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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
幕間:励起光子の囁きと二年の猶予 ~綾の鍛錬、晴明の探求~

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其の十二:影詠み出動! ポルターガイストと真夜中の子守唄


都に流れ込み始めた「励起光子」の影響は、人々の心だけでなく、物理的な現象としても、じわじわと現れ始めていた。

それはまだ、本格的な魑魅魍魎の出現というほどではない。しかし、夜中に誰もいない部屋で物が勝手に落ちたり、どこからともなく奇妙な物音が聞こえたり、あるいは、特定の場所だけが異常に寒かったり暑かったりするといった、「小さな怪異」の報告が、都のあちこちで囁かれるようになっていた。


「……フィラ、またよ。今度は、北の織物問屋の蔵で、夜な夜な機織りの音が聞こえるって」

綾は、秘密の地上拠点「朧月邸」で、フィラから送られてくる都の「怪異発生マップ」を眺めながら、溜息をついた。最近の綾の日課は、昼間は姫君としてのお稽古事、夜はシェルターでの研究開発と、そしてこの「怪異パトロール」が加わっていた。

《はい、マスター。当該地点の励起光子濃度は中程度。周辺住民からの聞き取りによれば、その蔵は数年前に亡くなった機織りの名人が使っていたもので、以来、誰も立ち入っていないとのことです》

「なるほどね。亡くなった人の『念』のようなものが、励起光子の影響で実体化しかけている、というところかしら」


綾の推測は、あながち間違いではなかった。

励起光子は、それ自体が意思を持つわけではないが、周囲の環境や、そこに残された人々の強い感情(特に、未練や怨念といった負の感情)と共鳴し、それを増幅させ、物理的な現象として顕在化させる性質を持っていたのだ。


「よし、今夜、ちょっと様子を見に行ってきましょうか。『影詠み』としてね」

綾は、にやりと笑った。彼女にとって、これらの「小さな怪異」は、開発したばかりの「なんちゃって陰陽術」の格好の実験台でもあった。


その夜、綾は「影詠み」の姿となり、問題の織物問屋へと向かった。

蔵の周辺は、噂通り、どこか空気が重く、そして確かに、誰もいないはずの蔵の中から、カタコン、カタコン、と機織りの音が微かに聞こえてくる。

(……これは、なかなか本格的ね)

綾は、まず「千里眼の眼鏡(暗視&励起光子可視化モード)」で蔵の内部を観察した。すると、蔵の中心あたりに、ぼんやりとした人型の「励起光子の塊」が、機を織るような動きを繰り返しているのが見えた。

(やはり、残留思念のようなものが、励起光子を纏って形を成しているのね。でも、実体はほとんどない。これなら……)


綾は、懐から「ハイテク式符」の一枚――表面に「鎮」という文字が光るようにプログラムされたもの――を取り出し、それを蔵の扉にそっと貼り付けた。そして、小さな声で、しかしはっきりとした口調で唱える。

「――静まりたまえ、迷える魂よ。汝の機を織る音は、もはや誰にも届かぬ。安らかに、眠りにつくがいい」

もちろん、これは綾が考えた「それっぽい」セリフだ。しかし、式符から発せられる特殊な周波数の音波と、微弱な鎮静効果のある励起光子の波動が、蔵の中の「励起光子の塊」に作用し、その活動を徐々に鎮めていく。

やがて、機織りの音は完全に止み、蔵の中の重苦しい空気も、少しずつ和らいでいった。


「ふぅ、一件落着、かしらね」

綾は、満足げに頷いた。


またある時は、こんなこともあった。

都の裕福な商家の赤ん坊が、夜になると原因不明の夜泣きを繰り返し、家中が困り果てているという相談が、まわりまわって橘の元へ(そして綾の元へ)届いた。

「フィラ、あの赤ちゃんの部屋の周辺、何か異常はある?」

《はい、マスター。赤ちゃんの寝室の床下から、微弱ながらも不安定な励起光子の放射を検知しました。おそらく、古い井戸の跡か、あるいは地中に埋められた何らかの『曰く付きの品』が、励起光子の影響で活性化し、赤ちゃんの感受性の高い脳に影響を与えている可能性が……》


「なるほど。それじゃあ、今夜は『影詠みの子守唄』でも歌ってあげましょうか」

綾は、少し楽しそうに言った。

その夜、綾は「影詠み」として商家の屋根裏に忍び込み、赤ちゃんの寝室の真上にあたる場所に、「まもり石くん・改(指向性励起光子中和フィールド発生機能付き)」を設置。そして、フィラがシェルターのデータベースから探し出した、最もリラックス効果の高い周波数とメロディラインを持つ「子守唄(もちろん、この時代には存在しない、超文明のヒーリングミュージック)」を、ごく微弱な音量で、指向性スピーカー(これも綾の秘密道具)を使って赤ちゃんの耳元だけに届くように流した。


翌朝、商家の主人は、驚きと喜びの声を上げた。

「……不思議だ! あれほど毎晩泣き叫んでいた赤子が、昨夜は一度も目を覚まさず、朝までぐっすり眠っていたのだ! しかも、今朝起きたら、なんだか部屋の空気が清々しくなっているような……。これは、もしや……!」

彼は、最近都で噂の「影詠み様」の仕業に違いないと確信し、早速、影詠み様への感謝の品(大量の菓子折り)を、どこへ送ればいいのか分からぬまま、とりあえず近所の神社に奉納したという。


綾の「影詠み」としての活動は、こうして、都の片隅で起こる「小さな怪異」を、人知れず、そしてハイテク(しかし見た目は陰陽術)で解決していくという、奇妙なものになっていた。

それは、彼女にとって、自分の力を試し、改良していくための貴重な機会であり、同時に、この都の人々を、少しでも不安から救いたいという、純粋な想いの表れでもあった。


しかし、これらの「小さな怪異」は、あくまで氷山の一角に過ぎない。

世界の「歪み」は、確実に進行しており、やがては、綾の「なんちゃって陰陽術」だけでは対処しきれない、本物の「脅威」が姿を現すことになるだろう。

その時までに、綾は、そしてこの都は、どれだけの準備ができるのだろうか。

嵐の前の静けさ(というには、少々騒がしいが)の中で、小さな影は、今日もまた、都の夜を駆け抜ける。人々の安眠と、そして世界の未来のために。

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