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山河の果て蒼穹の彼方、響いて届け私の聲よ ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第七部~  作者: 西川 旭
第三十七章 未来視のための演繹法

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三百二十七話 身命を賭して

 堅く砦を守っていた味方が、まさにはちきれて溢れ出す。

 喉も破けよとばかりの怒鳴り声と共に、男たちが飛び出して行く。


「敵の喉笛を食いちぎったらあ!」 

「俺だって、俺だってなあ! 手柄を上げたかったんだよーーーっ!」

「余所もんばっかりに、いいとこ持ってかれてたまるかーーーーーっ!!」


 指揮も統率もあったものじゃない。

 なのに不思議と彼らは、前を行く斗羅畏(とらい)さんに合流するように揃って続き、巨大な列を成す。


「ブチ当たれーーーーーー! 一歩も退くなーーーーーーーーーーっ!!」


 相変わらず、先陣を譲らないことにかけてはムキになる斗羅畏さん。

 ここでも真っ先に敵部隊正面に肉薄し、小細工なしの騎兵突撃を敢行する。


「お、押し戻せ! 絶対にここを抜かせるな!」

「銃を撃つな! 味方に当たる!」


 真っ向勝負の打撃戦。

 敵も味方も揉みくちゃに混じり合う、暴力の宴が始まる。


『おうおう気張ってらあ。相ッ変わらずうるせえやつだ』


 殺伐極まる光景を横目に、私の中に宿る覇聖鳳(はせお)は呑気だ。


「とーちゃん! おれたちもいかないのか?」

『あっちは斗羅畏に任せとけ。少しは美味いエサ残しておかないと、ヘソ曲げるだろあいつ?』

「そっかー、とうちゃんばっかりひとりじめは、とらいもおもしろくないかもなー」


 息子相手に良いリーダーの心得を指南してる場合かよ、とうちゃん。

 戦場に大きな動きが発生したため、敵も味方も位置関係をリアルタイムに変化させている。

 人の流れを見た想雲(そううん)くんが、一つの提案をした。


「混乱の背後に紛れ、隠れるように進めば、軍師どのいる本陣に近付けないでしょうか?」


 なかなか姑息でいいじゃん、そういう作戦好きよ、きみもわかってきたようだね。

 と私が言う前に、私の中の覇聖鳳がダメ出しする。


『んっだそりゃ? 司午(しご)の男は顔だけじゃなく言うこともつまんねえな? 斗羅畏が派手にかましてんだぞ。俺サマがもっと目立たなくてどうするよ』

「えぇー……」

 

 眉根を寄せて、表現しにくい声を漏らす想雲くんであった。

 ダメだコイツ、どんな局面でもハイリスクでハイリターンな茨の花道しか歩きたくないんか。

 仲間に見せ場を持たせることはしても、自分が主人公なのだという一点は絶対に譲れないんだな。

 って言うかぁ、私の顔と声で想雲くんを、しかも顔をイジるのはやめてもらえますかね?

 自分に跳ね返って来るだけだからね?

 ならば代わりの策を。

 と、珍しく空気を読んで現場を観察した翔霏(しょうひ)が、敵軍の端っこを指差して言った。


「斗羅畏の突撃に対応するため、敵の一部隊が厚くなりその他の隊が薄くなっている。突くならそこだろう」

『ま、そういうこったな。お前と司午の坊ちゃんは右から、俺たちは左から突っ込んで挟み撃つぞ。モタモタすんなよ』

「麗央那にはいろいろ詳しく訊きたいことはあるが、ま、後にしようか……」


 私の態度に首を捻りながらも、作戦自体は翔霏も納得する形に決まった。

 員数に加えられていない軽螢が「俺は?」という顔をして、自分自身を指差している。


「私たちの後ろから、せいぜい楽しげについて来てよ。死なないようにね」

「俺の扱い雑じゃね?」

「メェ!」


 今に始まったことではない苦情を無視し、私の視線は敵陣の一角へ。

 斗羅畏さんや砦の兵隊を押しとどめるために、衝突地点へどしどしと敵兵が集まっている。

 明らかに指揮系統が混乱している様子が見えた。

 突発的な激情の奔流に、敵も飲まれてしまっているのだろうか。

 その、まさに人が流れて移動しているうちの、ある一点。

 地形が開けて平坦なために、兵と兵の間隔が広い、いわば人の密度が薄い場所があった。


『よぉーし、ブッ込むならあそこだ。倭吽陀、ビビッてないか?』

「ぜーんぜん、へっちゃらだぞー! きょうはとーちゃんがいっしょだからな!」


 ほのぼのしたやりとりだ。

 けれど目の前に命がけの状況が続きっぱなしの上、この少年から父を奪ったのは他ならぬ私であることを考えると、複雑……。

 まあいいや、そういうややこしいことは終わった後にまとめて反省会するとしましょう!


『おっらぁ行くぞーーーーー! 斗羅畏にゃ悪ぃが、除葛(じょかつ)の首は俺サマが貰ったーーーーーーーー!!』


 ここは熟考の上、突撃であります。

 決断した私たちの行動は声よりも速い。

 私たちは斗羅畏さんたちが激闘を繰り広げている後方をぐるりと回って、手薄になった敵の左翼めがけて駆け抜ける。


「雑魚は私が払う! 余り前に出過ぎるな!」

『知ったことじゃねえーーーーーーーーーッ! 誰も俺サマに指図するなあああーーーーーーーーーっ!!』


 すっかり戦(いくさ)に酔っぱらった覇聖鳳は、翔霏の申し出もお構いなし。

 最後まで私が覇聖鳳に勝った気になれなかったのは、まさにここなのだ。

 こんなに自由で。

 ここまで勝手で。

 これほど好き放題生きている人間に、誰が敗北の砂を噛ませられるというのだろう。

 だからこそこの力で、姜さんに勝つ!

 最悪と最凶、マイナス同士の掛け算をはじいた私たちなら、姜さんに届くはずだ!!


「あ、あの女官の子だ!」

「捕えろ! 生け捕りにして軍師どののところに……うわああっ!?」


 私をただの麗央那だと思い込んでいる敵兵は、一瞬の油断が一巻の終わりを呼び寄せ、大薙ぎされた大刀の餌食となる。

 そうか、覇聖鳳はこれも計算の内に入れていたんだ。

 翔霏を先頭に行かせて露払いをさせると、敵陣はなおさらガチガチに守備を固めてしまう。

 けれどチンケでか弱いはずの私が先頭を突っ走ることで、敵の緩みを誘い、その中を突っ切るという戦術を産むことができる。

 戦場の昂揚に頭を茹で上がらせつつも、的確で合理的な手段を無意識に選択できる。

 これこそが、覇聖鳳の武人としての真骨頂なのだな。

 私たちが左側を走って敵陣をかき乱し、右側を行く翔霏たちが混乱した敵兵を蹴散らして進む。

 姜さんの用兵を理知的で整然とした詰将棋に例えるなら、覇聖鳳の行動は将棋盤を力尽くでひっくり返すような粗暴な荒業と言えるだろうか。


「あーもう! どうにでもなれー!」

「メエエエェェェッ!」


 軽螢が手持ちの燃料すべてを放り投げ、周囲に小さな火の海を作る。


「おっりゃーーーーー!」


 炎に怯んだ敵をあざ笑うかのように、倭吽陀は馬を高くジャンプさせてその頭上を飛び越える。

 あと少し!

 魔人が笑って立つその場所まで、山を越え海を越え、血と涙の川を渡って。

 

「もうすぐ、あなたに届く!」


 私が興奮してそう叫んだとき。


「簡単に行かせるな! 被害が出ても良いから撃て!」


 どこからか南部兵の大声と、火薬の破裂する銃声が聞こえて。


「あー! ちっくしょう!」


 絶望に満ちた倭吽陀の叫びとともに、私たちの乗っている白馬が派手にもんどりうって、地面を転がった。


「あいっだだだ!」


 草原の上に投げ出された私。

 口に入った土をぺっぺと吐き出しながら顔を上げる。

 馬の尻や太ももが、数発の銃弾を喰らったことを知る。

 今まで倭吽陀とともに、風のように速く北方を駆けて来た抜群の駿馬。

 奮闘あえなく、ここでその進みを止めてしまった。

 けれどそのピンチを瞬時に判断し、対処に移ってくれたのは想雲くんだ。


「僕の馬に乗り換えて! 倭吽陀くん、あとは任せたよ!」


 馬を降りて手綱を倭吽陀に渡した想雲くんが、敵兵の落とした槍を拾って仁王立ちする。


「角州(かくしゅう)左軍正使が嫡男、司午想雲ここにあり! 南部の暴兵どもよ、この首獲れるものなら獲ってみろ!!」


 名乗り上げの見事な口上は、幾ばくかの敵に「手柄になりそうだ」と認識され、彼らを引き寄せる効果をもたらした。

 MMORPGなんかでよくある「ヘイト管理」というやつだろうか。

 特定の味方を守るため、敵の攻撃を自身に集中させるムーブである。

 けれど想雲くんの勇敢さが寄せ付けたのは、なにも敵兵だけではなかった。


「角州の坊ちゃん、男を見せつけてくれんじゃねか!」

「あんな若造に負けてんじゃねえよてめえら、行くぞ!」


 正面突撃の波に少し出遅れて、手持無沙汰だった斗羅畏さんの部下たち。

 彼らが勇ましいことを口々に発しながら、想雲くんの助太刀に加勢するため集まって来た。


「みなさんありがとうございます! でも気を付けて! 無事に笑って戦いを終えましょう!」

「はっはは、あんた将来、良い将になるぜ!」

「ああ、斗羅畏の次くらいにはな!」


 迫る敵と切り結んでいるさなかだというのに、笑顔が混じる。

 生真面目で親切な彼の人柄が、大事な場面でこうして人を引き付ける力に変わるんだね。

 私たちも、彼の勇気に応えるためにここで決める!


「どうせ最後の最後まで、なにか小賢しい仕掛けをしているのだろうがな!」


 ヤケクソ気味に叫びながら、翔霏が長尺の鉄棍を振るい、詰め寄せる敵を薙ぎ払ってくれる。

 無事に想雲くんから馬を譲り受け。

 本当に、もう本当に目の前に姜さんを捉え、手を伸ばせば掴めそうと思った、そんな瞬間。


『おっと、また死骸の兵隊がお出ましか。ここで打ち止めだと嬉しいんだがな』


 ズモモと盛り上がる地面に気付き、覇聖鳳が刀を構えた。


「ばば、ばけもんなんて、あきあきだよなー! こわくなんか、ねーけど!」


 倭吽陀は強がりながら、馬の首根っこにしがみついている。

 地面が割れて、姿を現したのはしかしたったの、一体だった。

 ただ一人立つ、大柄な体躯の屍戦士。

 見慣れていると言っても良いくらい、あまりに何度も見た彼の姿、立ち振る舞いは間違えようもなく。


「ああ、そんな、そんなぁ……」

「ま、まさか」


 私と翔霏が目の前の状況に、愕然として言葉を失っているところに。


「れ、麗女史! 紺女史! ぬ、奴才と取っ組み合っていた柴(さい)将軍が、突然……!」


 傷だらけで息を切らして馬を寄せて来た巌力(がんりき)さんの呼びかけで、私はすべてを理解した。

 目の前の、身長2メートルを超えていようかという逞しい、今さっきまで生きていたのではないかと思わせるほどに力強い体躯のゾンビ。

 その頸動脈には、自決用と思われる小刀が刺さっていた。


「れ、蛉斬(れいざん)……」


 口を震わせ、やっとの思いで私はその名を呼ぶ。

 彼は、姜さんが操る骸の軍団に入るために。

 死してなお、戦い続けるために。

 巌力さんに勝てなさそうだ、そうでなくても手こずりそうだと悟るや否や、自分で自分を殺したのだ。

 最後の最期まで、姜さんを守って、一緒に戦い。

 自分で言っていた通りに、姜さんのために命の限りを使い尽くし、それでもなおさらに戦おうと……。


「こ、こ、この……!」


 歯ぎしりと、鉄棍をきつく握りしめる音が、隣にいる翔霏から聞こえた。


「救いようもない、大バカ野郎がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 怒号とともに死兵に立ち向かって行く翔霏。

 その瞳から雫が落ちて風に散ったのは、私の見間違いではない。

 私だって、あまりに悲しくて涙を止めることができず。

 視線の先、扇を構えてただ立っている姜さんに、こう問いかけることしかできなかった。


「これがお前の、やりたいことなのかよ、除葛姜ぉーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」


 私の絶叫と号泣に。

 やつは、ただ静かに微笑みを返すだけ。

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