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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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第33話 鮮度を止める魔法の箱

中央大厨房の石畳に、ヘンドリック将軍の重々しい溜息が落ちた。


「……ユウ殿。お前の作るこの『極上とろみ薬膳スープ』が、疲弊した兵の心と身体を救う至宝であることは、このワシの舌と胃袋が痛いほど理解した」


空になったスープの器を見つめながら、老将軍は鋭い眼光に深い憂いの色を滲ませる。


「だが、この温かくて美味い飯を、極寒の北方大樹海で戦う最前線の兵士たちに届けるのは、現実問題として至難の業だ。どんなに丹精込めて作った熱々のスープも、あの氷点下の吹雪の中では、数十分でただの凍りついた岩の塊と化してしまうからな」


将軍の指摘に、隣に立つ第1大隊副官のクロードも、銀縁メガネを中指で押し上げながら険しい顔で頷いた。


「司令官閣下の仰る通りです。遠征先での熱源確保は、我々兵站部にとって永遠の課題であり、困難を極めます。凍りついた食材を解凍し、何百人もの兵士のために煮炊きするだけでも、膨大な魔力を持った魔石と大量の薪が必要となります。それを運搬する人員を割けば、結果として部隊の機動力を著しく削ぐことになってしまう」


クロードは小脇に抱えた黒革の『軍事記録ノート』を開き、パラパラと冷たい音を立ててめくった。


「だからこそ、兵站部は腐敗を遅らせるために極限まで水分を抜き、火を使わずに歩きながらでも摂取できる『塩漬けの干し肉』と『石のように硬い固焼きパン』を支給せざるを得ないのです。不味かろうが、血の匂いしかしないパサパサの肉だろうが……それが、現在の戦術と物理法則が弾き出した、兵站の限界なのです」


冷徹な参謀としての、計算し尽くされた絶望的なデータ。


彼自身も、その不味い食事がどれほど兵士の心と体力を削り取っているかを知っている。だからこそ、その無機質な声の奥には、参謀としての微かな苦渋と無念が混じっていた。


「……ええ、そうですね。兵站を管理する方々の苦労は、痛いほどわかります」


俺、南条悠は、かまどの火を落としてゆっくりとエプロンの紐を解きながら、静かに、しかし確かな自信に満ちた笑みを浮かべた。


「ですが、俺にはそれを解決できる、ちょっとした『魔法の箱』があるんですよ」


俺の言葉に、将軍とクロードがピクリと眉を動かす。


「ひょ~! 出たっすねマスターのチートスキル! このお堅い参謀メガネと将軍のおっさんの度肝を、完膚なきまでに抜いてやるっすよ!」


俺の白いコックコート風エプロンのポケットの中で、相棒のペティが青い魔石をチカチカと明滅させて嬉しそうに囃し立てる。


「魔法の箱、ですか?」


クロードは怪訝そうに目を細め、メガネのブリッジを光らせた。


「空間収納系の魔導具、もしくは特殊スキルのことでしょうか。確かに非常に希少な能力ですが、あれはあくまで空間を拡張し、重量を無視して持ち運ぶためのもの。内部でも時間は外界と等しく経過しますから、熱は数時間で奪われ、食材は数日で腐敗します。根本的な解決には至りません」


「理屈はそうでしょうね。でも、俺の持つこのスキルは、あなたたちの知っている常識とは、少しばかり性質が違うんです」


俺は右手を軽く前にかざし、自身の持つ唯一のスキル、『絶対鮮度アイテムボックス』を展開した。


スゥ……ッ。


何もない厨房の空中に、半透明の光の空間がふわりと浮かび上がる。


「空間収納スキル……! 魔法兵団や後方支援の兵站部隊でも、数万人に一人しか発現しない希少スキルを、ただの料理長であるあなたが持っていたとは……!」


クロードが驚きの声を上げるが、俺は静かに首を横に振った。


「ただの空間収納じゃありません。俺のアイテムボックスは……中に入れたものの時間を、完全に停止させることができるんです」


「なっ……!? 時間を、停止させるだと……!?」


ヘンドリック将軍が、目を大きく見開いて重いブーツで一歩前に出た。


「百聞は一見に如かず、です。俺の口から説明するよりも、あなたたちの目で、そして舌で直接確かめてもらうのが一番早いでしょう」


俺は光の空間の奥深くへと手を伸ばした。


そして、一つの木製のトレイを静かに引きずり出す。


コトリ。


カウンターの上に置かれたトレイを見て、クロードの動きがピタリと、まるで彼自身の時間が止まったかのように完全に停止した。


「こ、これは……」


トレイの上に乗っていたのは、こんがりときつね色に焼き上がったふんわりとした小麦のパンと、湯気を立てる熱々の具だくさん野菜スープだった。


ホカホカと立ち上る純白の湯気が、厨房のランプの光を反射して美しく揺らめいている。


オーブンから出したばかりの小麦の甘い香りと、ロックバードを煮込んだ濃厚な鶏出汁の匂いが、瞬く間に周囲の空気を満たしていった。


「ひょ~! それは三日前の朝、第5小隊のみんなに特別に焼いてあげたパンとスープの残りっすね! まるで一秒前によそったみたいに、信じられないくらい熱々っすよ!」


ペティの言う通りだ。


三日前に調理し、そのままアイテムボックスに収納しておいた朝食セット。


それが今、一ミリの鮮度も、一度の温度も失うことなく、作ったあの瞬間の完璧な状態のままここに出現したのだ。


「バ、バカな……。空間から取り出した瞬間に、濛々と湯気が立っているだと……?」


クロードは震える指先で、スープの入った陶器の器にそっと触れた。


「あっ……! 熱い……っ! 器が、今まさに火から下ろしたばかりのように、強烈な熱を帯びている……!」


銀縁メガネの奥の知的な瞳が、これ以上ないほどに限界まで見開かれている。


「信じられません……。最高位の魔力による保温魔法をかけ続けたとしても、これほどの熱量を三日間も維持することは不可能です。本当に、食材の時間が……完全に停止しているというのですか……!」


「理屈は抜きにして、まずは食べてみてください。味も、香りも、俺が作ったあの瞬間のままですから」


俺が微笑んで促すと、クロードは無言のまま木のスプーンを手に取り、熱々の野菜スープをすくい上げた。


そして、フーフーと軽く息を吹きかけてから、恐る恐る口へと運ぶ。


コクン。


その瞬間。


「ぬ、ぬぅ……っ!?」


クロードの細身の身体が、まるで強烈な雷に打たれたようにビクリと硬直した。


(な、なんだこの……細胞が歓喜に震えるような、異常なまでの鮮度は……っ!)


彼の口の中で、三日前に煮込まれたはずの野菜が、煮崩れることなく完璧な食感を保ったまま、ホロリと優しく崩れていく。


時間を置いて酸化すれば飛んでしまうはずのロックバードの出汁の香りが、抽出されたばかりの純粋な旨味として、舌の上で一気に弾け飛んだ。


「……はぁっ……あぁ……っ」


クロードの口から、先ほどの冷徹な参謀とは結びつかないような、とろけるような甘い吐息が漏れた。


「美味しい……。大根の甘みも、ハーブのビタミンも、スープのアミノ酸も、何一つとして劣化していない……。私の頭の中の計算式では、絶対にあり得ない事象だ……っ!」


ブツブツと成分の分析を口走りながらも、彼の理性のタガは完全に外れていた。

夢中でスープを飲み込み、傍らにあったこんがりと焼けたパンをちぎって口に放り込む。


サクッ、フワァ……。


「なっ……! パンの表面はカリカリのままなのに、中はしっとりと豊かな水分を保っている……っ! 密閉された保温箱に入れれば、自身の放つ蒸気で蒸れてベチャベチャになるのが絶対的な物理法則のはず……っ!」


もはや、知的参謀の理知的なプライドは完全に崩壊していた。


彼は自身のメガネが湯気で真っ白に曇るのも構わず、ただひたすらに、熱々で最高に美味い朝食を胃の腑へと流し込み続ける。


「ガハハハハッ!! どうだクロード! ワシの言った通り、お前の理屈やデータなど、ユウ殿の前では赤子同然であろうが!」


その見事なまでの食べっぷりを見て、ヘンドリック将軍が腹の底から愉快そうに大笑いした。


「ユウ殿! お前のその『絶対鮮度アイテムボックス』があれば、極寒の雪原であろうと、魔物が巣食う毒の沼地であろうと、いつでもこの厨房と同じ、熱々で最高に美味い飯が兵士たちに食わせられるということだな!?」


「ええ。何千人分でも、俺がここで熱々のまま収納して、戦場の最前線で取り出すことができますよ」


俺が力強く頷くと、将軍は興奮に顔を赤くして、両の拳を固く握りしめた。


「素晴らしい! 素晴らしすぎるぞ!! これで、我がアイゼン・ヴァルク騎士団の兵士たちは、凍った肉を涙を流しながらかじる地獄から、完全に解放されるのだ!」


一方、すっかりパンとスープを平らげたクロードは、ほうっと深い深い息を吐き出し、曇ったメガネを布巾で丁寧に拭き直した。


その手は微かに震え、瞳にはかつてないほどの強い光が宿っている。


「……ユウ殿」


クロードは、俺に向かって深々と、軍人として最も敬意を払う直角になるまで腰を折って頭を下げた。


「時間を完全に止めるストレージ……まさに兵站の完成形だ」


彼の声には、俺に対する絶対的な畏敬の念が込められていた。


「私は、数字と計算で全てを管理できると自惚れていました。ですが、あなたの料理と能力は、私のちっぽけな軍事ノートの枠を遥かに超えている」


クロードは顔を上げ、銀縁メガネの奥から真っ直ぐに俺を見つめた。


「あなたがいれば、この騎士団は……いえ、この国は救われる。ユウ殿、どうかこれからも、その素晴らしい力で我々を、そして兵士たちの命をお導きください」


「だから、大げさですよ。俺はただの料理人ですから」


俺が苦笑しながら頭をかくと、将軍もクロードも、もはや反論することはなく、ただ深く、深く頷き返してくれた。


要塞の最高司令官と、頭脳である第一参謀。


この二人を完全に味方につけたことで、俺の厨房は、真の意味でこの要塞の心臓部として機能し始めることになったのだ。


「さあ、クロードさん。胃袋も温まったところで、今日のお昼の分も持っていってください」


俺が微笑みながら、アイテムボックスから彼のために別のものを取り出そうとした、その時だった。


「……ユウ殿。少し、よろしいでしょうか」


不意に、クロードがいつもとは違う、どこか言い淀むような、歯切れの悪い声で口を開いた。


彼の視線は、先ほどから時折痛そうに押さえていた、自身の胃の辺りへと向けられている。


「実は……その、誠に恥ずかしいのですが……」


【次回予告】


冷徹な参謀クロードが、顔を赤らめてユウに密かなお願い!?


胃痛に悩む苦労人のために、ユウが究極の癒やし弁当を作る!


次回第34話「参謀に捧げる温かい弁当」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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