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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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第12話 不気味な根菜と職人の眼

「バカな! マンドラゴラは猛毒を持つ魔植物だぞ! 致死量の毒を孕んだそれを、まさか……料理にするつもりか!?」


静かな中央大厨房に、薬術士リリスの悲鳴に近い声が響き渡った。


大きな丸メガネの奥にある彼女の瞳は、恐怖と驚愕で限界まで見開かれている。

彼女の細い指先が震えながら指し示しているのは、分厚い木製のまな板の上に無造作に転がっている、一つの奇妙な根菜だった。


大樹海の奥深くで採掘されたというその植物は、まるで手足を持った小さな人間が身をよじっているような、ひどく不気味で歪な形をしている。

表面は黒黒とした泥にまみれ、ごつごつとした茶褐色の分厚い皮からは、鼻の奥をツンと突くような、強烈に青臭い土とアクの匂いが漂っていた。


「ひょ~! メガネの言う通りっすよマスター! 俺の『食材直感』も、さっきからガンガン致死量の警報を鳴らしてるっす!」


俺のエプロンのポケットから顔を出した相棒のペティが、青い魔石を激しく明滅させて警告する。


「あの茶色い皮のすぐ下には、神経を瞬時に麻痺させる強烈な毒素がビッシリと詰まってるっす! 迂闊に刃を入れるのも躊躇われるレベルのヤバい代物っすよ!」


ペティの言葉を聞いて、リリスはさらに顔を青ざめさせた。


「喋る魔導具の言う通りだ! マンドラゴラは、少しでも調理法や分量を間違えれば、一口で全身の血が凍りついて死に至る劇薬だぞ!」


リリスは慌てて俺の方へと駆け寄り、ぶかぶかの黒いローブの袖を必死に振り回した。


「今すぐそれをかまどの火に投げ込んで破棄しろ! 貴様、いくら料理の腕が良くても、命知らずにも程がある……っ!」


必死に訴えかけるリリスの言葉を、俺、南条悠は静かに聞いていた。

そして、手元にある綺麗な濡れ布巾で、マンドラゴラの表面にこびりついた泥を、愛おしいものを扱うように優しく拭き取ってやる。


「……ユ、ユウ? 貴様、私の話を聞いているのか?」


「偏見だけで、素材の命を捨てるな。毒と薬は紙一重、美味さも同じだ」


俺は低い声で静かに呟き、マンドラゴラを手に取って、そのずっしりとした重みと感触を手のひらで確かめた。


普段の気弱な厨房のおじさんの顔ではない。

食材の奥底に眠るポテンシャルを極限まで見極めようとする、料理人としての鋭く冷たい視線。


俺のその眼差しを見た瞬間、リリスはビクッと肩を震わせ、言葉を失った。


「どんな不気味な食材にも、必ず命が宿っている。毒があるからといって、最初からゴミのように切り捨てるのは、俺たち職人の勝手なエゴですよ」


俺はマンドラゴラの歪な根の先端を、指で軽く弾いた。


コンッ、と中身がしっかりと詰まった、水分を多く含んだ良い音が鳴る。


「前世……いや、昔俺が修業していた場所にも、猛毒を持った丸い魚がいました。肝や卵巣にほんの少しでも触れれば、呼吸が止まり確実に命を落とす危険な魚でした。でも、正しい知識と研ぎ澄まされた技術で一切の毒を取り除けば、他には代えがたい極上の旨味と食感を味わえたんです」


俺はリリスの大きな丸メガネをまっすぐに見つめ返した。


「このマンドラゴラも同じだ。ペティの直感によれば、この分厚い毒の皮とアクの層の奥深くに、上質な澱粉と、信じられないほどの甘みが眠っている」


「あ、甘みが……? あの猛毒の塊の奥に……?」


「ああ。きちんと毒を抜き、アクを完全に取り除けば、冷え切った体を芯から温める、極上のポタージュスープに化けるはずなんだ」


俺の言葉を聞いて、リリスは信じられないといった顔でマンドラゴラを見つめた。


彼女の薬術士としての常識では、マンドラゴラは敵を殺すための毒薬の材料か、あるいは鎮痛剤としてごく微量を使うための危険物でしかない。

それを「美味しく食べる」などという発想は、狂気の沙汰だった。


「だ、だが……! 皮を剥いただけで毒が抜けるわけがない! 繊維の奥深くにまで染み込んだ毒素と強烈なエグみは、ただお湯で煮込んだだけでは決して消えないぞ!」


「ええ、その通りです。ただお湯で茹でるだけじゃ、口が痺れてとても食べられないでしょうね」


俺はペティの柄をしっかりと握りしめ、冷たい湧き水で白銀の刃先を清めた。


「だからこそ、あなたの知識が必要なんです、リリスさん」


「……えっ?」


俺の突然の言葉に、リリスは間の抜けた声を漏らした。


「俺は食材の扱い方や包丁の切り方は熟知していますが、この異世界の植物が持つ複雑な毒の性質までは分かりません」


俺はかまどの火力を細かく調整し、銅製の鍋にたっぷりの湧き水を張った。


「あなたは薬術士として、日々誰よりも真剣にハーブや毒草と向き合っていると聞きました。このマンドラゴラの神経毒を完全に中和し、エグみを消し去るための『調合』を、俺に教えてくれませんか?」


リリスの丸メガネの奥の瞳が、大きく見開かれた。


彼女はこれまで、要塞の人間から「不気味な毒使い」と呼ばれ、いつも遠巻きに避けられてきた。

彼女の持つ深い知識は、誰かを傷つけるための恐ろしいものだと、誰もが偏見の目を向けていたのだ。


それなのに、目の前のこの男は。

自分の知識を心から頼りにして、命を育む『料理』のために力を貸してほしいと、頭を下げている。


「わ、私に……毒抜きの調合を聞くというのか……?」


「はい。あなたがいなければ、このマンドラゴラを最高のスープにすることは絶対にできません」


俺が真剣な顔で深く頷くと、リリスの血の気のなかった白い頬が、ポンッと音を立てるように真っ赤に染まった。


「ふ、ふん……! 一流の料理人のくせに、しがない薬術士の私に教えを乞うとは、ずいぶんと素直な男だな……っ」


リリスは真っ赤になった顔を隠すように、深緑色のボサボサの髪の毛をいじりながら、少し早口でまくし立てた。


「マ、マンドラゴラの毒は強いアルカリ性に傾いている! だから、酸性の強いハーブと、中和剤となる純度の高い木の灰を正確な分量でお湯に溶かせば、毒素だけを分解して抽出できるはずだ!」


リリスの瞳に、先ほどまでのダウナーな生気のなさは微塵もない。

自分の専門分野について熱く語る彼女の姿は、とても生き生きとして輝いていた。


「灰と酸性のハーブですね。ネルおばちゃんのところで買った『レモン・グラス』の代用品ならあります。灰は、このかまどの白樺の灰が使えそうです」


「ああ、それで十分だ! お湯の温度は沸騰させすぎないようにギリギリを保て! 毒が揮発して目に染みるからな!」


リリスの的確な指示に従い、俺は鍋の中にレモングラスと少量の灰を落とし込んだ。

お湯がふつふつと泡立ち、爽やかな酸味のある香りが厨房に広がる。


「よし、ペティ。いくぞ」


「任せるっすマスター! リリスの指示通り、毒の詰まった分厚い皮だけをコンマ一ミリの精度で削ぎ落としてやるっす!」


俺はマンドラゴラをまな板の上に置き、ペティの刃を滑らせた。


スゥ……ッ、スルスルッ。


静かな厨房に、石のように硬い皮が、まるで柔らかいリンゴの皮を剥くように途切れることなく剥がれ落ちていく心地よい音が響く。


「なっ……!?」


リリスが息を呑んだ。

薬術士の小刀でもノコギリのようにギコギコと切らなければならない魔植物が、俺の手とペティの刃にかかれば、面白いようにスパスパと剥かれていくのだ。


「ひょ~! すっげぇっすマスター! メガネの言う通り、皮のすぐ下にあるエグみの層が、刃先から完全に伝わってくるっすよ!」


皮を剥き終えたマンドラゴラの中身は、外見の不気味さからは想像もつかないほど、純白で艶やかな美しい果肉だった。

切り口からは、みずみずしい澱粉質の水分が滲み出している。


「これを、リリスさんの指示通りの分量で切り分けます。火が均等に通るように、同じ大きさに揃えて」


トントントントンッ!


まな板の上で、小気味良い包丁の音が弾ける。

切り分けられた真っ白なマンドラゴラの果肉を、俺はリリスが調合したハーブと灰の入ったお湯の中へと静かに放り込んだ。


ジュワァァァ……ッ。


お湯の中で果肉が踊り始めた瞬間、鍋の表面に毒素を含んだ不気味な緑色の泡がブワッと浮き上がってきた。

だが、白樺の灰とレモングラスの酸がそれに触れた途端、シュワシュワと音を立てて分解され、瞬く間に無害な白いアクへと変わっていく。


青臭かった強烈なエグみの匂いが、ハーブの香りに包み込まれて一瞬にして消え去った。


「……すごい」


カウンターから身を乗り出して鍋の中を覗き込んでいたリリスが、ぽつりと呟いた。


「毒の気配が、完全に消散していく……。私の調合の知識と、貴様の恐ろしいほどの包丁の技術が合わさって、あのマンドラゴラが……ただの純粋で美しい食材に変わっていく……」


彼女は信じられないものを見るような目で、鍋の中で透き通っていく白い果肉を見つめていた。


「俺一人の力じゃありませんよ」


俺は浮き上がった白いアクを丁寧にお玉ですくい取りながら、リリスに向かって微笑んだ。


「あなたの知識は本当に素晴らしい。薬草の成分をあれほど正確に把握し、瞬時に調合の比率を導き出せるなんて、一流の職人の眼ですよ」


「い、一流の職人……私が……?」


「ええ。あなたのおかげで、このスープは絶対に最高のものになります。助かりました、リリスさん」


俺が心からの感謝と称賛を真っ直ぐに伝えると、リリスの動きがピタリと止まった。

彼女の大きな丸メガネの奥の瞳が、みるみると潤んでいく。


「わ、私の知識が……誰かを傷つけるんじゃなくて、料理の役に立って……人に感謝されるなんて……」


リリスは両手で顔を覆い、深緑色の髪の毛の後ろへと身を隠すようにギュッと縮こまった。


「ば、バカを言うな! 私はただ、毒の性質を教えただけだ! 勘違いするな、このお節介なコックめ……っ!」


声は震え、ボサボサの髪の隙間から見える耳の先端までが、茹でダコのように真っ赤に染まっている。

いつもは不気味だと言われ、遠ざけられてきた彼女が、自分の知識を真っ直ぐに褒められて、どう反応していいか分からずパニックを起こしているのだ。


「ひょ~! 出たっす! 小隊長に続く、メガネの照れ隠しっすね! 素直になればいいのに、可愛いところあるじゃないっすか!」


ペティの冷やかしに、リリスは「うるさい、喋るな魔剣!」と涙声で抗議の声を上げた。


厨房には、コトコトとマンドラゴラが柔らかく煮える優しい音と、ハーブの爽やかな香りが満ちている。

毒と偏見に包まれていた不気味な根菜は今、俺たち職人の手によって、誰かを笑顔にするための極上のご馳走へと生まれ変わろうとしていた。


「さあ、ここからが本番ですよ。完璧にアクが抜けたら、これを丁寧に裏ごしして、たっぷりのミルクとバターを加え、黄金のポタージュに仕上げます」


「裏ごしした芋に……ミルクと……バター……!」


リリスの喉が、ごくりと大きな音を立てて鳴った。

もう彼女の瞳に、マンドラゴラに対する恐怖は微塵もない。


あるのは、これから完成する温かくて甘い至高のスープへの、純粋な期待と食欲だけだった。


【次回予告】


アク抜きが完了したマンドラゴラが、極上のポタージュへと姿を変える!

濃厚な甘みとバターの香りに、毒使いの少女がついに陥落!?

次回第13話「毒を美味さに変える魔法」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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