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5 探偵の疑問


【NPCからクエストを受けろというエコー】


 夕刻のカルディア。


 広場には行き交うNPCたちがそれぞれの役割を果たし、プレイヤーを迎え入れる。

 道具屋の店主が今日の特売を叫び、武器屋の鍛冶職人が炉の火をかき回す。

 初心者向けのクエストを持つ受付嬢NPCが、何人かのプレイヤーに「!」マークを浮かべながら話しかけている。


 エコーは、そんな街並みを見回しながら、意気揚々と解説を始めた。


「さて、そろそろ連続クエストを受けてもいい頃だな!」


 探偵が特に反応を示さないことを気にも留めず、エコーは続ける。


「この街から始まるクエストは、ゲーム全体のストーリーにも関わってくる重要なやつだ!」

「NPCと会話して受注して、ミッションを進めていくんだぜ!」


 だが——


 エコーのいつもどおりの説明を聞き流しながら、探偵はふと、その姿をじっと眺めた。


(……エコーは、俺に何をさせたいんだ?)


 考えてみれば、エコーの"チュートリアルとしての振る舞い"は妙に過剰だった。


 戦闘スタイル、装備の指導、スキルの説明、NPCとのクエストの進め方……

 ただのサポートAIにしては、まるで「俺を普通のプレイヤーとしてゲームを進めさせようとしている」ようにも見える。


 ツッコミのテンポ、焦り、時折見せる過剰なリアクション——

 まるで、俺が"この世界を疑わないように" 誘導しているようにも思えるな。


 少し考えた後、探偵は何気ない調子で問いかけた。


「なあ、エコー。」


「ん? なんだ?」


 エコーは軽く振り返りながら宙を漂う。


「……お前、俺に何をさせたいんだ?」



---


【エコーの一瞬の静止】


 ——エコー、一瞬静止。


 まるで、音声データが途切れたかのように。


 宙に浮かんだまま、探偵の顔を見つめる。


「……は?」


 そして、わずかに間を置いて、口を開いた。


「いやいやいやいや、何言ってんの? お前はプレイヤーだろ? オレはサポートAIだろ?」

「そしたら、"ゲームを楽しんでプレイすること"に決まってるじゃねぇか!」


 エコーはいつもの調子で言い切る。

 が、その笑みはどこかいつもより「作られたもの」に見えた。


「いやー、もしかしてアレか? ついさっき装備のこととか言ったから、"このゲームをどう楽しめばいいか"って話か?」


やや、早口になるエコー。


「それなら心配いらねぇ! クエストもあるし、武器のカスタムもあるし、ダンジョン攻略もあるし——」


 まるで誤魔化すかのように、矢継ぎ早にゲームの説明を続け。

 だが、探偵は目を細めながら、ただ静かに見ている。


「……お、おい? なんだよ、その顔?」


 エコーがちらりと探偵を見上げる。


「まさかとは思うけど、俺のこと疑ってるわけじゃないよな?」


 エコーは小さく笑った。

 だが、その笑いは"軽口"というより、"警戒"に近いものだった。


「オレは、ただのサポートAIだぜ?」


「……そうか?」


「そうだとも!!!」


 エコーは明るく笑いながら、"少しだけ" 探偵との距離を取った。


 探偵の問いに対し、答えたつもりなのに、どこかエコーの態度が変わった気がする。

 だが、それをあえて指摘するつもりはなかった。


 探偵は、薄く口元に笑みを浮かべたまま、次の目的地へと足を向ける。

 その後ろで、エコーは少しだけ様子をうかがうように、静かに浮いていた。



---


【夕暮れ時の街:探偵、ゲーム世界の「違和感」を探る】


 ——カルディアの街、夕暮れ時。


 空がオレンジ色に染まり、建物の壁に長い影が伸びる。

 西日が石畳を照らし、行き交うNPCたちのシルエットが柔らかく揺れていた。


 店の扉が閉まり始め、露店の商人たちは残った商品を整理している。

 酒場の扉が開き、NPCたちが決まった時間に店へと足を運ぶ。

 それはまるで、予定調和のような動きだった。


 探偵は、そんな光景をぼんやりと眺めながら呟く。


「……カリカチュアだな。」


 デフォルメされた世界。

 リアルなようで、どこか作り物じみている。


 まるで舞台劇のセットのように、NPCたちの行動には規則性があり、無駄な動きがない。


 いや、それ自体はMMORPGとして当然のことだろう。

 だが——


 何かが、違う。



---


「おいおい、何をしみじみしてんだよ。」


 エコーが宙を漂いながら、不思議そうに探偵を見上げる。


「別に深い意味はないさ。」


 探偵は歩き出し、街の外れを流れる川へ向かった。


 日が沈みかけ、カルディアの街は夕闇に包まれ始める。


 だが、探偵の脳裏には、今のエコーの反応が残っていた。


(……やっぱり、何かを隠しているな。)


——この世界のどこかに、"答え"がある。


---


【川の違和感】


 カルディアの街を抜けた先に、川が流れていた。


 水面は夕陽を映し、穏やかに光を反射している。

 川沿いには背の低い草が生い茂り、水辺には小石が転がる。

 時折、魚らしき影が水中を跳ね、波紋を広げていく。


 一見すると、何の変哲もない、美しい景観だった。


 だが——


 探偵はふと足を止める。


「……変だな。」



---


【川の違和感】


「何が?」


 エコーが興味なさげに問い返す。


 探偵は、じっと川の流れを見つめながら、軽く顎に手を当てた。


「この川、流れる場所がおかしい。」


「……は?」


 エコーが怪訝そうな声を漏らす。


 探偵は、川岸の地形を確認しながら、指を軽く動かす。


「普通、川ってのは"河岸段丘"を形成するものだが……」

「この地形には、それがない。川がまるで"溝"のように流れているだけだ。」


 エコーが、少しだけ探偵の言葉に詰まる。


 確かに、この川の流れはどこか不自然だった。

 地形に馴染むように流れるのではなく、まるで**「ただの一本の帯状の水」**が敷かれているかのように。


「ゲームの世界だし、リアルとは違うのは当然だろ?」


「まあな。」


「じゃあ、何が変なんだよ。」


 探偵は、まるで現場検証をするかのようにしゃがみ込み、川の水流をじっと観察する。


「水の流れが、地形の影響を受けてない。」



---


【"ただの動くテクスチャ"】


「……は?」


 エコーが困惑したように探偵を見下ろす。


 探偵は軽く指を川の水に差し込みながら、ゆっくりと説明する。


「本来なら、川は地形に合わせて蛇行したり、流れが速くなったり遅くなったりするものだ。

 周囲の土を削り、地形そのものを変えていく浸食作用もある。」


「……うん?」


「けど、ここではそうなっていない。"ただの動くテクスチャ"が貼られてるだけだ。」


 探偵が水に指をつけたまま、軽く手を振ると、わずかな波紋が広がる。


 だが——


 それ以上、水の流れに変化はなかった。


 まるで、**"決められたルートの上を、水がただ流れているだけ"**のように。



---


【エコーのツッコミ】


 エコーはしばらく探偵を見つめていたが、やがて大きくため息をついた。


「お前さぁ……」


「ん?」


「なんでゲームの川に"リアルの地形学"を持ち込んでんだよ!?」


「違和感があったから調べてるだけだが?」


「普通は気にしねぇよ!!! みんな"綺麗な川だなー"で終わるんだよ!!!」


 エコーが空中でバタバタと抗議するが、探偵はそれを聞き流すように、川岸を慎重に歩く。


 そして、水際の端に目を向けると、小さく笑った。


「ほう……面白いな。」


「な、なんだよ……?」


---


【川へのジャンプ】


 探偵は、水際ギリギリの場所に立ち、試しに小さく踏み切った。


 ふわりと宙に浮き、そのまま——


——ドボンッ!


 探偵の身体は、水しぶきを上げながら川の中へと沈んだ。


 沈黙。


 そして、しばらく無言で探偵を見下ろしていたエコーが、静かに口を開いた。


「……おい。」


「何だ?」


 探偵は水の中でゆっくりと立ち上がる。

 どうやら、このゲームでは川の中でも普通に移動できる仕様らしく、デバフやスタミナ消費は特にないようだった。


 水は膝下までの深さで、足を動かすと波紋が広がる。


「お前さ……まさか"川の端にバグがある"とか思って飛び込んだのか?」


 探偵は濡れた服を払いながら、適当に肩をすくめた。


「何かあるかと思ったんだがな。」


「何もねぇよ!!! そりゃ、ただの川だろ!!」


 エコーが空中でぐるぐる回りながら、頭を抱える。



---


【探偵の遊び方】


「お前、普通にクエストやらずに"物理エンジンの穴探し"してんのか!?

 なぁ、ホントにゲームする気ある!?!」


 探偵はちらりとエコーを見上げる。


 川の中、水に濡れたまま、静かに息をつく。


「楽しんでるよ。」


「ウソつくなぁぁぁ!!!?」


 エコーのツッコミが街の外れに響く中、探偵はもう少し川岸を歩いてみようかと考えるのだった。


---


【バグエリアへの侵入】


 カルディアの街の外れ、川の中。


 夕闇が濃くなり、赤紫色に染まった空が水面に映り込む。

 風が吹けば波紋が揺れ、魚影がその隙間を縫うように泳いでいる。


 探偵は川の中をゆっくりと歩いていた。

 水の冷たさはない。

 この世界では、温度の概念は「演出」としてしか存在しないのだろう。


 ——だが、演出のはずの水流が、あまりに単調だった。



---


【川の違和感を再確認】


 探偵は、水面の揺れ方をじっと観察する。


 波が地形の起伏に合わせて変化することもなく、ただ一定のパターンで繰り返されている。

 現実の川のような、"流れの強弱" や "水の圧力" を感じない。


 ただ、視覚的に「流れている」だけの風景——


 それは、この世界の"リアルさ"を強調するための、完璧な演出に見えた。

 しかし、あまりに「整いすぎている」ことが、かえって不自然だった。


 ——そして、その違和感が決定的な瞬間が訪れる。


(……ん?)


 足元の感触が変わった。


 沈むような感覚。

 水中なのに、「落ちる」という現象が発生している。


 探偵は静かに片膝をつき、水面に手を伸ばした。

 その場所だけ、「透過判定」 がズレていることに気が付く。


(なるほどな……)


 慎重に足を踏み出す。


 少しずつ体重をかけながら、そのポイントへゆっくりと沈み込むと——


 探偵の身体が、水の中へと"滑り込んだ"。



---


【バグエリア侵入成功】


 水の中、視界がぐにゃりと歪む。

 水面の向こう側に、カルディアの街の光が揺らめいている。


 だが、自分が今いる場所は、明らかに通常のエリアとは異なっていた。


 水の透明度が異常に低くなり、まるで"削除されかけた世界" に迷い込んだような雰囲気が漂う。


 音が吸い込まれるように静かだ。

 足元には、通常の川底には存在しないはずの古びた石造りの柱が埋もれている。


 ここは、"通常の地形データの外" だ。



---


【エコーの反応】


「はぁ!? おいおいおいおいおい!!!」


 エコーの叫び声が、かすかに水面越しに響いてくる。


 探偵が沈んだ場所の上で、エコーがぐるぐると飛び回っていた。


「……何やってんだよ、お前!! どこ行った!!?」


 探偵は水の中から手を伸ばし、軽くヒラヒラと振る。


「エコー、お前の知識では、ここはどういう場所なんだ?」


「知るか!! そんな場所、普通のプレイヤーは行かねぇんだよ!!」


 エコーは焦ったように、探偵が沈んだ場所を何度も往復する。


「ちょっ……マジで戻ってこい!! ここ、"仕様外" だろ!!!」



---


【エコーの動揺】


「お前の知らない場所があるってことか。」


 探偵が水中から問いかけると、エコーの動きが一瞬止まった。


 まるで、その言葉に何かを突かれたかのように。


「……いや、まぁ、そりゃ……このゲーム、オープンワールドだし? 知らない場所くらいあるだろ……?」


 エコーは努めて平静を装うように言う。

 だが、普段と違い、その口調はどこか不安定だった。


(やっぱりな。)


 探偵はエコーの反応を確認しつつ、さらに水中の奥へと進んでみる。


 すると——


 目の前に、"あるはずのない" オブジェクトが浮かんでいた。



---


【削除データの痕跡】


 水中なのに、まるでそこだけ"空気"が存在しているかのような、不思議な空間。

 その中心に、街の遺跡の一部らしき構造物 が沈んでいた。


 崩れた柱、半分埋もれた壁の破片。

 明らかにこのエリアには属さない"削除されたはずのデータ"。


(……なるほど、そういうことか。)


 探偵は水中に足をつけたまま、静かに思考を巡らせる。



---


【エコーの本音がポロリ?】


「……なぁ。」


「ん?」


「なぁ、お前、本当に何を探してるんだよ?」


 エコーの声が、珍しくいつもの軽さを失っていた。


 これまで何をしていても、ツッコミと軽口で済ませていたエコー。

 だが、今の声には、それがない。


「ただのバグ探索なら、もう充分だろ? ……このまま進むのか?」


 探偵は、ふっと微笑む


「さて、どうするかな。」


 探偵の答えを聞いたエコーは、しばらく沈黙した後——


「……はぁぁぁ……ま、もう好きにしろよ。」


 と、少しだけ投げやりに呟いた。


 だが、その言葉とは裏腹に、エコーは探偵のすぐ近くを漂い続けていた。


 まるで、「もし何か起きたらすぐ対応できるように」しているかのように。


——そして、探偵は削除データの痕跡を辿るため、水中のさらに奥へと進んでいった。



---

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