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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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第1話 埃かぶる名刃と職人の手

王国の北方にそびえ立つ、最前線要塞都市『アイゼン・ヴァルク』。


魔物たちが蠢く大樹海に隣接するこの無骨な要塞の中郭区、その片隅にひっそりと佇む薄暗いガラクタ倉庫の中で、俺、南条悠は深く、重い溜め息をついていた。


「……見事に、剣と斧と槍しかないな。どれもこれも、人を殺めるための重い鉄の塊ばかりだ」


カビと鉄のサビが混ざり合った埃っぽい空気を吸い込みながら、俺は山のように無造作に積まれた武具をかき分けた。


前世で一流ホテルのシェフとして十五年の下積みを経て、亡き親父が遺した実家の大衆食堂を守り抜いた俺にとって、この異世界での厨房環境は、料理人として到底耐え難いものだった。


兵士たちは日々、魔物との命がけの戦いで心身ともに疲れ切り、食事をただの『栄養補給の作業』として無表情にこなしている。

誰も、食事に喜びや温もりを見出していないのだ。


硬い魔物肉は血抜きもされず、ただ火に放り込んで靴底のようにパサパサに焼くだけ。

野菜は泥付きのまま適当にちぎられ、スープという名の濁ったお湯にぶち込まれる。


親父が作ってくれた温かいスープ。

そして、俺が作った料理を食べてホッと息をつき、「明日も頑張ろう」と笑ってくれた食堂のお客さんたちの笑顔。

あそこでお客さんたちの笑顔を見ることが、俺の人生のすべてであり、生きがいだった。


その笑顔を、この殺伐とした異世界でもう一度取り戻したい。

そう決意して、俺はこの要塞の中央大厨房の料理長を引き受けたのだが……。


何より致命的なのは、この巨大な要塞の厨房には、まともな『包丁』がただの一本も存在しないことだった。


「これじゃあ、食材の細胞が完全に潰れてしまう。大事な旨味や水分が全部逃げ出して、ただの腹を満たすだけの餌になってしまうじゃないか」


刃こぼれした長剣や、血がど黒くこびりついた手斧を弾き除けながら、俺は厨房で使えそうな小ぶりの刃物を探し続けていた。

料理は、食材への敬意から始まる。その第一歩が、よく切れる包丁なのだ。


その時だ。


「……おい、そこの冴えないおっさん」


「ん?」


「そうだよ、あんただよ! なにさっきから俺の周りのガラクタを漁ってんだよっす!」


甲高く、威勢のいい声は、俺の足元に転がっていたひび割れた木箱の奥から聞こえた。


埃にまみれ、他の武具の下敷きになっていた一本の短い刃。

装飾こそ古びて黒ずんでいるが、刃の表面には青いルーン文字のようなものが微かに明滅している。


「喋る……短剣?」


「ただの短剣じゃないっすよ! 俺はかつて数多の戦場を震え上がらせた恐れられし魔剣、いや魔短剣っす! 迂闊に触ると呪いで怪我するっすよ!」


俺は威勢よく叫ぶその小さな刃を、迷わず素手で拾い上げた。


「ああっ!? ちょっとおっさん、素手で触るなって……あれ?」


短い刃が、ピタリと小刻みな震えを止める。

柄に埋め込まれた青い魔石が、パチパチと戸惑うように瞬いた。


「……なんだよ、この手。ごつごつしてて、分厚くて、傷だらけで……すっげぇ温かいっすね」


「十五年物の包丁ダコと、大量の油はねの火傷の痕だ。料理人にとっては勲章みたいなものだよ」


俺は着ていた白いコックコート風エプロンの裾で、刃にこびりついた分厚い埃を優しく拭き取った。


「お前、すごくいいサキしてるな。薄くて鋭くて、これなら食材の繊維を崩さずに、スーッと綺麗に入りそうだ」


「しょ、食材って……俺は血を吸う呪いの武器っすよ!? 鎧の隙間を縫って敵の命を刈り取る、恐ろしい存在なんすよ!?」


「いや、俺の目には、野菜や果物を剥くのに最適な最高のペティナイフにしか見えないな」


「ペ、ペティ……!?」


俺は静かに笑いかけ、反発して青い光を点滅させる彼をエプロンのポケットに入れ、自身が預かる中央大厨房へと連れ帰ることにした。


広々とした冷たい石造りの中央大厨房に戻った俺は、さっそく三種類の砥石をカウンターに並べた。

荒砥、中砥、そして仕上げ砥。


冷たい湧き水を桶にたっぷりと汲み、砥石に十分に水分を含ませる。


「ちょっとおっさん!? 何する気っすか! 俺をどうする気っすかー!」


「少し錆が浮いているし、長年の刃毀れもある。俺の相棒として働くために綺麗に研いでやるから、まな板の上でじっとしてなさい。まずは荒砥で長年の欠けを修正する。痛いかもしれないが我慢しろよ」


「ひえっ! マスター、手加減お願いするっす!」


「安心しろ。撫でるように、だが確実に刃筋を整えてやる」


俺は冷たい水を打ち、刃の角度を指先で慎重に見極めながら、静かに砥石の上を滑らせた。


シュッ、シュッ、シュッ。


だだっ広い静かな大厨房に、リズミカルで心地よい研ぎ音が響き渡る。


「ひょ~!! そ、そこ! そこそこ! すっげぇ気持ちいいっす!」


「……あまり変な声を出すんじゃない。手元が狂うだろう」


「だって、こんなに丁寧に全身を扱われたの、生まれて初めてなんすよ! ああ~、刃の先まで研ぎ澄まされていくっすぅ!」


荒砥で形を整え、中砥で刃先を鋭くし、最後の仕上げ砥で鏡のように滑らかに磨き上げる。


しばらく研ぎ続けると、埃まみれだった刃は、朝の光を反射するような眩しいほどの白銀の輝きを取り戻した。

表面に刻まれた青いルーン文字が、まるで心地よく呼吸するように美しく瞬いている。


「よし、これでいいだろう」


「すげぇ……俺、こんなにピカピカだったんすね。体が羽根みたいに軽いっす!」


「ペティナイフだから、今日からお前の名前はペティだ。よろしくな、ペティ」


「安直すぎないっすか!? まぁ、マスターの手はすっげぇ温かくて気持ちよかったから、特別に許してやるっす!」


さて、切れ味を試す時間だ。


俺は自身のスキル『絶対鮮度アイテムボックス』を展開し、保管してあった新鮮な根菜や色鮮やかなハーブを取り出した。

市場のネルおばちゃんのところで仕入れた、土の匂いが残る力強い野菜たちだ。


「さっそく、お前の力を貸してくれ。野菜の飾り切りでテストをする」


「まかせるっす! 俺のスキル『食材直感』を舐めるなっすよ!」


ペティの柄の魔石が、青く鋭く光る。


「マスター! その赤い根菜、皮のすぐ下に強烈なエグみがあるっす! 厚めに剥いて、中心の甘いところだけを使うっすよ!」


「なるほど。お前の直感は的確だ。助かるよ」


トントントントンッ!


分厚い木製のまな板の上に、軽快で心地よい音が弾ける。


「す、すげぇ……」


まな板の上で踊る自分自身の姿に、ペティが驚きの声を漏らす。


俺の手の中で、まるで木の根のように硬かった異世界の根菜が、面白いように薄く透き通るようにスライスされていく。

ペティの切れ味は、俺の想像を遥かに超える最高のものだった。


俺の十五年に及ぶ下積みの職人技術と、ペティの『調理限定切断』という鋭い力が合わさる。


ペティの直感のナビゲートに従うだけで、見慣れない異世界の野菜が、まるで俺が何十年も扱い続けた大根や人参のように素直に切り揃えられていくのだ。

食材の繊維が一切潰れず、断面からはみずみずしい水分がキラキラと滲み出していた。


「マスター、あんた何者っすか!? この包丁捌き……神業っすよ! 俺がまるで自分の手足みたいに動くっす!」


「ただの冴えないおじさんシェフさ。お前の素晴らしい直感のおかげで、一番美味い部分だけを残せた。次はハーブだな」


「マスター、その緑の葉っぱ! それはそのまま食べると舌が痺れる毒があるっす! でも、軽く火で炙ってから細かく刻めば、最高の香辛料に化けるっすよ!」


「ほう、火を通すことで毒素が揮発して香りに変わるのか。面白いな」


俺はさっそくかまどの魔導コンロに火をつけ、ハーブをサッと直火で炙った。


パチパチという微かな音と共に、ミントとバジルを合わせたような、清涼感の中にスパイシーさを含む香りが爆発的に弾けた。


「すげぇ! マスター、炙るタイミング完璧っす! 焦げる一歩手前の最高の状態っすよ!」


「お前のナビゲートが的確だからさ。よし、これをドレッシングのベースにしよう」


切り出した野菜に包丁を入れていく。

花びらのように象った飾り切り。極細の千切り。

それぞれの食感が一番活きる形へと、次々に姿を変えさせていく。


ガラスのボウルにそれらを移し、細かく刻んだ炙りハーブをたっぷりと散らす。

特製の香草ビネガーと良質なオリーブオイル、そして少量の砕いた岩塩を振りかけ、手早く和えた。


シャキッ、パリッ。


ボウルの中で新鮮な野菜が軽やかに踊る。

ハーブの清涼感ある香りと、ビネガーの食欲をそそる爽やかな酸味が、冷たい厨房いっぱいに弾けるように広がった。


「うわぁ……なんか、すっげぇいい匂いがするっす……。俺、刃物なのに唾液が出そうっす……」


「『飾り切り野菜と冷菜』の完成だ。見た目も華やかで、疲労が溜まって食欲がない時でもさっぱりと食べやすい」


白い皿の上に立体的に美しく盛り付けられたそれは、まるでテーブルの上に咲き誇る一輪の花のようだった。

みずみずしい野菜の断面が、厨房のランプの光を反射して宝石のようにキラキラと輝いている。


「……マスター」


不意に、まな板の上に置かれたペティの声が震えた。

柄の青い魔石から、ぽたり、ぽたりと水滴のような光の粒がこぼれ落ちる。


「どうした? どこか無理な使い方をして、刃が痛むところでもあったか?」


「違うっす……俺、今までずっと、誰かを傷つけるためだけに使われてきたんすよ。血の生臭い匂いと、人の恨み声しか知らなかったっす」


ペティの声は、しゃくり上げるように小刻みに震えていた。


「でも……マスターの温かい手は、こんなに綺麗に、命を輝かせるために俺を使ってくれた……!」


俺は布巾で手を拭き、ペティの白銀の柄を優しく握りしめた。


「当たり前だ。包丁は命を生かす道具だ。命を奪う剣と一緒にすんじゃねぇ!」


俺の力強い言葉に、ペティはついにワァッと声を上げて泣き出した。


「うわぁぁん! マスターぁぁぁ! 俺、ずっとマスターの包丁でいるっす! 一生ついていくっすよぉ!」


「ああ、よろしく頼む。これから忙しくなるぞ、相棒」


泣きじゃくるペティを布巾で優しくなだめながら、俺は完成した冷菜の皿をカウンターテーブルにそっと置いた。

広々とした冷たい厨房の空気が、今はビネガーとハーブの爽やかな香りで優しく満ちている。


ずっと一人ぼっちだった異世界で、初めて心強い相棒ができた。

俺の料理の腕と、このペティの直感があれば、きっとこの要塞の荒みきった食卓を変えていけるはずだ。


「さて、明日の仕込みの準備でもするか。まずは硬い魔物肉の筋切りからだ」


「おうっす! マスターの指示なら、ドラゴンの硬い皮だって玉ねぎみたいにスパスパ切ってやるっすよ!」


一人と一本の間に、頼もしい笑い声が響く。


その時だった。


ギィィィ……ッ。


大食堂へと続く重厚な木の扉が、重苦しい悲鳴のような音を立ててゆっくりと開いた。


「……こんな夜更けに、誰かいるのか?」


冷たく、しかし酷くかすれた張り詰めた声。


そこに立っていたのは、白銀と紺の装飾甲冑を纏った一人の若い女騎士だった。


サファイアブルーの澄んだ瞳には深い疲労の色が滲み、今にもその場に倒れそうな重い足取りで、彼女は厨房から漂う香りに引き寄せられるように、じっとこちらを見つめていた。


【次回予告】

意地っ張りな孤高の白銀小隊長が登場!

「武人に食事の味など不要!」と強がる彼女に、職人のまかないが炸裂する!?

次回第2話「孤高の銀髪小隊長」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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