三百二十話 敵ではない誰かの事情
苛烈な戦闘が行われた平野。
降参した敵兵を置き去りにして、赤目部と白髪部の境界区域へと出発した私たち。
小獅宮のみなさんが加わったことで、部隊の速度は遅くなった。
けれど医療班と、長距離爆撃隊を仲間に加えた形となり、全体としての戦力、人的資源は飛躍的に向上したと言えよう。
山泰くんと飛行同好会のあんちゃんたちが、誇らしげに見せびらかす。
「かなり遠くまで飛ぶ鳥の模型を作った。銃とか言う武器の弾が届かない遠距離からでも、敵陣めがけて模型に爆弾を括り付けて飛ばすことが可能だと思う」
「弩を改造した投射機もあるったい。石でも爆弾でも毒の入った壺でも、なんだってぶっ飛ばせるとよ」
「落下傘を使うのも面白そうばいねえ」
「上手いこつ風ば乗せちゃあ、一方的に攻撃できるったい」
物騒なオタクだな、こいつら……。
と物騒な女が自分を棚に上げて思う。
男子ってなんだかんだ、武器とか飛ぶものが好きよね。
私もオタクの端くれではあるけれど、そっち方面はあまり明るくない。
火縄銃について知ってたのも、単に戦国や幕末の歴史ネタの中に銃が頻出したからであって、銃そのものに興味があったわけではないのだ。
飛行機や戦車はまあ、実家が自衛隊基地に近かったから親しみあるけどね。
ああいうのは「形がカッコいいから」というミーハーな感想が主体。
「とっ捕まえた将軍さん、意識が戻ったみたいだぜ」
「メェ」
私のところに、軽螢が知らせに来た。
移動速度が下がったので、今はヤギの背に乗っている。
先の戦闘で捕虜にした、蹄湖三鬼将の一人、呪いの螺紋。
彼が話せる状態になったようだ。
あばらが何本か折れているけれど、内臓に異常はないという医療スタッフの見立てだ。
「よーし、じゃあ尋問の時間だあ。軽螢も一緒に来てよ。翔霏と斗羅畏さんも呼ぶけど」
私が誘うと、ハッキリしない顔で軽螢は頭後ろをかく。
「俺がいても、役に立たんと思うけど」
「無用の用ってやつだよ。気が緩んで話しやすくなるかもしれないし。あんたにはそういう空気がある」
「褒められてるんかなァ……」
私たちだけだと場が殺伐としすぎて、過度の拷問を止める役回りがいないからね。
と言うわけで私を含めて数人が、螺紋を運んでいる大きめの荷馬車に乗り移った。
もっとも、覚悟の決まった傷病兵相手に拷問なんてしないけどね、多分意味ないし。
「お加減はどうですか~」
よいしょと勢いをつけて、馬の背から箱形の荷車に乗り込む。
後部中央に、両手を後ろに縛られた螺紋が、胡坐をかいている。
私の呼びかけにちらりと目線だけ寄越して、再び俯き加減の瞑目に戻った。
「麗央那は優しいから手を出すなと言っているが、私は優しくないぞ。あまり生意気な態度を取らんことだ。私が誰だか知ってるだろ?」
続いて荷台に乗り込んだ翔霏が、冷静な声色で凄む。
螺紋はフンと鼻で笑って、言った。
「地獄吹雪か。姿が見えんからどこかで野垂れ死んだとばかり思っていた。俺に人質としての値打ちはない。情報も吐かん。さっさと殺すなり捨てて行くなりしたらどうだ」
荷馬車に並走する形で馬をゆっくり進ませている斗羅畏さんが、あからさまに不愉快な顔をして告げた。
「役に立たんと判断したらそのときは捨てて行く。野良犬のエサになるなり、仲間の下へ帰るなり勝手にするんだな。どのみちその怪我ではもう戦働きもできまい」
螺紋は巌力さんの投石を受けた際に、とっさに防御したのか、右腕を骨折していた。
手で印を結べなければ鈍化の法術も使えないし、あばらの骨折も大怪我なので歩くだけでもしんどいはず。
小獅宮の医療美女学僧軍団にしっかり手当をしてもらったとは言え、痛いもんは痛い。
さてなにから話題を進めようかと迷っていると、最後に荷車に乗った軽螢が、極めて軽い調子で世間話を振った。
「戒めの術を使えるってことは、八畜の未の氏族だろ? 俺、応ってんだ。兄さんは?」
確かに私たちは、螺紋の姓を知らなかった。
軽螢の言うように、結界や緊縛の法術を使える人は、高い確率で未氏にルーツを持つ。
羊は柵に囲われて生きる。
だから防御や障壁、行動の阻害をメインとした異能が発現しやすい、とのことだ。
あまりの邪気のなさに螺紋はいささか面食らって、つっけんどんに答えた。
不思議な空気に、答えさせられたとでも言おうか。
「蹄州塀氏だ」
「すげえな、いいとこのお坊ちゃんじゃんか」
どうやら日本で言うところの、地方に移った源氏の末裔、くらいの家格であるようだ。
同じ塀氏と言っても、翼州公や紅猫貴妃のお家とはずいぶん遠い関係だろうけれど。
「末端も末端、ただの田舎漁師に過ぎん。貴族だなんだと言おうものなら恥をかくくらいのな」
過去にご先祖さまが没落した、というところか。
同情する余地はあるけれど、きっとよくある話なのだろう。
軽螢のさりげない質問は続く。
「そんな田舎の川漁の兄さんが、なんだってこんな無茶で無理で無謀なことに足を突っ込んでるんだよ。豊かな南部で、地元の仲間と一緒にケラケラ笑って、楽しく暮らしてりゃよかったじゃンか」
私もそこが気になっていた。
蛉斬とそのお仲間を見ればわかるように、彼らは決して無軌道な暴徒にはなりえない。
実際に反乱蜂起を実行した今でも、規律を保って、まるで品格ある正規軍のように行動している。
攻撃すべき対象はあくまでも戌族だけ、しかも姜さんが指示した氏部族だけと割り切っていて、それ以外の地域を荒らしたりもしていない。
普通、反乱軍なんてのは司令官がいくら律しようと、行く先々で勝手な略奪を行い、婦女を暴行するものなのに。
まともな性質と、まともじゃない行動とが、チグハグなのである。
私たちが感じている「ズレ」を埋め合わせる要素が、なにかあるはずなのだ。
「ふ、豊かな南部、か」
私と軽螢、そして翔霏の顔を順に見比べて、螺紋は笑った。
明らかに、そんなことも分からないのかと、バカにしている顔だった。
軽螢にもそれが伝わり、むっとして反駁する。
「なんだよ、歯切れ悪いなァ。言いたいことあるならハッキリ言った方がいいぜ」
「お前たち、南部で農業を学んでいたのではなかったのか? なんとかと言う学者の下にまでついて」
螺紋は私たちが腿州で農業研修をしていた頃の話を持ち出した。
「ええ。それがなにか?」
「学んでいても分からないのであれば、救いようがないな」
そのとき、翔霏がキレて螺紋の髪の毛を掴もうとした。
「おい、調子に乗るなよ?」
けれどそれを察知して素早く止めに掛かる。
「どうどう! 抑えて! 我慢できる翔霏が好き!」
「しかしだな」
「ここで痛い目に遭わせても、きっとこいつはなにも喋ってくれないよ。それなら他愛ない雑談でもした方がマシだからさ。ね?」
「わかった。麗央那がそうまで言うなら耐えがたきを耐えるとしよう」
「そこまで大仰なものなのかな……」
私と翔霏が小芝居を演じている横で、軽螢は素直に、正攻法で相手と向き合っていた。
「俺バカだからよくわかんねえけどよ、南部は食いものもたくさん採れるし、美味いもんだらけだし、いいところじゃんか。俺も故郷のことがなければ引っ越したいくらいだよ」
「その収穫の多くが、黙って国に持って行かれているのを知らないわけはないだろう。南部の税率はお前たちが住んでる翼州や角州より高いんだぞ」
確かにそれは私たちも、籍先生の下で学んだ。
けれど、と思い私は意見を差し挟む。
「それは南部の方が圧倒的に、同じ面積の土地でも食料の生産高が上だから仕方ないでしょ。確か籍先生は、北部の生産量が向上するまでの、期限付きの税率だって教えてくれたよ。農薬とか肥料とか、作物の品種改良が進めば南部の税率を北部に合わせて下げることになってるんだって」
いわゆる時限立法と言うやつだ。
今だけちょっと、ご負担をかけるかもしれませんがいずれ改善するのでお待ちください、と言う感じね。
私の説明に、なにか触れるものがあったのか。
「く、くくく、ふははははは」
舞台俳優のような三段笑いを放ち、螺紋は声を大きくして言った。
「ならば聞いてやる! 北部の農作物が今より多く獲れて、南部の税が安くなるのはいつなんだ! その前に北方では戌の連中が人口を増やし、国境の脅威が増大しているんだぞ! 北辺の国境を守る翼州や角州の兵隊のメシを今まで必死に作らされていたのが、腿州であり、俺の地元の蹄州なんだ! お前らも、司午とかいう角州の武将も今までずっと、南部の人間が作ったエサで生きて来たんだろうが!!」
「そ、それは……」
私が言葉に詰まっているのに構わず、螺紋は感情にあらわにして叫ぶ。
「お前たちも相浜の街で学んでいたなら、見たはずだ! わずかなゼニを求めて、外の国のやつらと地元の若者が仕事を奪い合って、いがみ合っている様を!」
「あぁ……」
まだ記憶にも遠くない確執を思い出したか、翔霏が唸った。
確かに相浜の街は、出稼ぎ外国人と地元の人の喧嘩が絶えない街だった。
私たちはそれを、治安の悪い一部地域の問題としか認識していなかったけれど、きっと腿州の海沿いでは、当たり前に見られる光景なのだろう。
「アテにしていた海域の貿易も、お前たちと角州が奪って行っちまった! 挙句の果てに、北方では敵か味方かもわからん戌族が人口をどんどん増やし始めている! それに対処するメシとゼニの出所は、どうしたって俺たち南部の民になっちまうんだ! 俺の息子、いやその次の、さらにその次の代まで、南部は北部の都合で搾り取られて行く運命になっちまった! 大半の連中は一生、会わずに過ごすような、北の草原の馬乗り連中のせいで……」
そこまで行って、螺紋は荷馬車の床板にゴツンと頭を打つように上体を伏した。
泣いているのだ。
故郷が受けている仕打ちに、忸怩たる思いが涙になって溢れてしまった。
震える声で、悔しそうになおも切実たる言葉が絞り出される。
「……俺のひい爺さまは、人も住まんような湖沼の開拓を国から命じられた。爺さまの代でやっと、エビとカニを獲ってなんとか暮らして行けるようになったんだ。その頃にはもう、家の財産なんてすっかり使い尽くしていた。儲けが出るようになってから、国は収益の半分近くも、税で分捕って行きやがった。誰の手も借りずに、家族だけで開拓した漁場なんだ……俺たちに一体、なんの罪があってこんな目に遭わなければならないんだ……」
「わかる、わかるぜ兄さん」
軽螢が螺紋の肩に手を置き、慰めの言葉をかける。
ひとまず螺紋のことは任せよう。
私と翔霏、斗羅畏さんは尋問にならぬ尋問を取りやめて、隊列の先頭に戻った。
「あれは一つの視点であって、私たちや昂国全体が戌族のみなさんに抱いている印象とは違いますからね」
蛇足のような私の弁解に、苦笑して斗羅畏さんが答えた。
「正しい部分もあるだろう。現実に戌族全体が今より豊かになり人口が増えれば、お前たちの国にとってどんな危難が降りかかるか、予測は誰にもできんのだ」
よかった、斗羅畏さんは冷静だ。
翔霏が茶化すように言った。
「また覇聖鳳のようなアホが出現したとき、斗羅畏が手綱を握れるとも限らんからな」
「ふん、制御できんと思ったら叩き潰すまでだ」
「お前は弱いんだから、そうなった場合は無理せずに私を呼べ。代わりにやっつけてやるから」
「挑発でなく、本心からそう言っているのがなおタチが悪いな……」
いい加減、翔霏を理解してきた斗羅畏さんは、怒るよりも呆れていた。
私はその会話をBGMにしながら、改めて考える。
螺紋が言っていたのはあくまでも、南部の人たちの動機だ。
姜さんが、あの自己完結の化物が。
他者に動機を預けるなんて、あり得ない。
南部の人たちと協調しながらも、姜さんは姜さんなりの計算で動いているはずだ。
「戌族の人口が増えたら、かあ」
私は脳内で雑な算数に没頭する。
今これから、生まれてくる赤ちゃんは、二十年前後で次の赤ちゃんを産む。
更に二十年が経てば、世代を経てより多くの赤ちゃんが生まれる。
「なーなー、おやつもってないか? はらへったー」
思考の途中で倭吽陀が話しかけて来た。
「飴ちゃんあげるから大人しくしてて。考えごとしてるの」
「あめかー、まあいいや……ってすっぺ! これすっぺええ! こんなのいつもくってるのかー? あたまおかしくならないかー?」
うるさいなあもう、お子さま舌め。
頭なんぞとっくにおかしくなってるから手遅れなの!
そのときふと、倭吽陀の背に括り付けられた覇聖鳳の形見、鋼鉄の大刀に目が行く。
「戌族の子どもは、十歳足らずで戦士になっちゃうんだ……」
倭吽陀は特別なケースとしても、斗羅畏さんも初陣は十三歳ごろだったと言っていた。
人間が成熟する速度は、昂国と北方で大きく違うということだ。
そして、戌族は馬に乗れる限り、老若男女すべてが戦闘員か、輸送部隊などの支援要員を務めることができる。
昂国は戦士や兵士じゃない人、戦闘に関わらないひとの方が圧倒的に多いけれど、戌族はその割合が逆転してるのだよな。
「姜さんが気にしているのは、その数字上のギャップ……?」
憶測に縛られるのは危険だとしても、なにかを掴んだ気はする。
なによりも間違いないと確信できることは。
「姜さんなら、あやふやな想像や感情で動いたりしない。絶対に数字を根拠としたなんらかの理屈で動いてるはずなんだ」
決戦が近いことを予感しつつ。
私は姜さんの本質にまた一歩、近付けた手応えを感じた。




