第十二話:お試し結界と迷子の仔犬、噂は千里を駆け巡る!?
綾とフィラによる「なんちゃって陰陽術」の開発は、試行錯誤を繰り返しながらも、少しずつ形になりつつあった。
特に綾が力を入れていたのが、「結界(に見える、指向性エネルギーバリア発生装置)」の開発だ。これは、特定の範囲に目に見えないエネルギーの壁を作り出し、物理的な侵入を防いだり、あるいは内部の「気」を安定させたりするという、まさに陰陽師の秘術そのもの(に見える)を目指したものだった。
「フィラ、この新型結界ユニット、もう少しエネルギー効率を上げられないかしら? 持続時間がまだ短すぎるわ」
綾は、手のひらサイズの、一見するとただの磨かれた石のような試作品を手に、フィラに指示を出す。その内部には、励起光子エネルギーを微細なフィールドに変換する複雑な回路が組み込まれている。
《マスター、現在の設計では、これが限界に近いと思われます。励起光子のエネルギー密度は高いのですが、それを安定的に持続させるための制御系に、まだ課題が……。シェルターのエネルギー残量も考慮すると、あまり高出力での連続稼働は推奨できません》
「……そうよねぇ。やっぱり、エネルギー問題がネックだわ」
綾は、溜息をついた。シェルターのエネルギー残量を示すゲージは、日を追うごとに確実に減り続けている。
それでも、綾は開発を諦めなかった。
そして、ようやく完成したのが、「携帯型簡易結界発生装置・試作三号機」――綾はこっそり「まもり石くん」と名付けた――だった。
これは、半径数メートル程度の範囲に、短時間ながらも不可視のバリアを張ることができるというもので、消費エネルギーも比較的少ない。
「よし、これなら実用レベルかもしれないわ。どこかでテストしてみたいわね」
そんな折、綾は「影詠み乙女の会」の集まりで、橘香子からある相談を受けた。
「綾姫様、実は……うちの屋敷で飼っている仔犬のポチが、数日前から姿を消してしまって……。家中総出で探しているのだけれど、どこにもいないの。もしかしたら、最近都で噂の『神隠し』にでも遭ったのかしら……」
香子は、目に涙を浮かべて、本当に心配そうだった。
(神隠し……。まあ、最近の都の状況を考えれば、ありえない話ではないかもしれないわね。でも、ただの迷子の可能性も……)
綾は、香子を慰めながら、ふと、あることを思いついた。
(そうだわ! この「まもり石くん」のテスト運用に、ちょうどいいかもしれない!)
その夜、綾は「影詠み」の姿となり、橘邸の周辺を探索した。
フィラの広域センサーと、「夜目(フクロウ型ドローン)」を駆使し、仔犬のポチがいなくなったとされる場所や、目撃情報があった場所を丹念に調べる。
そして、屋敷の裏手にある、少し荒れた竹林の中に、ポチが迷い込んだ可能性が高いと判断した。
「この竹林、夜はかなり暗くて見通しが悪いわね。仔犬が迷い込んだら、なかなか出られないかもしれないわ」
綾は、竹林の入り口付近に、「まもり石くん」を数個、目立たないように設置した。そして、それを起動させ、竹林の奥へと続く道筋に、ごく微弱な「励起光子の道」を作る。これは、ポチのような小さな動物でも感じ取れる程度の、ほんのり温かく、そして安心感を与えるエネルギーの流れだ。
(これなら、ポチがこの光の道に気づいて、自分から出てきてくれるかもしれないわ。そして、「まもり石くん」の結界効果で、もし竹林の中に何か良くないものがいたとしても、ポチを守ってくれるはず……)
綾は、そう願いながら、しばらくの間、竹林の様子を見守った。
数時間後。
竹林の中から、クーン、クーン、というか細い鳴き声と共に、小さな影がよろめきながら現れた。泥だらけになった仔犬のポチだった。ポチは、まるで何かに導かれるように、綾が作った「励起光子の道」を辿り、無事に竹林を抜け出すことができたのだ。
そして、その直後、竹林の奥から、何やら不気味な獣の唸り声のようなものが一瞬だけ聞こえたが、すぐにそれは「まもり石くん」の結界に阻まれたかのように、不快な音を立てて消え去った。
(やったわ! ポチも無事だし、「まもり石くん」の効果も確認できた!)
綾は、ほっと胸を撫で下ろした。そして、ポチが橘邸の者に見つけてもらえるように、そっと屋敷の門の近くまで誘導し、その場を後にした。
翌日、橘邸では、無事に戻ってきたポチを囲んで、大喜びの香子たちの姿があった。
「ポチ! よかった、本当によかったわ!」
そして、香子は、綾にこう語った。
「綾姫様、聞いて! ポチが見つかった竹林の入り口にね、不思議な光る石がいくつか置いてあって、そこだけ何だか温かくて、悪いものが入ってこれないような感じがしたんですって! きっと、あれも『影詠み』様が、ポチを守るために置いてくださった『結界石』なのよ!」
(……ええ、まあ、大体合ってるけど……光る石じゃなくて、ただの石に見えるはずなんだけどなぁ……。励起光子の道は、普通の人間には見えないはずだし……)
綾は、香子の(またしても)鋭すぎる直感と、都合の良い解釈に、内心苦笑するしかなかった。
この「影詠み様の結界石」の噂は、あっという間に「影詠み乙女の会」のメンバーたちに広まり、
「まあ、影詠み様は、動物たちにもお優しいのね!」
「きっと、あの石には、聖なる力が込められているに違いないわ!」
「私たちも、あの『結界石』のレプリカを作って、お守りにしましょう!」
と、またしても新たな「影詠み様グッズ」開発の機運が高まってしまった。
綾は、(もう、何も言うまい……)と、諦めの境地に達した。
しかし、この一件は、思わぬ副産物をもたらした。
「まもり石くん」の試作品が、実際に効果を発揮したこと。そして、「励起光子の道」が、動物を誘導するのに有効である可能性が示されたこと。
これらは、今後の「影詠み」としての活動において、重要な技術的ブレイクスルーとなるかもしれなかった。
(もっと改良すれば、人々の避難誘導や、特定の場所を浄化するためにも使えるかもしれないわね……)
綾は、新たな開発目標を見つけ、目を輝かせた。
その傍らで、フィラは冷静にデータを収集し、分析を進めている。
《マスター、今回の実験データに基づき、「まもり石くん・改」及び「励起光子誘導システム」の設計案を提出します。……ただし、エネルギー消費効率の改善は、引き続き最優先課題となりますが》
綾の「ぱっと見陰陽師じゃん」開発は、時に人々の誤解と熱狂を生み出しながらも、着実に進歩を遂げていた。
その技術が、やがて来るべき本格的な「戦い」の局面で、どれほどの力を発揮するのか。
そして、その力の源である「励起光子」と、シェルターのエネルギー問題は、綾にどのような決断を迫ることになるのだろうか。
物語は、希望と不安をないまぜにしながら、ゆっくりと、しかし確実に、そのクライマックスへと向かっていくのだった。




