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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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第31話 メガネの奥の冷たい分析

嵐のように押し寄せてきたバルトさんたち第1大隊の出陣を見送り、中央大厨房には再び心地よい静寂が戻っていた。


かまどの奥でパチパチとはぜる薪の音と、換気用の小窓から吹き込む冷たい朝の風の音だけが、静かに響いている。


俺、南条悠は、男たちの熱気とガーリックの暴力的な匂いが染み付いた特大の鉄板を、綺麗に洗った濡れ布巾で丁寧に磨き上げていた。


「ひょ~! アニキ、今日の朝もとんでもない熱気だったっすね! 男たちの腹の底からの雄叫び、聞いてるこっちまで最高に痺れたっすよ!」


俺の白いコックコート風エプロンのポケットの中で、相棒のペティが青い魔石をチカチカと明滅させながら興奮気味に語りかけてくる。


「ああ。あいつらならきっと、過酷な北方大樹海の遠征でも全員無事に生きて帰ってくるさ。そのための腹ごしらえと気合いの注入は、完璧に仕上げたからな」


鉄板の焦げ付きをすっかり落とし終えた俺は、次の仕込みに取り掛かるべく、綺麗な湧き水を張った大鍋を新たにかまどの火にかけた。


その時だった。


コツ……コツ……、コツ……。


大食堂へと続く重厚な木の扉の向こうから、一切の乱れがない、規則正しく冷たい足音が近づいてきた。


バルトさんたちのような地響きを立てるような重い足音でも、ミーナちゃんのような軽快な足音でもない。


まるで時計の秒針のように正確で、感情の読めない足音だ。


ギィィィ……と、扉が静かに、しかし確かな威圧感を伴って開かれた。


「……おはようございます、ユウ殿。朝早くから失礼します」


そこに立っていたのは、細身の体躯に黒髪を短く整えた、冷徹な雰囲気の青年だった。


深い紺色の軍服をシワ一つなく隙なく着こなし、光を反射する銀縁メガネの奥には、氷のように冷ややかで知的な瞳が光っている。


第1大隊の副官であり、バルトさんの右腕を務める苦労人の参謀、クロード・レーヴェだ。


「おはようございます、クロードさん。バルトさんたちは先ほど出陣されましたが、お見送りですか?」


俺が布巾で手を拭きながら穏やかに声をかけると、クロードは中指でメガネのブリッジをクイッと押し上げた。


「ええ。本隊長の出立を見届けた後、本日はあなたに直接お話を伺いたく、こちらへ参りました」


クロードはゆったりとした足取りでカウンター席へと歩み寄り、小脇に抱えていた無機質な黒い革張りの『軍事記録ノート』を、コトリと音を立ててテーブルに置いた。


その表情は相変わらず氷のように冷ややかだが、時折、彼が片手で自身の胃の辺りを無意識に押さえているのを、俺は見逃さなかった。


(……酷い胃痛を抱えているな。顔色も青白い)


過酷な最前線で、あの豪快で猪突猛進なバルトさんの手綱を握り、部隊全体の兵站と戦略を一人で管理しているのだ。報告書に追われ、満足な食事も睡眠もとれていないのだろう。彼の抱えるプレッシャーとストレスは、計り知れないものだ。


「俺に、話ですか? 料理の要望なら何でも聞きますよ」


「……要望ではありません。現在、我がアイゼン・ヴァルク騎士団において、極めて不可解な現象が起きています。私は参謀として、その原因を究明する義務があるのです」


クロードはノートを開き、ページをパラパラと冷たい音を立ててめくった。


「ひょ~……マスター、なんかこの人、すっげぇお堅くて面倒くさそうな堅物参謀っすね。厨房の空気が一気に冷凍庫みたいに冷たくなったっすよ」


ペティが小声でぼやくが、俺は軽くポケットの上からペティを叩いて黙らせ、かまどの火を弱火に調整して彼に向き直った。


「不可解な現象、ですか?」


「数字は嘘をつきません、ユウ殿。まずはこの一ヶ月間における、エレノア小隊長率いる第5特務遊撃小隊のデータです」


クロードは無機質な声で、ノートにびっしりと書き込まれた数値を読み上げ始めた。


「魔物討伐における任務達成率、前月比150パーセント向上。それに反比例し、部隊の負傷率および疲労蓄積係数は劇的に低下。さらには、隊員たちの睡眠深度と肌の水分量データまでが、過去に類を見ない異常なほどの改善を見せています」


クロードの銀縁メガネが、厨房のランプの光を反射してキラリと鋭く光った。


「戦場において、局地的な練度の向上はあり得ます。しかし、小隊全員がこれほど劇的に、しかも短期間で心身ともにピーク状態を迎えるなど、軍事学の常識では到底説明がつきません」


俺はただ静かに、かまどの上の大鍋へと向き直りながら彼の言葉を聞いていた。


「そして今朝。私が所属する第1大隊の兵士たちの士気係数が、死地への出陣直前にも関わらず、過去最高数値を計測しました。彼らの胃袋に収まった『何か』が、戦局を根底から左右するほどの異常なバフ効果をもたらしている」


彼はノートをパタンと閉じ、鋭い視線で俺を真っ直ぐに見据えた。


「ユウ殿。あなたがこの厨房に赴任して以来、騎士団の兵站データは完全に私の計算式を逸脱しています。兵站なき精神論はただの無駄死にです。しかし、あなたの提供する食事は、兵站の枠を超えて兵士の生存率を直接引き上げている」


クロードは胃を押さえていた手を離し、カウンターに身を乗り出した。


「一体、彼らに何を食わせたのですか? 未承認の魔法薬、あるいは特殊な興奮剤でも混入しているのではないかと、私は疑わざるを得ない」


冷徹な参謀からの、厳しい査問。

一歩間違えれば、軍の規律違反として処罰されかねない鋭い追及だ。彼にとっては、計算外の要素はすべて不安の種なのだろう。


だが、俺は焦ることも、怒ることもなく、ただ静かに微笑んでかまどの上の大鍋へと向き直った。


「魔法薬なんて、そんな大層なものは使っていませんよ。俺はしがない料理人ですから」


「では、あの異常な数値の向上をどう説明するつもりですか?」


「ただ、食材の命と真っ直ぐに向き合って、食べる人が一番美味しく、そして身体に負担なく吸収できるように、当たり前の手間をかけているだけです」


俺は自身のスキル、絶対鮮度アイテムボックスを展開した。


光の空間から取り出したのは、ロックバードのガラを丁寧に血抜きして下茹でし、乾燥させておいたもの。


そして、大樹海で採れた旨味成分の塊である数種類の干しキノコと、ミネラルをたっぷりと含んだ良質な岩塩だ。


「ペティ、お前の出番だ。最高に澄んだ『黄金の出汁』を引くぞ。抽出の温度とタイミング、ミリ単位で教えてくれ」


「任せるっすマスター! この理屈っぽい堅物参謀に、本物の旨味ってやつをデータごと直接叩き込んでやるっす!」


俺は冷たい湧き水を張った鍋に、干しキノコとロックバードのガラを静かに投入した。


シュンシュンシュン……。


静かな厨房に、お湯が沸き立つ優しい音が響き始める。


「マスター! 今っす! 沸騰する直前の、一番旨味成分が溶け出しやすい温度帯をキープするっす! 決してグラグラと煮立たせちゃダメっすよ!」


「了解だ。アクを丁寧に引きながら、雑味のない純粋な旨味だけを抽出する」


俺はお玉を使い、鍋の表面に浮かんでくる細かな白いアクを、魔法のように滑らかな手つきですくい取っていく。


火加減をごく微小に保ち、食材が鍋の中で静かに呼吸するのを助けるように。


次第に鍋の中のお湯は、透き通るような美しい琥珀色へと変わり始めた。


それと同時に、これまでのバルトさんたちに出した暴力的なニンニクや魔獣の脂の匂いとは全く違う、どこまでも深く、優しく、五臓六腑に染み渡るような『和風出汁』の香りが、ふわりと立ち上る。


「……っ」


カウンター席に座り、厳しい目を向けていたクロードの肩が、ビクッと跳ねた。


彼の手が、再び無意識のうちに、キリキリと痛む胃の辺りへと伸びている。


「な、なんだ、この香りは……。肉を焼くような直接的で野蛮な匂いではないのに、鼻腔を抜けた瞬間、脳の緊張が一気に弛緩していく……」


クロードの冷静だった声に、微かな動揺と戸惑いが混じっていた。


「出汁、ですよ。クロードさん」


俺はアクをすくいながら、静かに答えた。


「食材が持つ旨味成分……あなた流の言葉で言えば、アミノ酸の結晶のようなものです。極度の疲労に苛まれ、ストレスで荒れ果てた胃袋には、強い味付けの肉よりも、この澄んだ出汁が一番の特効薬になります」


俺は火から鍋を下ろし、目の細かい清潔な布を使って、琥珀色のスープを別の小鍋へと静かに濾していった。


トクトクトク……。


不純物が一切混じっていない、キラキラと黄金に輝く極上のスープ。


俺はそれを小さな白い陶器のカップにたっぷりと注ぎ、クロードの目の前へとそっと差し出した。


「朝早くからのデータ分析、本当にお疲れ様です。クロードさんも、バルトさんたちの手綱握りで随分と胃に負担をかけているでしょう。まずはこれを一口、飲んでみてください」


「……私を、買収しようというのですか。私は軍の規律に従い、厳正な調査を……」


クロードは警戒するように目を細め、言葉で抵抗しようとした。


だが、カップから立ち上る、どこまでも深く優しい香りの前では、彼の強固な理性の盾も長くは保たなかった。


「……」


彼は銀縁メガネを直し、ほんの少しだけ震える指先でカップを持ち上げた。


黄金色の液体を見つめるその瞳には、疑念と、抗えない本能的な欲求が入り交じっている。


「毒や魔法薬が入っていないか、私の舌で直接解析させてもらいます」


負け惜しみのような言葉を吐き捨て、クロードはフーフーと軽く息を吹きかけてから、琥珀色の出汁を口へと流し込んだ。


コクン。


静まり返った厨房に、彼が喉を鳴らす音が響いた。


【次回予告】


冷徹な参謀が口にした、琥珀色に輝く黄金の出汁!


一口飲んだ瞬間、クロードの計算式が音を立てて崩れ去る!?


次回第32話「異次元の回復数値」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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