ep5 紙飛行機
ちなみに、兄・フェリックスは魔法が使える。
「魔法?ああ、少しくらいは鳴らせるぜ。極めるつもりは毛頭ねぇが、使える音が多いに越したことはねぇからな」
エリクが兄にその問いを投げたのは、自身の検証を一通り終えた後のことだ。
「みせて!」
「へいへい、ちょっとだけだぞ?」
フェリックスは弟の手を引き、広大な庭へと連れ出した。
ここが、本日のステージ、もとい稽古場というわけだ。
「よーく見とけよ。今の俺が鳴らせる中で、いっちばんイカしたやつだからな!」
「荒ぶる大気の精よ、我が身を包みて高みへと運べ。空を舞え――『エア・グライド』!」
集中という名のチューニング。
直後、フェリックスの肉体はふわりと宙に浮いた。
彼はそのまま、重力を無視して縦横無尽に、かつ変幻自在に空中を駆け巡ってみせた。
「どうだ?なかなかイカしてるだろ?」
「わぁ!すごい!すごいー!」
エリクははしゃぐ。無邪気さを演出する。
けれど、エリクの内面はしっかり冷静だった。
(うわぁ、あんな中二病みたいな詠唱を口にしなきゃいけないのかよ……。さては、だから僕がどれだけイメージしても発動しなかったんだな。けれど待てよ。僕が時間を止めるときにはそんな詠唱はしていないぞ……)
その後、「お前もやってみるか?」という兄の誘いに乗り、最も初級な風魔法『ウィスパー』を教えてもらうこととなった。
「いいか、エリク。詠唱はこうだ。優しき風の精よ、我が指に集まれ――『ウィスパー』!」
兄の指先から、文字通りささやかな風が生じ、エリクの髪をふわっと揺らす。
「わかった、やってみる!」
「……優しき風の精よ、我が指に集まれ――『ウィスパー』」
何も起きない。
兄の燃えるような赤毛を、せめて一筋でも乱してやろうと、ぐっと力を込める。
少しだけ動いた気もするが、それはきっと、兄が単に身じろぎしただけのことだろう。
微風が吹いた様子は、ない。
「……ダメみたい」
「ははっ!そんな簡単に出来りゃ苦労しねぇって。それにお前、まだ適正検査も受けてねぇだろ?風が鳴るかどうかも、これからじゃねぇか」
それから、フェリックスは弟のためにいろいろと魔法を見せてあげ、休日を一緒に遊んであげた。
遊びが、そのフィナーレを迎えようとしたとき。
「見ろ、ここに一枚の紙があるだろ?こいつに願い事を書いて飛ばすんだ。お前はまだ字が書けねぇから、代わりに俺が書いてやるよ」
「──『世界中の音を知り尽くす!』っと。さて、お前はどうする?」
「そうだなぁ。じゃあ、兄ちゃんみたいに──『かっこよく生きる!』にするよ」
「ははっ……そいつは大層な願いだな。けどまぁ、悪くねぇじゃねぇか」
フェリックスは、その二枚のただの紙を折り、紙飛行機を作り上げる。
そして、風魔法を使って空高くまで飛ばした。
二枚の紙飛行機は、同じ方向へ飛んでいき──やがて、視界の境界線の向こうへと消失した。
それを、エリクとフェリックスは肩を並べて、ただ眺めていた。
────
幼い頃のエリク・リンドベルクはこの日の事を忘れなかった。
とても大切な思い出として、残した。
同じ空を見上げ、同じ方向を見つめ、同じように未来に期待を寄せる。
それを、同じ血を分け合い、同じ屋根の下で過ごした兄と共に興じたこと。
たとえ。
その紙飛行機が数秒後には墜落して泥にまみれる運命であったとしても。
その未来を一緒に見たという事実。
それだけで、僕と兄の絆はきっと永遠に繋がる、そう信じたのだった。
フェリックスは魔法を「鳴らす」と独特な表現をしています。
これは、音楽に生きる彼にとってはごく自然な事で、他人には理解されません。




