↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/20

プロローグ:フルダイブ


VRゲーム《ネオイロス》へのログイン



 視界が暗転した。

 身体から重さが消え、輪郭まで曖昧になっていく。耳の奥では、波音にも鼓動にも似たノイズが響いていた。


《システムチェック完了》

《脳波接続安定》

《ダイブプロセス開始》


 闇の中に光の粒が浮かぶ。

 星のように瞬いていたそれらが集まり、地面と空を形づくった。

 世界が切り替わる。


《ログイン完了》


 目の前に、村の広場が広がっていた。

 石畳を囲むように木造の家々が並び、その向こうでは風車がゆっくりと羽根を回している。川のせせらぎに木の葉の音が重なり、風には土と草の匂いまで混じっていた。

 探偵は片手を握り、足元を踏みしめた。

 触覚に遅れはない。自分の身体を動かすのと、ほとんど変わらなかった。


(これがVRMMOか)


「ようこそ、《ネオイロス・オンライン》へ!」


 軽快な声とともに、白く光る小さな物体が目の前へ飛び出した。

 丸みを帯びた身体に、大きな目。人の形ではないが、表情も身振りもやけに豊かだった。


「オレの名はエコー! プレイヤーサポートAIにして、頼れる相棒さ!」


 宙で一回転し、胸を張る。


「冒険の案内から相談相手まで何でもござれ。まさに万能のAIナビゲーター!」


 探偵は黙って見ていた。

 反応がないことに気づいたのか、エコーの動きが少しだけ鈍る。


「ま、まあ、質問があれば何でも聞いてくれ。ゲームの基本くらいは知ってるよな?」


 返事を待たず、説明を始めた。


「操作は簡単だ。手を動かせば手が動くし、歩けば歩く。視線を向ければメニューも出せる」


 試しに目を動かすと、半透明の画面が浮かび上がった。


《プレイヤーネーム:未設定》

《レベル:1》

《HP:100%》

《装備品:なし》

《所持金:500G》


 ひと通り眺め、画面を閉じる。


「おいおい。まずは装備だろ」


 エコーが足元を指した。

 初心者用らしい木の剣が、石畳の上に転がっている。


「ちゃんと拾って装備しろよ」


 探偵は木剣を見下ろした。


「邪魔だろ」


「は?」


「こんなものを持ってどうする」


「戦うんだよ!」


 エコーの目が見開かれた。


「剣なしで、どうやってモンスターを倒すつもりだ?」


「素手でいい」


「よくない! お前、RPGをやったことないのか?」


 探偵は肩をすくめた。


「必要になったら持つ」


「必要になるのが今なんだよ……」


 エコーの声を聞き流し、村の外へ視線を向ける。


「せっかくログインしたんだ。まずは村を回ろうぜ。住人から話を聞いて、クエストを受けて、装備を整える。それが基本だ」


「そうか」


「そうだよ」


「なら、行くか」


「お、分かってきたな。まずは――」


 探偵はそのまま村の出口へ歩き始めた。


「……は?」


 背後でエコーの声が止まった。

 次の瞬間、白い影が猛スピードで追い越し、目の前へ回り込む。


「待て待て待て!」


 探偵は脇を抜けようとしたが、エコーも同じ方向へ動いて道を塞いだ。


「村人と話して、装備を整えて、ポーションの一つでも買ってから外へ出る。それが普通だろ!」


「そうか」


「その返事で進むな!」


 構わず歩き続ける。


「本当に初期装備なしで行く気か?」


「駄目なのか?」


「駄目に決まってるだろ!」


 エコーの制止を振り切り、探偵は村の外へ出た。

 石畳が途切れ、足元が柔らかな土へ変わる。

 草の茂る道は、そのまま森へ続いていた。

 しばらく進んだところで、探偵は足を止めた。

 風の音が乱れた。

 遠くの枝が揺れ、草むらで小石が転がる。


(何かいる)


 茂みから、赤茶色の影が飛び出した。


《スカーレットウルフ LV.3》


 低く唸りながら、狼型のモンスターが一直線に迫ってくる。

 飛びかかってきた爪を、身体をひねってかわす。

 すれ違いざま、側頭部へ蹴りを入れた。

 衝撃はあった。

 狼もわずかによろめいた。

 だが、頭上に表示された体力は減っていない。


(……何だ?)


 命中している。それなのに、攻撃として処理されていない。

 考える間もなく、狼が向き直った。

 同時に、背後から別の気配がした。

 左右の茂みから、さらに二匹が姿を現す。

 前の一匹を避けて後ろへ跳ぶ。そこへ側面から二匹が飛びかかってきた。


《ダメージ HP-35》


 爪が肩を裂いた。

 痛みは鋭いが、現実のものとはどこか違う。そう認識した直後、背中に衝撃を受けた。


《ダメージ HP-30》

《ダメージ HP-40》


 地面が迫る。


《YOU DIED》


 視界が白く弾けた。




   *



 次に目を開けると、村の広場に戻っていた。

 足元には先ほどと同じ石畳があり、風車も変わらず回っている。


(これがリスポーンか)


「……ぷっ」


 顔を上げる。

 目の前で、エコーが震えていた。


「あっはっは! お前、何やってんだよ!」


 とうとう堪えきれなくなったらしく、宙を転げ回る。


「本当に装備なしで外へ出たのか?」


「ああ」


「しかも蹴ってたよな? 武器もないのに、なんで攻撃できると思ったんだよ」


「当たっていただろ」


「当たっただけだ! ダメージは入ってなかっただろ!」


 エコーは腹を抱えるように丸まった。


「初ログインして、即死亡。見事な初心者ぶりだったな」


 探偵は黙って、その笑い声が収まるのを待った。


「笑いすぎだ」

「いや、これは笑うだろ。お前、面白いな」


 まだ小さく震えながら、エコーがこちらを向く。


「それで、次はちゃんと装備するよな?」


 探偵は少し考えた。


「検討しておく」


「まだ持たないつもりか!」


 エコーの声が広場に響く。

 少なくとも、この世界の仕組みをもう少し知る必要はありそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。