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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
幕間:励起光子の囁きと二年の猶予 ~綾の鍛錬、晴明の探求~

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其の十三:晴明、秘伝の霊墨(悪臭風味)と新たなる覚醒(?)


「……ふむ。やはり、この『朱雀の血(ただの鶏の血を乾燥させたもの)』と『麒麟の角の粉末(鹿の角を削ったもの)』の配合比率が、まだ最適ではないようだな……」

安倍晴明は、自宅の庭の片隅に設けた、もはや彼の「聖域サンクチュアリ」と化している実験小屋(という名の、ただの物置)で、怪しげな色の液体が煮詰まっている土鍋を前に、真剣な表情で唸っていた。

彼が取り組んでいるのは、以前開発した「星詠みの霊墨」の、さらなる威力向上プロジェクトである。


「影詠み」様が残したとされる「印」の解析と、「星励光(励起光子)」の(彼なりの)理解が進むにつれ、晴明は、自分が書く護符や式神の設計図に、より強力な「霊力」を込める必要性を痛感していた。そして、その「霊力」を最大限に引き出すためには、墨そのものの霊的純度とエネルギー伝導率を高めなければならない、というのが彼の持論だった。

(……まあ、理屈はよく分からんが、要するに、もっとスゴイ墨が欲しいってことだな)

親友の賀茂光栄は、最近の晴明のこの手の発言に対し、もはやツッコミを入れることすら放棄し、生暖かい目で見守る姿勢を貫いていた。


晴明は、古今東西の怪しげな文献(主に、父・益材が「こんなものは読むな」と仕舞い込んでいた禁書に近いもの)を渉猟し、「霊力を高める」とされるありとあらゆる材料をリストアップした。

そこには、「千年生き永らえた亀の甲羅の粉末」「夜鳴き鳥の涙」「月の光を浴びて育った薬草の根」など、およそ正気とは思えないようなものがズラリと並んでいた。

もちろん、そんなものが簡単にて手に入るはずもなく、晴明は持ち前の(歪んだ)創意工夫で、それらの「代用品」を調達していった。

亀の甲羅は、近所の沼で捕まえた大きなスッポンの甲羅を天日干ししたもの。夜鳴き鳥の涙は、夜中にうるさく鳴いていたフクロウを脅かして(?)得た……かどうかは定かではないが、とにかく謎の液体。月の光を浴びた薬草は、単に月夜に庭から引っこ抜いてきた雑草、といった具合だ。


そして、それらの「秘伝の材料」を、彼が「宇宙の根源的エネルギーを凝縮する」と信じる特殊な土鍋(普通の土鍋だが、底に晴明が考案した魔法陣が描かれている)で、何日もかけて煮詰め、そこにすすやら、鳥の羽根の灰やら、砕いた水晶(ただの石英)やらを、独自の配合(という名の、その日の気分)で混ぜ込んでいく。

その作業は、傍から見れば、まるで闇鍋か、あるいは何かの毒物でも作っているかのようにしか見えない。実験小屋の周辺には、常に形容しがたい奇妙な匂いが立ち込め、晴明の家の女中たちは、最近その一角を「魔境」と呼び、恐れおののいていた。


「……よし! ついに完成したぞ! これぞ、我が叡智の結晶、『星霜せいそうの霊墨・改二』なり!」

数日後、晴明は、土鍋の中で黒く輝く(ように見える)ドロリとした液体を前に、高らかに完成を宣言した。その顔は、達成感と、そして若干の睡眠不足で、妙なテンションになっている。

「この霊墨を用いれば、我が護符の威力は百倍に、そして式神・天翔丸(仮)は、真の雷神の如き力を得るであろう!」


早速、晴明は、その「星霜の霊墨・改二」を使い、新たな護符を書き上げた。

それは、以前よりもさらに複雑で、もはや何かの暗号にしか見えない文様が、力強い筆致で描かれている。

そして、その護符からは……やはり、何とも言えない、形容しがたい匂いが漂っていた。それは、例えるなら、古びた蔵の匂いと、湿った土の匂いと、そして何かの動物の獣臭が、絶妙なバランスで(?)混ざり合ったような、実に個性的な香りだった。


「ふむ……。確かに、霊力は格段に増しているようだ……。この香りこそが、その証であろう!」

晴明は、その強烈な匂いを「霊力の芳香」と解釈し、満足げに頷いた。(仲間たちは、少し顔を引きつらせていたが)


そして、この「星霜の霊墨・改二」で描かれた護符は、実際に、いくつかの「奇跡(?)」を引き起こした。

例えば、都で原因不明の小火ぼやが頻発していた際、晴明がこの護符を火元とされる場所に貼り付けたところ、不思議とその後、その場所では火事が起こらなくなったという。

(真相は、綾が「影詠み」として、その地域の励起光子の不安定な流れを「まもり石くん・改」で安定させただけなのだが、晴明は「我が霊墨の破邪の力、恐るべし!」と、さらに自信を深めた)


また、ある貴族の姫君が、夜な夜な悪夢にうなされるという相談を受けた際、晴明がこの霊墨で「安眠の呪符」を書き、それを姫君の枕元に置いたところ、その日から姫君はぐっすり眠れるようになったという。

(これも、フィラが綾に「あの姫君の部屋、低周波騒音がひどいみたいよ。安眠妨害レベルね」と報告し、綾がこっそり遮音装置を設置した結果なのだが、晴明は「我が霊墨には、魂を鎮める聖なる力も宿っていたか!」と、新たな発見に目を輝かせた)


「星霜の霊墨・改二」の威力(と、その独特すぎる匂い)は、瞬く間に「星詠み探偵団(仮)」の間で伝説となり、彼らは晴明への尊敬の念をますます深めていった。

「さすがは星影の導師様!」

「この霊墨さえあれば、どんな怪異も恐るるに足らず!」

彼らは、晴明が護符を書くたびに、その「霊力の芳香」をありがたそうに嗅ぎ、そして時々、こっそり鼻をつまんでいた。


賀茂光栄だけは、その状況を冷静に(そして若干の頭痛と共に)見守っていた。

(……まあ、結果的に問題が解決してるなら、それでいいのかもしれんが……。それにしても、晴明の周り、最近本当に臭いんだよな……。あれ、本当に大丈夫なのか……?)

彼の心労は、晴明の「覚醒(?)」と共に、ますます増える一方だった。


安倍晴明の、常人には理解不能な探求は、今日も続く。

その「怪しげな材料」と「謎理論」から生み出される「霊墨」が、本当に何らかの力を秘めているのか、それともただのプラシーボ効果と偶然の産物なのか……。

それは、まだ誰にも分からない。

しかし、一つだけ確かなことは、彼のその真摯な(そしてちょっぴりズレた)努力が、やがてこの世界の「陰陽」という概念を、根底から揺るがすほどの大きな力へと繋がっていくのかもしれない、ということだった。

ただし、その副作用として、彼の周囲には常に「独特の香り」が漂い続けることになるのだが……それは、まあ、ご愛嬌というものだろう。たぶん。

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