効率がいいですし……ちょっと話を聞いてみましょう」
「その前に、いいかげん袋から出してー!」
森を封鎖している男達の方へ歩いて行くエニア。俺も台車を押して後に続く。
ヒスイの叫びは無視だ無視。
近づくと、男達はなんとも怪しい者を見る目で、ギロリとこちらを睨んでくる。怪しいのはそちらだろう、と思うのだが、こちらも依然袋の中で騒ぎ立てるヒスイがいる状況なのだからどっちもどっちか。
そしてエニアは男達のひとりに話しかける。
「あの~、すみません」
「あァ? 何だお前」
男の態度は極めて素っ気ない。
「私たちは『ヒューレ錬金術工房』の者です。この森に用があるんですけど、通していただけませんか?」
「駄目だ。今この森は我々アークハウスが活動中だ。中へ入ることは許可できない」
「むっ、ここはあなた方が所有する土地ではないですよね? 何で入るのに許可がいるんですか」
エニアは男の高圧的な言い方に少しカチンと来たようだ。すこし口調がとげとげしくなっている。
対する相手はエニアの態度を気にも留めていないのだろう、変わらず偉そうに答えた。
「我々の崇高な目的を達成するためだ。何人も邪魔をすることは許されない。そういうお前達こそ何をしに来た?」
ふむ。こちらの目的か。魔物を討伐しにきたんだが、それをアークハウスの奴らにはっきり言うとややこしくなるだろうから、ここは慎重に……。
「私たちは、武器の評価のために魔物を討伐しに来ました」
正直に言っちゃうエニア。
別に悪いことはしていない、という気でいるんだろうが、こいつらに対してはよくない発言だ。現に男の顔にはみるみるうちに怒りの表情が広がった。
「何だお前達、動物を虐待しようというのか!?」
アークハウスは魔物のことを、保護すべき動物だとか言ってるからなー。あ~あ。
「違います! 動物じゃなくて魔物です!」
「そっちこそ間違っている! 魔物ではなく、愛すべき動物だ!」
やっぱり水掛け論に発展してしまった。空気を読んでか今まで黙っていたヒスイも不安げだ。
「りがる、これどうするの?」
「そうだな……とりあえずエニアを止めるか」
俺は絶賛口論中のエニアに話しかける。
「エニア、エニア、やっぱりここは止めて、別のところに行こうぜ」
「でも、納得いきません! 間違っているのはアークハウスの人たちの方です!」
「何だと!? まだ言うか、虐待者が!」
「誰が虐待者ですか、誰が!」
すっかりヒートアップしてしまったエニアとアークハウスの男。
仕方ない、エニアを無理矢理にでも連れて行こう。俺はエニアをひょいっと持ち上げた。
「ひゃっ!? な、何をするんですか、リガルさん!?」
そして俺はエニアを台車の上、ヒスイの隣に下ろし、
「じゃ、俺らはこれで。失礼しました~」
そのまま台車を押して男から遠ざかった。
「おい、お前達! 動物を虐待するんじゃないぞ!」
男はまだ叫んでいる。エニアの方も、
「リガルさん! 下ろしてください! あの人と白黒つけてやるのです!」
とかいって人の話を聞きゃあしない。俺はすたこら台車を押して走った。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
アークハウスの通せんぼ地点から離れてなお、エニアはぶつくさ言っていた。
「うう……あの男の人、ちらちら私の胸の方見ていました……せくはらです……せくはらです……」
ああ、そういうこともあったのか。エニアは自分の胸を押さえてわなないている。ヒスイは袋に入ったまま、ポンとエニアの肩に手を置く。
「えにあも、袋に入る……?」
「いえ、それはちょっと……」
俺にはアークハウスの男の気持ちは分からないでもない。エニアさんってば、小柄で細身な割に――
「はッ!? リガルさんから、せくはらの波動を感じます!」
「き、気のせい気のせい」
危ない。エニアの謎感知に引っかかってしまった。俺は口をつぐみ、引き続き台車を転がす。
「しかしヒスイ。お前、なんだかおとなしいな」
「ん……袋の中も案外悪くないと思えてきた……なんか落ち着く……」
「そうか、じゃあ残念だったな」
「……何が?」
小首をかしげるヒスイ。俺はそれに答えず、代わりにエニアに尋ねた。
「エニア、この辺りでいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。魔物の反応があります。ではヒスイさん、お願いしますね」
そう言ってエニアはヒスイを包んでいた袋の紐を緩める。そして現れる、体育座りで呆然としているヒスイ。その顔はだんだんと青ざめていき……、
「嫌あーーーーーー!! 魔物、怖いのーーーーーー!!」
再び袋にくるまって震え始めた。
「やはり、こうなってしまいましたね……」
困った様子で言うエニア。俺も、魔物のところに行くまでにヒスイが覚悟を固めてくれるかと少しは期待していたが、そううまくはいかなかったな。
「仕方ありません。この手は使いたくありませんでしたが……」
「ん、何か考えがあるのか?」
「はい、一応。……ヒスイさん、お昼のお弁当の中身がなんだか知ってますか?」
エニアは突然食い物の話を始めた。ヒスイとは昨日あったばかりだが、食い意地が張っていることはすでに分かっている。ヒスイは袋から頭をのぞかせた。
「お昼ごはん……知らない……なあに?」
「今日のお昼は……『サンライズポーク』のカツサンドです」
「え、マジで? そんないい肉手に入ったのか?」
思わず俺が口を出してしまった。
『サンライズポーク』ってのは、シデロの街から遠く離れた村の特産品の豚肉だ。
これといった名物がなく、困窮していた村人が必死に品種改良を重ねた結果生まれた奇跡の豚肉。その旨味は頭蓋を突き抜けるような衝撃をもたらし、染み出る脂はとろけるように甘いという。
シデロの街では超高級品だ。貧困を抜け出た村の太陽のような存在になったため、『サンライズ』と名付けられたらしい。
「はい。師匠のつてで手に入っちゃいました。ヒスイさんがお仕事を頑張ってくれたら、ご褒美をあげようと思ってとっておきの美味しいお昼ごはんを作ったのですが……この状態ではとてもあげる気になれません」
残念だ、という感じでエニアは首を振る。それを目の当たりにしたヒスイは愕然としていた。
「そ、そんな……」
「カツサンドは私とリガルさんで食べてしまいましょう。ヒスイさんはボソボソして美味しくない黒パンで我慢してください」
「がーん!!……美味しくない、黒パン……」
ヒスイは自分だけ美味しいごはんが食べられなくなり、大げさなほどショックを受けている。「がーん!!」って言ったぞ「がーん!!」って。
仕事のためとはいえ、これはエニアにとっても非情な決断なのだろう……いや、そうでもないな。エニアの奴、うっすら笑っていやがる。
「ああ、残念です。ヒスイさんがディフェンダーをこなしてくれたら、美味しいカツサンドをあげるのに……ああ、それなのに!」
わざとらしく嘆いてみるエニア。これは、あれだな。エニアの奴、この小芝居が楽しくなってきたみたいだな。
端から見ればアホっぽいやりとりだが、当のヒスイにとってはそうでもないらしい。
「カツサンド、食べたい……魔物、怖い……でも、美味しいカツサンド……」
目をぐるんぐるんさせて葛藤している。
しかし、ぶつぶつ言う内容を聞いていると、どうやらカツサンドが優勢とみえる。
そしてエニアは意地悪そうな笑顔でヒスイに耳打ちし、とどめを刺す。
「カツサンド、美味しいですよ~。衣サクサク、お肉は柔らか、その中から肉汁と甘い脂がジュワーってあふれますよ。甘辛ソースも相性抜群。パンもふわふわもっちり。収納錬成具に保存してあるのでアツアツのが食べられますよ~」
「……ッ! うう~、カツサンド、食べたい! お仕事、頑張る!」
ヤケクソ気味に立ち上がるヒスイ。どうやら食欲は恐怖に勝ったようだ。
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