[Process3/5:結成]Flow1/4
久しぶりのパーティメンバーとの再会。
ただ、それよりも先にやることがある。
見ると、クレイドに頭を抱えられたその女は目を回しているだけのようだ。とりあえず命の危機とかではないっぽい。
また、髪から除く女の耳はやや長くてとがっている。エルフなのか? いや、一般的なエルフほどは長くないな。
「リガルさん、ひとまずこの方をうちに運びましょう。そうすれば薬もありますから」
おっと、いらんことを考えている場合じゃないな。
「そうだな、クレイド、魔術で持ち上げられるか? ゆっくりでいい」
「ああ、任せてくれ。どこに運べばいい?」
クレイドは以前俺と同じパーティでアタッカーを務めていた、ひとつ年上の魔法剣士だ。遠距離魔術こそ使えないが、近距離の魔力操作はお手の物だ。手で行うより優しく運べるだろう。
ちなみに、俺は身体能力操作の魔術しか使えない。しかも、2年のブランクの間に制御できなくなっちまった。え、役立たず? うるせえ黙れ。
まあとにかく、クレイドの助けも借りて、倒れていた魔術師女を店の寝泊まり用ベッドに寝かせてやる。女が握っていた杖と何かのチラシも回収しておいた。
魔術師女に見たところ怪我もない。顔色も悪くなく、なにかの病気を持ってそうにも見えない。というより、今はむしろ幸せそうな顔で眠っている。
しかし、用心するに越したことはない。ちょうど、エニアの師匠・ヒューレ店長は医学にも精通した高名なS級錬金術師だ。ひとつこの魔術師女の具合を見てもらうことにする。
「ではリガルさん。と、クレイドさん?でしたっけ。師匠を呼んできますので少しお待ちください」
といってエニアは店長の寝室の方へ向かった。残されたのは俺とクレイド。
「あ~……久しぶりだな、クレイド」
「大体2年ぶりだね、リガル」
クレイドと会うのは、俺が"あの事件"の後にパーティを離脱して以来だった。穏やかな雰囲気や表情は変わらないが、動きの所作からして以前よりも実力を付けていることが分かる。
「え~と……この街に来てたんだな」
「うん、ちょっと僕も、自分のことを見直したくなってね。ふと君のことが気になって訪ねてきたんだ。そうしたら目の前でこの女性が倒れてしまって困ってたんだよ」
「そうか、じゃあ運良く出くわしてよかった」
「そうだね」
「……」
「……」
会話が途切れる。いやしかし、これは俺のコミュ力が低いからではない。
俺とクレイドは、なんていうか、"あの事件"のせいで少し気まずい関係にあるのだ。
もしかするとクレイドはなんとも思っていないかも知れないが、少なくとも俺はクレイドに恨まれていてもおかしくないと思っている。
何を話せばいいか分からないまま時間が過ぎる。
ただ、そうしているうちに、クレイドが遠慮がちに口を開いた。
「ねえ、リガル。さっきから気になってたんだけど、君の体って今……」
クレイドの言葉は最後まで続かなかった。タイミングがいいのか悪いのか、エニアが店長を連
れて戻ってきたからだ。
「もう、師匠! 早く診てあげてくださいよー!」
「分かったから叫ぶんじゃねえよ、オレ二日酔いなんだからよ……あ~頭痛ぇ~、気持ちワリぃ~……」
「ええ……酔い覚ましの薬、あれだけ作ってたじゃないですか……」
「んなもん、とっくに全部飲んじまったよ……」
そうしてエニアに連れられ、なんともダメ人間っぽい感じの台詞と共に、この店の店長でもある女性錬金術師ヒューレが現れる。俺も会うのはこれで3度目くらいだ。
盛大に寝癖の付いた黒髪に縁の細いメガネをかけ、紫のマントを羽織っている。見た感じは25歳位の大層な美人なのだが、エニアによると実年齢は見た目とはかけ離れているらしい。
「店長、お疲れっす」
「おう、リガ坊じゃねえか。具合悪いってのはお前のことなのか?」
「いえ、俺じゃないっす。あとその呼び方止めてください」
なんでか俺のこと坊や扱いするんだよな、この人。
「遠慮すんなよ~、お姉さんがすみずみまで診察してあげちゃうぜ? うひひひ」
若干下品でありながら、どこか妖艶な笑みを浮かべる店長。しかし……、
「え、店長、お姉さんって歳でしたっけ?」
「ああン⁉」
一気に噛み付かんばかりの表情になる。
「あ、いや、なんでもないっす」
どうやら女性に年齢の話はしてはいけない、というのはこの店長にもあてはまるらしい。そんな俺たちの会話にエニアはため息をつく。
「はあ……違いますよ師匠。診て欲しいのはこちらの女性のことです」
「なんだこっちかよ……んん? エルフの血が混じってるっぽいな」
そうして店長は魔術を使い、未だにぐーすか寝ている魔術師女の診察を始めた。その間に、エニアはクレイドの方へと向き直る。
「えと、クレイドさん、ですよね。初めまして、私はエニア・コレクトです。この店で錬金術師と武器屋をしていて、リガルさんとはお仕事仲間です」
「あ、ご丁寧にどうも。僕は冒険者のクレイド・ロットノウ。危ないところを助けてもらっちゃったね。ありがとう」
「いえいえ、困っているときはお互い様ですから」
「そう言ってもらえると助かるよ……ところで、今診察してくれている方は?」
さっきからクレイドはちらちらと店長の方を気にしている。その視線には多少の熱を帯びている気がしないでもない。
「あ、こちらは私の師匠、ヒューレ・プラーグマです。このお店の店長でもあります」
「……! この方があの有名な……まさか、こんなに美しいお姉さんだったとは……」
あ~、そういや、クレイドは年上好きだったっけ。
「いや、クレイド、でもお前……」
「わ、分かってるよリガル! 僕には心に決めた女性がいるんだ。そのためにもこうして……」
クレイドが慌ててそう言いかけたとき、
「お~お前ら、診察終わったぞー」
という、緊張感のない店長の声がかかる。見れば、診察の時に出ていた魔術の光がもう消えている。
「とりあえずこいつの体に異常はねえ。少し気になるところはあったが……、まあ大丈夫だ。じきに目を覚ますだろ」
「分かりました。ありがとうございます」
「おう、じゃオレは寝るぜ。後、よろしくな~」
そう言って、店長は礼を言うエニアに向かってひらひら手を振りながら出て行った。
店長は「大丈夫だ」と言っていたが、俺はそもそもの疑問をエニアに投げかけた。
「なあエニア、あんな酔っ払いの診察を信じていいのか?」
俺の言葉にエニアは少し苦笑した。
「まあ、確かに見た目はあんな感じですけれど、お仕事や人の命に関わるようなことはきっちりこなす人です。信用できると思いますよ」
「それならいいんだが」
店長が本当に信じていいのか分からない人間だとしたら、エニアも頼ったりしないだろう。その点はむしろエニア自身の方が信じられることは日頃の様子で分かっている。
俺は間接的に店長の診察に納得した。
「そうだよリガル。あんな美しいヒューレさんが適当な診察をするわけないじゃないか」
なぜ、お前が確信を得ている。
「いや、クレイド……信じる根拠がおかしいぞ……あんな寝癖だらけの人間の診察なんか……」
「何を言うんだ! あれは寝癖じゃなくて、ああいうウェーブが強めのセットなんだよ! 素敵じゃないか!」
ぐっ、と拳を握り、訳の分からん主張をするクレイド。その目には妙に力が宿っている。
「あ、あのなあ……」
こいつはこれがなければなあ。見た目は爽やかイケメンなのになあ。
そんな俺たちの残念会話をお送りしていると、倒れていた魔術師女がようやく目を覚ました。
「ふにゃあ~~~~~……あれ、ここどこ?」
なんともお気楽な感じで起き上がってきた女。どうやら店長の診察は正しかったようだ。
「ここはヒューレ錬金術工房です。気分はどうですか? お店の近くで倒れていたので、中に運んで様子を見ていたんですけど……」
と、エニアが今までのいきさつを説明する。すると、屈託のない笑顔で女は礼を述べた。
「そうだったんだ~、ありがとねー! アタシ、プリシラ! よろしくー! みんなはなんて名前?」
プリシラと名乗った魔術師。頭の天辺にある大きなアホ毛がぴょこぴょこと動いている。
「私はエニアです。よろしくお願いします」
「僕はクレイド。よろしくね」
「リガル。よろしく」
こうして一通り自己紹介まですませたところで、エニアはプリシラに尋ねた。
「プリシラさん、体の具合はいかがですか? 見たところ、怪我でも病気でもないみたいですけれど」
「うん、大丈夫だと思うー。ね、"アホ毛様"?」
そう言ってプリシラは自身の頭上に目を向ける。そこには元気に動き回るアホ毛。「大丈夫!」とアピールしているかのようだ。
いや、待て。なんだこのアホ毛。なぜ動く。
「あ、あの、プリシラさん……その髪の毛は何ですか?」
エニアも同じ疑問を持ったらしい。
「この子? アホ毛様! アタシの友達!」
そして、プリシラがペンと紙を取り出すと、"アホ毛様"はするすると伸びてペンに巻き付き、そのままプリシラが持つ紙に字を書いていく。
『アタイはアホ毛様! プリシラちゃんの友達だよ。よろしく!』と仰せであった。
だから待て。なんだこのアホ毛。意志でも持ってるのか。
「よ、よろしくおねがいします……」
エニアはなんとか挨拶を返した後、困ったように俺に目を向けた。どのような扱いをすればいいか分からないのだろう。俺も分からん。とりあえず首を横に振った。エニアは次にクレイドを見た。クレイドも首を振った。
エニアはいっとき遠くを見る目をし、何かを受け入れるように静かにうなずいた。
この世には俺たちの理解が及ばないことがある、ということを俺たちは理解したのだ。
「で、では、プリシラさん、どうして倒れていたんですか?」
エニアは話を強引に元に戻した。
「あのねー、アタシねー、冒険者ギルドに行きたかったの。それでギルドのチラシの地図見ながらがんばってたどり着こうとしてたんだけど……地図はよくわからないし、文字もいっぱいだし、見てたらなんか頭がぐるぐる~ってなってきちゃって」
俺はその話を聞いていて、なにか、こう、根本的なダメさ加減を感じていた。
ギルドの冒険者募集のチラシは非常に多くの人たちに向けて書かれたものだ。当然その内容は、極端に言えば文字が読めなくても大丈夫なように書いてある。
それを呼んでいて倒れるほどだということは、この女は……。
「えーと、ではプリシラさんは、冒険者になりたいんですか?」
「うーん……そうだけど、そうじゃない。アタシ、旅してるんだ。でも、いつの間にかお金がなくなっちゃって、ギルドに行けばお仕事してお金もらえると思って……」
なんか最近金欠のやつ多いなあ。あ、俺もか。
「プリシラ、お前エルフなのか? 魔術使えんの?」
俺は一応聞いてみた。
「んとねー、アタシねー、おとーさんは人間だけどねー、おかーさんがエルフなのー」
「ああ、ハーフエルフか」
どうりで少し耳が短いわけだ。
「で、魔術は?」
「魔術使える! ちょー強いよ、アタシ! 今までも襲ってきた魔物や盗賊は全部ぶっ飛ばしてきたし!」
「回復魔術は使えるか?」
「とーぜん!」
自身ありげなプリシラの返事を聞き、俺とエニアは目を見合わせた。武器評価のためにはヒーラーもいた方が、安全性はぐっと高まるからだ。若干おバカそうなところは不安だが、勧誘する意味は大いにある。
「プリシラさん、もしよかったらなんですが、ヒーラーとしてうちで働いてみませんか?」
「え⁉ お仕事くれるの! やるやる! 何すればいいの?」
詳しい内容も聞かずに即答するプリシラ。そしてエニアから簡単な説明を受ける。うちが武器屋をやっていること、武器の評価のために魔物を討伐していること、そのためにヒーラーを用意したいこと、などなど。
プリシラはそれらの話を「むおー」とか「なるほどー」とか言って聞いているが、十分に理解できているかは怪しい。 それでもまあ、ヒーラーとして働いて欲しいことは分かったらしい。最終的に俺たちと共に働いてみることになった。
「じゃあ、よろしくお願いしますね。プリシラさん」
「まーかせて! アタシ、マジ、さいきょーだから!」




