三百十九話 想いと魂の集まる場所
戦場となっていた平野から、敵はおおむね退却した。
「あ、ああう……ぐぎぃ……」
岩の投擲を喰らってあばらが折れた敵将、呪いの螺紋。
彼だけは念のために捕虜とする。
それ以外の傷付き倒れた敵兵は、雑に縛ってこの場に放置するに留めると、斗羅畏さんは言った。
「この連中を連れ回せるほどの余裕はないからな。運が味方すれば死なずに済むだろう」
「敵の武器もいくらか回収できたし、それで良しとしますか」
季節は春。
まだ北方は朝晩寒い。
けれど、おしくらまんじゅうして過ごせば、そのうち助けが来るんじゃないかな。
知らんけど。
こいつらに気を遣っている余裕は、私にもないんや、すまんの。
「大丈夫、かすり傷です。すぐに治りますよ」
「うう……て、敵じゃないのか?」
一方では、小獅宮から来てくれた医療系の女学僧たちが、傷付いた兵士たちの手当てに回ってくれている。
敵味方を問わず、である。
「怪我人に敵も味方も氏族の別もありません。同じ人なのですから」
その中にはかつて後宮の妃であった私の友人、楠江雪もいた。
「江雪、来てくれたんだね!」
「ええ、また会おうって約束したでしょ、央那」
むぎゅ~と強く抱き合って、それほど久しくもない再会の喜びを分かち合う私たち。
持ち前の穏やかな雰囲気はそのままで、逞しさや力強さが増したような明るさが、表情から見て取れた。
「私、あれからも血の丸薬をたくさん作ったの。いつか必要なときが来るって思ってたから。央那の役に立てて嬉しいの」
「ありがとう、ありがとう、江雪……」
再びの感極まった強烈ハグ。
熱い百合空間の私たちを見つめるジュミン先生が、笑顔から切なげな表情に変わって話し始めた。
その手には敵から収奪した火縄銃が握られている。
「以前、昂国の商人が私たちのいる小獅宮に、大量のネジと、ネジを切るための硬鋼を注文したことがありました。硬い鋼に螺旋の溝を切って作る金属工具です。西方は金属加工の技術に関して、昂国より少し進んでいますから」
「確かに、西の鋼鉄製品が上等なのは俺も知ってる。何度も商売で扱わせてもらったよ」
興味を持った椿珠さんが話に混ざって来た。
そう言えば翔霏が前に使っていた鉄棍のうち何種類かも、西方で作られたものだったね。
柔らかい軟鉄の部材に狭い穴を空けて、凄い硬い鋼のネジを回せば、ネジの受け手側、雌ネジを切ることができるということだ。
雄ネジをボルトと呼ぶならば、雌ネジはナット側である。
兵器について知りたいと少しずつ増えるギャラリーを前に、ジュミン先生の説明は続く。
「私は単純な好奇心から、売ったネジがどのように使われるのだろうと考えたり調べたりするようになりました。そんな折、昂国のどこかで大量の火薬の需要が発生して、原料となる硝石の価格が上がって困っていると、出入りの商人さんがボヤいているのを聞きました。研究のために小獅宮に卸してもらっている火薬も、なかなか思うような値で手に入らないのだと」
私はそれを聞いて、ジュミン先生が言わんとしていることを察した。
「どこかの誰かが新しい火薬兵器を発明して、ネジがその構造素材として使われているとジュミン先生は思ったんですね」
「その通りです。強固な留め具である金属のネジと、爆発性の火薬。この両者がどのように結びつくのか、小獅宮の仲間たちと議論し実験し、私たちは一つの結論を得ました」
呆れと感心と尊敬の入り混じった声で、椿珠さんが訊く。
「お噂通り、探究心の塊でらっしゃいますね。どのような推論を導いたのですか?」
「火薬の爆発そのもので敵を害するのではなく、火薬が起こす爆風を半分だけ閉じ込め、残りの開いている半分側に別の物体を飛ばす、そんな兵器があり得るのではないか、と」
そこまで話して、ジュミン先生は手の内にある火縄銃をじっと見つめ、溜息を吐きながらそれを撫でた。
銃身の末端に、後ろから銃身を掃除するための点検穴があり、そこはネジで蓋をされていた。
固定部品と可動部分の接合にも、小型のネジが使われている。
「……崖の上からでも、なにが起きているのかすぐにわかりました。こんな悪魔の兵器を、あの幼麒が作り出すなんて。理屈は分かっても、私たちではこれほど実用的な形に制作することはできないでしょう。常に心が戦場に在る幼麒だからこそ、でしょうか」
「実物を見る前から、わずかな情報だけでそれを予見しちゃうジュミン先生も、たいがいスゴイと思いますけど」
ホント、どんだけ頭が良いんだよ、このレベルの人たちは。
私が埼玉でスマホゲームをポチポチ遊んでゲハゲハ笑っていた間も、とにかく勉強しまくってたんだろうから、当然だけれどね。
私の賛辞に苦笑いを返したジュミン先生は、戦場の跡地となった平野を見渡して言った。
「幼麒がまだ若い頃、昂国に赴いていた百憩の頼みで、数学や工芸のあらゆる書物を送ったものです。彼が魔人になってしまった責任は、私たちにもあるのかもしれない。知らんぷりはできないと、足を運びました。お邪魔ではありませんか?」
「とんでもない。ジュミン先生たちが来てくれれば怖いものなんてありませんよ。また、一緒に戦いましょう!」
私は自分の中に、勇気がモリモリと湧いて戻って来るのを感じた。
しかしイイ気分に水を差す、むさ苦しい男の集団が話に割って入った。
「はぁ、上から爆弾を落とせばよか、っちゅうて案を出したんは俺らばいね」
「感謝の心を忘れたらいかんとよ」
「それよりお前の連れのサル姉ちゃん、ゼニ勘定もようできんくせに贅沢なもんばっか食い過ぎっちゃね!?」
押し付けがましいことを、飛行サークルの連中が主張してくる。
どうやら一緒に行動していた翔霏は、かなり美味しいものを御馳走になっていたようで、とても髪のコンディションや肌艶、顔色が良い。
少し太ったかなと思うくらい。
わいわいやかましい彼らの陰に目立たないように立つ、一人の少年に気付いて私は駆け寄った。
「山泰くんも、来てくれたんだ」
尾州の名家出身で、漣さまの幼馴染でもある男の子だ。
今は小獅宮で学んでいて、紙飛行機やおもちゃの鳥を作るのがとても巧い。
「みんなが行くって言うから」
相変わらず不愛想に言って、手にある模型の鳥をいじっていた。
大きな羽に細い骨組み。
ふわりと優雅に風を受け、どこまでも飛んで行きそうなアルバトロスのイメージが浮かんだ。
「姜さんに会うことになるかもしれないよ。大丈夫?」
私の投げた残酷な問い。
彼の父親と兄弟は、尾州大乱が平定されたとき、姜さんに処刑されている。
彼がここにいるということは、私たちの手助けをする以外の、別の事情と感情があるかもしれないのだ。
けれど山泰くんは私の心配をよそに、平常通りの無感情な口調で言った。
「恨みとか仇とかじゃない。ただ、北方が荒れたら西方も今まで通りにはいかない。小獅宮のために、それは良くないと俺は思う」
「うん、うん! 偉いよ山泰くん! よく言った!!」
泣き出してしまいそうなほど嬉しくて、私は山泰くんの肩をバンバン叩き、ほっぺをムニムニした。
「や、やめろ~……」
「おうおう可愛えのう可愛えのう」
私がその心境に到達したのは、果たしていつだっただろう。
彼は誰に教わらずとも、自ずとそう思えるくらいに成長したのだ。
一人で感極まって盛り上がりまくっている私の愛撫から逃げた山泰くんは、やや気不味そうな顔で、小声で言った。
「ま、まあ。あの姜が泡を吹いてるところは、見たいけど」
「一緒に見よう! 必ずそうするって約束するよ! 私もそれが見たくてここまで来たんだ!」
「変な女」
「よく言われるけど、言わないであげて? 私だって可哀想なんだからね? 泣くよ?」
おかしな女の懇願を、飛行サークルの野暮ちんたちが囲んでゲラゲラと嗤った。
「こんな不格好な棒が、そんなに恐ろしい武器だとはな」
現場が落ち着いて、次の場所へ出発する前。
翔霏が壊れた火縄銃の一つを拾い上げ、素朴な感想を口にした。
確かに姿かたちだけを見れば、姜さんの作った火縄銃はあまり洗練されたデザインとは言えない。
銃身の直線的な無骨さと、銃把、握り手の曲線構造がアンバランスに見えるのだ。
「さすがの翔霏も、これで撃たれたら避けられないと思うよ」
「ふん。要は弩に似た武器なのだろう。なら撃たれる前に相手を仕留めるだけの話だ」
思い付きで言った戦法だろうけれど、実際にそれは正しい。
銃は撃たせさえしなければ、ただの取り回しが悪い鉄の筒でしかないのだから。
気を張っていた疲労が今になって押し寄せた私は、草原にぺたりと座り込む。
横に座った翔霏が、飴玉をくれた。
「ありがと。いただきます」
うん、酸味よりも甘味が勝っていて、今の私にはちょうどいい。
ほうと息をついた私は、大事なことを親友に告げた。
「乙さんが、死んじゃったよ。私を庇って」
「そうか……」
翔霏は遠くを見ながら私の肩を抱き寄せ、話した。
「実はあの姉さんを殺してしまおうと、何度も考えていた。ずっと前からだ」
「え」
突然の告白に、私はぽかんと口を開ける。
「実際、私たちの行動にとって邪魔な要素が大きすぎた。殺すまではしなくても、足腰立たないくらい痛めつけてやろうと何度も思ったし、試みもした。そのたびにのらりくらりと逃げられたのだが……」
「相談してくれればよかったのに」
私の言葉に翔霏は寂しそうに笑い、首を振った。
「麗央那にとっては命の恩人だ。覇聖鳳を殺したときから、ずっと。だから麗央那は、彼女を傷付けたくないと言っただろうし、私もそれがわかっていたからいざとなると決断できなかった」
「そっか。うん、そうだと思う。ありがとう」
私も、翔霏が乙さんを殺したり凹したりしなくて、良かったと思う。
そんな光景は見たくなかっただろうからね。
私は懐から乙さんの遺品、隠し小刀を取り出す。
それに視線を落とし、翔霏は言った。
「私が迷っていたから、あの姉さんを自由にさせてしまった。そのことがいつか災いになるのではとずっと気にかかっていた。しかし、その迷いがあったからこそ、姉さんは生き延びて麗央那を結果的に助けたんだ。一歩間違えば、麗央那は生きていなかったし、こうして再会することはできなかったんだろう……」
小刀を握る私の手に自分の手を重ね、翔霏はうっと嗚咽した。
「不思議だね、運命って」
私にはそうとしか言えなかった。
翔霏が殺そうと思いつつ、なんやかやで殺さずにいた乙さん。
その彼女が、あのとき私の命を救ったのだ。
自分の身を呈してまで。
因果と言うのは、宿縁と言うのは、いったいなんなのだろう。
「彼女は、死ぬときになにか言い残したか?」
泣き腫らした目で、翔霏が問う。
翔霏もなんだかんだ乙さんのことを、好きだったんだ。
厄介だけど面白い姉ちゃんだと、心から思っていたんだよ。
「次は、神台邑に生まれたいってさ」
私も涙に溢れながら答えた。
「ああ、きっとそうなる。そのときのために、立派な邑にして待ってやろう」
涙をぬぐった翔霏が、凛として言い切った。
根拠はないけれど、私も必ずそうなるのだと思った。




