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三百二十六話 梟雄乱舞

 まさか上手く行くなんて、実は毛ほども思っていなかった。

 恒例にもなっていない降霊術、イン北方草原の巻。

 私の身体の主導権が、覇聖鳳はせおのクソバカに奪われてしまった。


『ふうん……?』


 微笑して深く息を吸い、空気の味を確かめるように瞑目した覇聖鳳。

 すぐ再び目を開け、周囲の状況を確認して、私に訊いた。


『汚え女がハナ垂らして泣きべそかいて、みっともねえったらねえな。いったいお前はどうして欲しいんだ?』


 いちいち物言いが癇に障るヤローだ!


「決まってんでしょそんなの! きょうさんに一発ぶちかますんだよ! とりあえずこのおぞましい死体の軍団をどうにかして!」

『知るか、ンなもん。面白くもねえ』

「素直に言うこと聞いてくれるとは思ってなかったけどねー!?」


 早くも身体内訣別の予感!

 どうやら喋る口に関してだけは、私と覇聖鳳で動作を共有できるらしい。

 唐突にわけのわからない独り芝居を始めた私を見て、翔霏しょうひがまず心配する。


「ど、どうした麗央那。頭でも打ったか?」

「まさかとは思うけど、こんな状況で寝ぼけて夢見てんじゃないだろなァ」


 軽螢けいけいも私を見て、気味の悪そうな眼差しを向けた。

 夢遊病に関しては常習なので、そう思われるのも仕方ない。

 

「つ、疲れが極限に達して、気がどうかしてしまったのでしょうか……?」


 想雲そううんくんに至っては、明確に憐憫の目で同情して来た。


「頭は多分大丈夫だから、気にしないで。ちょっとなんかいろいろ声が聞こえたり口走ったりしちゃうの。新しい持病みたいなもん」


 可哀想な子である自覚はあるけれどね、今はスルーしてください。

 三人の顔を順に眺めた覇聖鳳。

 ふんふんと頷いて、一つの案を出した。

 

『前を邪魔してる屍どもは、動きがトロいんだから今は放っとけ。どうせただの肉壁だ。後ろの、生きてる方の敵陣を突き破って軍師サマのとこに回り込むぞ』

「そんなこと言ったって、後方からも包囲されかかってじゃん……?」


 姜さんもバカではない。

 ゾンビの群れで通せんぼするだけでなく、当然のように別の隊を四方から寄せて私たちに迫らせている。

 疑問に答えるように、覇聖鳳に乗っ取られた私の腕が、ある方向を大刀の切っ先で指し示す。


『あそこが空いてんだろが』


 そこは小獅宮しょうしきゅうからの協力者たちが、模型飛行機や投石器によって、ドカンボカンと爆弾を投下しまくっている地点。

 敵陣を攪乱するために援護爆撃を畳み掛けてくれているところには、確かに敵兵は薄い……。


「ってまさか、あの爆弾の雨の中を通るつもり!?」

『他に道はねえだろ。目ぇ見えるか? 悪いのは目だけじゃなく首から上全部か?』

「罵倒を挟まないと会話ができないんかい! 親の顔が見たいわ! ああ見たわ!」


 こいつ、マジでなんにも変ってねえ!

 やっぱり物言わぬ怨霊のまま、その辺を害なく浮遊か地縛させとくんだったわい、クソ霊がよ!

 独り言と百面相して盛り上がる私を見て、呆気にとられる仲間たち。

 そんな空気お構いなしに、覇聖鳳は倭吽陀わんだの乗る馬の後ろに跨り、わしゃわしゃと愛息子の頭を撫でて言った。


『おう倭吽陀、でっかくなったな。他の兄弟たちと喧嘩してないか?』

「え、あ、あれ? へんなねーちゃんなのに、な、なんで? とうちゃんの、きがするの、なんでだ?」


 倭吽陀も目に見えないものを、なにかしら感じるタイプなのかもしれない。

 今の私が、単に口調や挙動が変わっただけの奇行に走っている狂女ではないと、察するものがあるのだろう。


『こんなつまんねー女のナリで悪いな。けどこれから、とうちゃんのカッコいいところ見せてやるからよ』


 言葉にできない絆や繋がりを胸いっぱいに感じ、目に涙を溜めた倭吽陀が、混乱しながら抱きついて来て言った。


「と、とうちゃん? とうちゃんなのか? あのよから、さとがえりしに、きたのか?」

『まあそんな感じだ。時間は短いけどな、今日は目いっぱい遊んでやるぞ。帰ったらみんなに自慢しろや』

「やったー! とうちゃんとあそべるんだー!」


 本当にこういうところは、可愛いだけの少年やのう。

 親はまったく可愛くないけど!


『じゃあ気合い入れて行くぞ! 泣きべそは終わり、狩りの時間だオラァ!』


 喝を入れられ尻を叩かれた倭吽陀。

 顔いっぱいにぱあっと泣き笑いの花を咲かせ、手綱を握り馬の腹を蹴る。

 まだ声変わりも遠い高い声で、大空に向かい叫んだ。


「とうちゃんだ! とうちゃんが、かえってきた! とうちゃんといっしょに、かりだーーーーーーーー!!」


 けしかけられた馬は瞬く間に最高速に乗り、爆弾が飛び交う平野へ真っ直ぐに突き進む。

 馬の制御は息子、武器を握るは父。

 道中を遮る敵の雑兵に、覇聖鳳が吠えかかる。


『どけどけ不細工ども! 色男のお通りだあーーーーーーーーーーーーッ!!』

「なぁっ!? て、敵が反転して来たぞ!」


 私の身体を操っているとは思えないほど、雄大に鋼の大刀を振り回し、群れ寄る敵を蹴散らしていく。


『おーーーーーらららららららぁーーーーーーー! クソつまんねえゴミどもは、小便垂らして国に帰りやがれーーーーーーーーーーっ!!』

「やがれーーーっ!」


 父子鷹おやこだかならぬ、実に楽しげな父子狗おやこいぬ、春の野原を我が物顔で疾走する。

 覇聖鳳の意識なのか怨念なのか霊なのか、私の身体に入って来たものの正体はわからないけれど。

 一つだけわかるのは、こいつを支えている芯にあるもの、内側から湧き上がるエネルギーの源だ。

 決して腕力体力や知識、技術、経験や実績なんかではない、別のなにか。

 圧倒的な生命力の奔流が、私の全身を駆け巡っている。

 きっとそれは、自分は他の誰でもない唯一無二の自分なのだという、確信の力。

 世界を愛し、世界からも愛されているという自負と矜持。

 この広い空の下にたった一人の、最高にカッコいい覇聖鳳サマなのだという、強烈過ぎる自己愛が、暴発寸前に私を満たしている。

 山より高く海より深い自己肯定感こそが、彼の本質であり、すべてなんだろう。


「くそう、気持ちいいじゃんかよ、この昂揚感は……!」


 脳内麻薬がドバドバ出っ放しで、恐怖も不安もなにもかも、置き去りにした風や景色とともに消え失せて行く。

 目に見えるものすべてが、私を祝福しているかのようにきらめいている。

 これが、覇聖鳳が見ていた景色。

 これこそが、私の宿敵が生きて、そして眠りに終えた世界!


「れ、麗央那に続くぞ! 想雲、両脇を守るんだ!」


 呆気にとられていた翔霏が、瞬時に気を取り直して後に続く。


「は、はい!」

「どうなってんだよいったい?」

「メェ~~~!?」


 想雲くん、軽螢も戸惑いつつ、火薬舞い散るまさに鉄火場へと走る。

 私たちの動きがあまりにも急なせいで、爆弾の投下が止む気配はない。

 そんなところに飛び込むだなんて、小獅宮の仲間たち、誰一人として想像もしてないだろう。

 けれど、それが良い、それだからこそみんなの虚を突けるのだ。

 奥義「びっくり」の最高の使い手である姜さんに、私と覇聖鳳を足して挑む!

 他の誰から見ても、そこは口を開けた地獄の釜だけれど。

 今の私にとっては、たった一筋、光り輝く勝利への架け橋だ!!


「あ、あかーん! 中軍、止めえや! 行かせたるんやないで!!」


 私たちの有無を言わさぬ方針転換に、珍しく焦るような声色で姜さんが指示を飛ばした。

 こちらの狙いを知って、爆薬の降り注ぐエリアに阻止の兵隊を向かわせたいんだろう。

 けれどいくら忠誠心が高いからって、集まっている兵士の大部分は良くも悪くもごく普通の、生きている人間なんだ。

 

「屍の兵隊じゃあるまいし、すぐさま火の海になんて飛び込めないよね!」


 そうであれという希望と、そのはずだという確信。

 両方の感情をないまぜにして、私たちは脇目も振らず突っ走る。

 よっぽど先を読んでないと、私たちの速さには追い付けないぞ、姜さん!!


「わーわわ! 死ぬ! 死ぬーーー!」

「メェェェ!?」


 すんでのところで爆撃を避けながら、なんだかんだ死にそうにない軽螢が喚いている。


「あああああ当たらなければ、どどどどどうということはありません!」

「安心しろ想雲! 直撃すれば死ぬときは一瞬だ!」


 勇気を絞り出しながら震えて進む想雲くんと、そんな努力もフイにしてしまいそうな身も蓋もないことを言う翔霏。

 精神一到何事か成らざらん、そんな境地で私も邪念を振り払い倭吽陀の騎馬術に身を任せている。


『ははっ、なるほどねえ』


 爽快に走っているとき、覇聖鳳が面白そうに納得した。

 

「なにか気づいた? こんな状況ですけど?」


 私の質問に、覇聖鳳は自嘲気味に口を歪めて答える。


『軍師サマはあの死兵どもを、ちょくちょく陽動や囮、伏兵に使ってたんだな。だから本人はいつも敵の虚を突いていきなり現れたように見えたんだろ』

「かもしれないけど、確証でもあるの?」


 私の問いに、覇聖鳳は懐かしい事件を引き合いに出して教える。


『俺サマが後宮に討ち入ったとき、急に降って湧いたように軍師サマの隊が現れただろ。司午家しごけのしかめっつらもいやがったか。俺サマの勘が鈍るわきゃねえのに出し抜かれたってことは、まあそういう仕掛けだ』

「そ、そっか。他のところで死兵たちを繰り出して騒ぎを起こせば、みんなの意識はそっちに持って行かれるから……」


 意識の間隙、ミスディレクションと言うやつだ。

 翔霏のような格闘の達人も、フェイントや目くらましでその手の戦術を使う場合がある。

 姜さんはそれを軍隊単位で行えるのか。

 今まで姜さんのその能力が他人に広く知られてなかったのは、ごく小規模にしか死兵隊を運用してなかったことと、それが自分の仕業だとは決して明かさなかったからなんだね。

 本当にピンポイントで、効果の見込めるとき、場合だけ選んでいたわけだ。


『ま、そのタネがわかっても、どのみち戦力差は変わらねえ。名軍師サマをぎゃふんと言わせるためにゃ、あと一つ二つ面白えネタが欲しいとこだな』


 話している最中。

 どごぉん! と私たちの真横に爆弾が落ち、土礫どれきを撒き散らす。


「ひいぃ!?」

「わー!」


 私と倭吽陀が悲鳴を上げる。

 今のは危なかった、至近弾ってやつだ!

 だんちゃーく、いま!

 そんな状況でも覇聖鳳はまったく上空を確認することなく、倭吽陀の身体を庇いつつ前だけを見て。

 とても、楽しそうに。


斗羅畏とらいーー! 元気そうじゃねえかこの野郎ーーーー!?』


 白髪部はくはつぶの砦を守り戦う、かつてのライバルを見つけて、呑気にも再会の喜びを伝えた。

 いや、挨拶は大事ですけれどね、泰学たいがくにも書いてある。


「な、なんだ? この爆弾の雨を戻って来たのか!?」


 仰天を伴って応じられた。

 もちろん、狂った私がさらに覇聖鳳などと言う厄ブツをその身に降ろしているなど、斗羅畏さんは思いもよらない。

 作戦変更に戸惑いつつ、こちらが次になにを指示するのか問うような顔で待っている。

 彼に頼みたいことは、私と覇聖鳳の間で完全に合致していた。


『砦の兵を全部、外に寄越せ! ここで決めなきゃどうせ負けなんだ! ケチケチしねえで男らしく、全部まるっとここの勝負に賭けやがれ!!』

「な……!?」


 わずかに、斗羅畏さんが逡巡する表情を見せた。

 ここが戌族じゅつぞくにとっての、最後の大事な防波堤である。

 この砦を姜さんの軍隊に抜かれてしまっては、白髪部の各地にある邑や町が蹂躙の憂き目に遭うのは必定だ。

 けれど、その状況こそは。

 私たちが何度も経験し、この身に沁みついている一手を指す最高のタイミングでもある。

 それを斗羅畏さんに教えるためにも、私は叫ぶ。


「敵がこっちを食べようとしているときこそ、こっちが敵の喉元に喰らいつけるとき! 斗羅畏さんも、腹くくってちょうだい!!」


 続けざまの怒声に煽り立てられて、斗羅畏さんは思案する。


「ここが、生死の境か……」


 すぐに決意の顔に移り、剣を高く掲げて言い放った。


「砦内外の全軍、門を開け! 敵本隊めがけて打って出る! ここが我らの牙を誇る場所だ!!」


 斗羅畏さんの号令に、敵味方問わず周囲の群衆がどよめく。

 今までさんざん、奸知やゲリラ戦を駆使して戦ってきたというのに、最後は真っ向勝負の殴り合いに突入するのだ。

 その判断が是か非かわからないのも無理のないこと。

 なんとか無事に爆撃エリアを突破したのは良いけれど、さてここからどうなるか。

 私の横に追い付いてきた翔霏も、不安材料を指摘する。


「砦の兵は、突骨無とごんの部下だろう。斗羅畏が決戦を告げたとしても従うのか?」


 その疑問をあざ笑うかのように。

 私の顔を性格悪げに歪めて笑いながら、覇聖鳳はきっぱりと言った。


『俺サマが目をかけた、あの斗羅畏だぞ? 侮ってんじゃねえよサル女』

「さ、サルっ……!?」


 私の顔をした存在に思わぬ罵倒を受けて、さすがの翔霏も混乱。


「あぁっ、砦の門が、開きます……!」


 想雲くんが指摘する先、今まで決して敵兵を通さなかった境界の門が、ゆっくり開く。

 その奥から瞳をぎらつかせ、今にも目の前の獲物に食って掛かりそうな面持ちの兵士たちが、先を競って飛び出す。

 まさに山犬の群れのように、咆哮した。


「行けえええええっ!」

「好き放題やりやがって! 歩いて帰れると思うなよ!」

「斗羅畏さまーーーー! 一緒に死のうぜーーーーーーーッ!!」


 平原を猛者たちの遠吠えが満たす。

 斗羅畏さんを中心に、殺気に満ちた人の波がうねりながら姜さんの本隊へ向かって行く。


『へっ、やっぱりあいつら、打って出たくてウズウズしてやがったな。そんな顔したバカばっかりだ』


 満足げに覇聖鳳が笑い、ああと納得した軽螢が言葉を繋ぐ。


「今までさんざん、北方を好きに荒らされて押し込まれっぱなしだったもんなあ。元々は阿突羅あつらさまの下で働いてたようなコワモテばっかりだ。早く反撃したくてたまらなかったんだな」


 覇聖鳳はこれを予感してた。

 白髪部の人たちだって、ただやられっぱなしで気持ちいいわけがない。

 戦場の呼吸、兵士の感情としては、どこかで一発、どっかんとぶちかましたかったに決まっている。

 その爆発力を発散させるきっかけを欲していたところに、そもそも白髪部の人民たちと縁の深い斗羅畏さんの下知である。

 満杯のダムが決壊する条件は、すべてそろっていた。

 覇聖鳳は再び目を閉じて、空気を肺一杯に吸い込んで、しみじみと言った。


『いいね、面白くなってきた。バカしかいないこの空間、最高じゃねえか』


 覇聖鳳の感想なのだろうか。

 それとも私自身の、本心からの吐露だったのか。

 境界はもう、あやふやになっている。

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