第十話:光の万華鏡、励起光子の深淵とフィラの仮説
都に頻発する怪異と、その背後に見え隠れする未知のエネルギー「励起光子」。
綾は、亜空間シェルターの制御室で、連日フィラと共にその分析に没頭していた。メインスクリーンには、都の各所で観測される励起光子の複雑なパターンが、まるで万華鏡のように映し出されている。それは、時に美しく、時に不気味な光彩を放っていた。
「……やはり、この励起光子は、単なるエネルギー粒子ではないわね」
綾は、腕を組み、スクリーンに表示されたデータを睨みつけながら呟いた。
「その挙動は、まるで意思を持っているかのようだわ。特定の場所に集積したり、周期的なパターンで明滅したり……。そして、周囲の環境や、そこにいる人々の感情にさえも、僅かながら影響を与えているように見える」
《はい、マスター。これまでの観測データからも、励起光子が単独で存在するのではなく、何らかの『情報フィールド』と密接に連携している可能性が示唆されます》
フィラが、冷静な声で応答する。
《そして、その『情報フィールド』は、おそらく、あの『空間の亀裂』を通じて、異世界から流入してきているものと考えられます。つまり、励起光子は、異世界の『法則』や『意思』を、こちらの世界に運び込む媒体となっているのかもしれません》
「異世界の法則……意思……。それが、魑魅魍魎と呼ばれる存在を生み出したり、この世界の物理法則を歪めたりする原因だと?」
綾の表情が険しくなる。もしフィラの仮説が正しいとすれば、事態は綾が想像していた以上に深刻だ。
《その可能性は否定できません。そして、マスター。さらに懸念すべきデータがあります》
フィラは、スクリーンに新たなグラフを表示した。それは、都における励起光子の総量の経時変化を示したものだった。
「これは……!?」
綾は息を飲んだ。グラフは、緩やかな上昇傾向を示していたが、ここ数日、その上昇カーブが急激になっている。
《はい。何らかの原因で、励起光子の流入量が、加速度的に増大しています。このままでは、都全体が、高濃度の励起光子で飽和状態になるのも、時間の問題かと……》
「そうなったら、どうなるの……?」
《……最悪の場合、こちらの世界の物理法則が、異世界の法則によって完全に上書きされ、この世界そのものが『変質』してしまう可能性がございます。そうなれば、もはや我々の知る『都』ではなく……》
フィラの言葉は、重く響いた。
(世界そのものが、変質……。そんなことが、本当に……)
綾は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。太古の記憶の中にも、これほど大規模な「世界の書き換え」に関する記録はなかった。
しかし、落ち込んでいる暇はない。
「フィラ、この励起光子のエネルギーを、逆に利用することはできないかしら? もし、これが『力』であるならば、それを制御し、私たちの武器に転用できる可能性があるはずよ」
綾の瞳に、再び強い光が宿る。彼女は、絶望的な状況の中でも、常に解決策を探し求める技術者なのだ。
《……理論上は可能です、マスター。励起光子は、極めて高密度なエネルギーを内包しています。これを安定的に抽出し、指向性を持たせることができれば、強力なエネルギー兵器として、あるいは防御フィールドとして利用できるかもしれません。しかし、その制御は極めて困難で、下手をすれば暴走し、周囲に甚大な被害をもたらす危険性も……》
「危険性は承知の上よ。でも、このまま手をこまねいていては、いずれ都は……。やらなければならないわ」
綾の決意は固かった。
そこから、綾とフィラの、励起光子エネルギーの制御と応用のための、怒涛の研究開発が始まった。
シェルターの「知識の間」で、太古の記憶にあるエネルギー制御理論や、異次元物理学の文献を渉猟し、フィラはセントラルコアの全演算能力を駆使して、励起光子の挙動モデルを構築し、シミュレーションを繰り返す。
それは、まさに時間との戦いだった。
(この励起光子のエネルギーを、何とかして「形」にしたい……。人々が理解しやすく、そして「影詠み」として使っても不自然ではない形に……)
綾の頭の中に、ふと、安倍晴明たちが熱心に研究している「陰陽道」のイメージが浮かんだ。
護符、式神、結界……。
(そうだわ! あれなら……! あの形を借りれば、この世界の人間にも受け入れられやすいかもしれない!)
綾は、フィラに指示を出し、シェルターの「物質創造ラボ」で、いくつかの試作品を作り始めた。
それは、一見するとただの和紙や木の板、あるいは小さな人形のように見えるが、その内部には、励起光子のエネルギーを微量ながらも集束させ、特定の効果を発揮させるための、超小型のデバイスが組み込まれている。
例えば、特定の文様を描いた和紙(実はエネルギー集積回路)は、かざすだけで周囲の温度をわずかに上昇させたり、微弱な光を発したりする。
鳥の形をした小さな木彫りの人形(内部に反重力ユニットと小型AI搭載)は、綾の「気(という名の励起光子エネルギーの指向性制御)」に反応して、短時間だけ宙に浮いたり、簡単な命令に従って動いたりする。
これらは、まだほんの初歩的な試作品であり、その効果も限定的だ。しかし、綾にとっては、大きな一歩だった。
(これなら……「影詠み」の新しい力として、都の人々を守るために使えるかもしれないわ。そして、見た目は、まるで本物の陰陽師の術のように……)
綾の口元に、久しぶりに笑みが浮かんだ。
励起光子という未知の脅威。しかし、それは同時に、新たな力の源泉ともなり得る。
綾とフィラは、その深淵を覗き込み、そこに一条の光を見出そうとしていた。
都の空がますます不吉な色を深めていく中で、小さな姫君と銀色の守護者の、人知れぬ戦いと開発は、まだ始まったばかりなのである。
そして、その「ぱっと見陰陽師じゃん」な新技術が、やがて都にどんな影響を与えるのか、それはまだ誰も知らない。




