探偵じゃなくて、公務員です
飴色のテーブルを真ん中に挟んで、梨沙とルーカスは向き合った。テーブルの上で湯気を上げるケトルと茶菓子だけを見れば平和なお茶会そのものだが、向かい合う二人の顔はお茶会なんていう雰囲気ではない。かたや目の前の女性が何を話すのか、それを伺うようにゆったりと構える魔王がおり、かたやその魔王にどう切り出していこうか考えている公務員がいた。
見かけで言えば、少年と若い女性の対峙。しかしそこには張り詰めたような緊張感があった。
「最初に『リスリック』という名を聞いたのは、……勇者一行に出会ってすぐです」
「君はアルベリッヒに召喚されてすぐのこと」
「私が異世界から来たと知っていたんですか?」
「『敵』の情報はいつでも集めてるからね」
つまらなさそうな口調で吐き出し、視線を逸らした。
出会いをぼかした話への的確な返答に驚くが、それをおくびにも出さない。ポーカーフェイスはどちらかといえば得意な方なのだ。魔法がある世界で、同じ国内にいればそれもできる話なのかもしれない。
「彼女の名前はマリナ・リスリック。教会のもとで聖女として生き、魔法を得意とした少女です」
「そうだね。教会に選ばれた少女。聖なる乙女」
「……次に知ったのは、森に棲む魔女見習い、リアナ・リスリック。勇者レスリードの弟、エドワードの幼馴染の少女です。貴方と同じ、赤い髪を持っている」
「君が、昨晩あの地下室で探していた少女の名前だ」
「ええ。そして貴方が、ルーカス・リスリック」
「三人の役者は揃った。さてこの登場人物たちは、この舞台でどういう役割を持っていると君は見るんだい?」
さらにぱちんと指を鳴らすと、さっきまで机にあった地図が消え、チェス盤のようなゲームボードが現れた。その上にガラス瓶が三つ、そのうちの二つは赤い蓋で一つはスカートのように丸く広がり、もう一つはすらりとしている。もう一つは黄色の蓋で、これも丸い形。色で髪の色を表し、形で性別を表しているようだった。
それら一つ一つを見て、梨沙はゆっくりと口を開いた。
「三人は、家族、ですね」
疑問形ですらない。それが梨沙の行きついた結論だった。単純に姓が同じというだけではない。勇者たちがルーカスを倒さない理由を考えれば、おのずと結論は見えてくる。三人は家族……血の繋がり、もしくはそれにちかい絆があって、何らかの出来事を機に、ルーカスは魔へ、マリナは教会へと違う道を辿ることになった。リアナは赤い髪を持っているからどこかに身を隠している、というのが妥当だろうか。
だからこそ、マリナをはじめとする勇者一行は、魔王ルーカス・リスリックを殺したくはない。
「スタートとゴールは間違っていないけれど、いくつものミスがある。君の考えじゃ、僕には得しかないじゃないか」
梨沙の話を聞き終わったルーカスはそう評した。答えを知っているものの笑みは、憎たらしいが、今の梨沙には何が答えで何が間違っているかもう分からない。手元のピースはすべて繋いだ。
どこを間違えた?
三人のリスリック。聖女と、魔女と、魔王。赤髪と金の髪。
一度きっちり組み立てられたはずのパズルはいとも簡単に音を立てて崩れた。焦りで頭が真っ白になっていく。焦るな、落ち着けと自分に言い聞かせて、小さく深呼吸をした。
「根本的に違うことがある。だって、このゲームボードで踊っている役者は、二人なんだから」
その言葉が油断だったのか、ヒントだったのか、梨沙には分からない。けれど、零れた言葉は確かに梨沙に当てられていた。欠けていたピースがはまったような気分になる。気のせいかもしれない。けれど、止まっていた頭はクリアに動き出す。
景気づけに笑って見せる。ただの肩書きがこんなに頼もしく思える日もない。
「私、論理パズルは得意なんです。だって、公務員ですから」
秋野梨沙は、正真正銘、公務員である。