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三百十八話 飛来する悪魔

「な、なにがどうなっている……?」


 火薬の音に驚きつつ、呆然と立ち尽くす斗羅畏とらいさん。


「あんたも危ないから伏せろよォ! 物陰なんてろくにないけどさあ!!」


 倭吽陀わんだの小さい体を私の身で隠し、亀のようにうずくまりながら私は叫ぶ。

 もしもこれが人間を狙った攻撃だったなら、斗羅畏さんは今の一瞬でハチの巣にされてしまっていただろう。


「う、馬たちが……」


 巌力がんりきさんが、なにが起こったのかの一端を理解し、声を漏らした。

 三鬼将の一人、螺紋らもんが率いる鉄砲隊が、私たちの乗って来た馬を狙って一斉射撃を行ったのだ。

 痛みと苦しみに喘ぐ馬たちの嘶きが、哀しく野原に響き渡る。


「た、た、大将! 馬の身体に、杭で突かれたような穴が空いて、血が駄々漏れになっちまってる! なんだよこりゃあ!?」


 状況を的確に報告した兵の言葉。

 それを受け、斗羅畏さんは目を見開いて私を見た。

 説明しろ、と言うプレッシャーだな。

 いや、たまたま知ってたけどさあ、私がなんでも知ってるなんて思わないでよホント!


「えーとえっと、ものすっごく強い吹き矢、みたいなものです! 人間の身体なんて軽く貫通しちゃうくらいの! 内臓が撃たれたら当然、死にます! おまけに目に見えない速さで飛びます!!」

「そ、そんなものが……!?」


 話している間に、別方向、西側の敵軍も近付いてきた。

 彼らも同じように前衛隊の後ろに鉄砲隊を控えさせ、呪いの力で身動きできなくなった馬たちを狙い、砲身を構える。


「や、や、ヤメロォ―ーーーーーーーッ! 汚いぞお前らーーーーーーーーーーッ!!」


 卑怯もへったくれもない戦争の場だということを忘れて、私は叫んだ。

 力を失った馬が、涙に濡れたつぶらな瞳を閉じて行く光景を。

 なにも手段を講じることができず、拳を握りしめて震える斗羅畏さんを見てしまったから。


「う、うまをころすなよーーーーっ! うまはわるくないだろこんちくしょうーーーーーっ!!」


 私の身体の下で事態を覗き見している倭吽陀も、悲痛な声で哭いた。

 騎馬の民である彼らにとって、馬は友人であり家族なのだ。

 戦場をともに駆け、一緒に戦って死ぬのは名誉の一つ。

 だけれど、人を狙わず馬だけを仕留めにかかるという精神は、戌族じゅつぞくの中にまったく存在しない。


「知らんな、四つ足の獣のことなど」


 螺紋が無慈悲に手を振り降ろし、バババババンと破裂音が鳴る。

 西から東から銃弾の一斉射を浴び、身動きが封じられた馬がいいように的にされる。

 しかもあいつら、前列の兵士が撃ち終わったらその後ろの、発砲準備を終えた中列の兵士と場所を交代してやがる!


「ここが私の関ヶ原かと思ってたら、長篠だったって落ちかよォ……」


 溢れる涙を押しとどめながら、私は苦悶に歯噛みする。

 きょうさんは三段撃ちや十字砲火の戦術まで、自分の頭の中だけですでに完成させていた!

 川や海で船を使う生活に馴染んでいて、馬と言う動物に感情移入をしていない、南部出身の兵士たち。

 彼らに銃を持たせれば、騎馬民族の機動力に対する最高の攻略法となるだろうと、姜さんの頭脳は正しく計算し終えていたんだ!

 弓矢の攻撃は馬の速さで避けられることもあるけれど、銃弾は無理だからね。

 

「吹き矢のように……鉄の筒からこの小さな玉を吹き飛ばしてござるか。火薬の力で?」

「おわっ!?」


 斗羅畏さんを地面に引きずり倒し、私たちの壁になる形で屈んだ巌力さん。

 彼が流れ弾の一つを拾って、私に手渡した。

 ほぼ真球の、鉛弾だった。 


「は、はい、その通りです。鉛でできてるから、体に食い込んだままになると、毒のように体を蝕むんです。有効射程はだいたい二百歩くらい。音と同じくらい速いので、発射された音を聞いてからじゃ避けられません」


 黒色火薬の火縄銃、弾丸の直径は1センチ前後、ライフリングは切っていない。

 弾丸は亜音速で飛び、100メートル以内なら革鎧を着ている人間の肉にも食い込むくらいの威力はあるだろう。

 防具のない顔面なんかに当たったなら、200メートルくらいは離れていても殺傷力があるんじゃないか。

 私の説明を聞き、斗羅畏さんが顔を歪めた。

 気味の悪い化物を目の当たりにしたかのような表情だった。


「まるでたちの悪い呪いの法術だな。そんな魔道の武器をあの兵隊ども、何百人もが持っているのか?」

「残念ながらそういうことです。おそらくは私たちを降伏させるための切り札、もしくは突骨無とごんさんとぶつかるときのための決め手として、今まで隠していたんでしょう」


 今になって考えてみれば、いくら姜さんでもいきなり、誰も知らないうちに銃砲を開発して、戦場で実用に足るレベルに持って行けるはずはない。

 おそらく南部で海賊退治をしていたときから、試験的に運用していたはず。

 味方の船を海賊船に横付けして、銃をぶっ放してから制圧するなどして、効果を検証していたんだろうな。

 その情報を集めるのをサボり、失念していたのは、他でもないこの私。 

 海の上でちょっとばかり姜さんの鼻を明かすことができたと、調子に乗って笑って遊んでいた私の落ち度、私の不覚なのだ。


「う、うううう、ふぐうぅぅ」


 悔しさのあまり、私は嗚咽を漏らして地面を殴りつける。

 姜さんの叡智が底なしであると、私が一番よく知っていたはずなのに。

 それを忘れて浮かれていた私の弱さのせいで、みんなの歩みが停まってしまう。

 ここで蹲るしか、もうできないのか。

 ここが私の行き止まりなのか。

 右手に握り締めた丸い鉛が、優しく囁いて来るようだった。


「もう、ええやんか。このへんで。央那ちゃんもようやったで」


 肉を裂き、貫き、蝕み。

 すべてを圧倒する小さな小さな、悪魔の球体。

 ああ、この銃弾こそまさに、姜さんらしい存在だ。

 姜さんの知恵と想いが、最後に辿り着いた答えだ。

 答えから逆算すれば、私はこの可能性を解けたはずなのにと、後悔の念しか溢れて来ない。

 私は姜さんに負けたのではなく。

 自分の愚かさに負けたのだ。


「麗女史……」


 巌力さんの大きな手が、私の肩を撫でる。

 ふー、と大きな息を斗羅畏さんが吐いたのが聞こえる。

 なによりも速い戌族自慢の馬を封じられては、もう私たちに手は残されていない。

 彼は、降参の合図を敵に伝えるつもりなのだろう。

 せめてその瞬間も、恥じることなく、誇り高くあろうと斗羅畏さんが立ち、顔を上げた。

 そのときだった。


「……鳥? 大鷲か?」


 上空を見つめた斗羅畏さんが、ぽつりと呟いた。

 つられて顔を空に向けた私も、彼が疑問に思った対象を視認した。

 頭上にかなり大きな羽を広げて飛ぶものがある。

 逆光になっているせいで姿かたちは黒く、詳細のわからないそれはゆっくりと旋回して。


「な、なにを落とした!?」


 螺紋が怪訝そうな声を出した。

 大きな鳥らしき異物は、地上に丸いなにかを落としたのだ。

 空から落とされた謎の物体は、東側の敵、鉄砲隊の群れの真ん中に落ち。


「ば、爆弾だあーーーーーーーーーーーっ!?」


 誰かがそう叫んだと同時に。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 けたたましい轟音とともに爆風が炸裂し、鉄砲隊の何十人かが四方八方に吹っ飛ばされた。


「あ、あれは凧にござるか……?」

「人が、乗っている?」


 巌力さんと斗羅畏さんが、上空をふわりふわりと飛んで漂う鳥状の物体を観察し、所感を口にする。

 ああ、あれは人が乗る大凧。

 言い換えればハンググライダー。

 人間が人間の力で空を制するための手段の、第一歩。

 この広い天下にあって、雪の欠片のように空を翔けることに挑戦したのは。


翔霏しょうひーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「麗央那ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! 遅くなってすまないーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 私に声を返した翔霏は、さらにもう一発の爆弾を上空から西の鉄砲隊に投げ落とし。


「に、逃げろーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

「鳥のバケモンが空から、爆弾を落としてきやがるーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 戸惑う敵の悲鳴に遅れて、再び爆発音が鳴り響き、土埃が舞い上がった。

 

「私の麗央那を、よくも泣かせてくれたなーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 怒号と共に空を渡りながら、翔霏は容赦なく敵軍の真ん中へ導火線式火薬玉を落下させていく。

 ちょうど、地面に落ちたときに爆発タイミングを迎えるように調整できてるのが、マジで神業。

 ドォン! ドォン! ドゴォォン!

 連続で発生する爆風に敵の陣形は完全に崩れる。


「すげー! どうやってとんでるんだあいつー!?」


 お子さま倭吽陀、大はしゃぎ。

 私は彼の頭をくしゃくしゃっと撫でまわして、涙目のドヤ顔で教えた。


「あれ、私のマブダチ。空だって飛べちゃうし、しかも世界一強い」

「あははー、うそつけー、そんなやついないぞー」

「いるんだよ! 素直に尊敬しろや!」


 翔霏の空からの援護で、完全に形勢は逆転した。


「ば、馬鹿もん! 取り乱すな! 陣を整え直せ! 上空の敵を撃つのだ!!」


 取り乱して仲間に怒鳴りつける螺紋だけれど。


「よそ見は、感心しませぬな」

「なっ!?」


 巌力さんが力任せに投げた石……と言ってもほぼ岩サイズ。


「あぎぃ!!」


 それを脇腹にブチ喰らわされて、地べたに力無く倒れた。


「殿! 馬たちに力が戻りましたぞ!」


 老将さんの声に、ぱんぱんと自分の頬を叩いて気を取り直した斗羅畏さん。


「敵をこの区画から追い散らせ! だが深追いはするな! 下手に抵抗されるのも面倒だからな!」


 指示を出したあと周囲をぐるりと一瞥し、なにかに気付いて私に問いかけた。


「西後ろの崖の上に、見慣れん連中がいる。あれはお前やサル女が呼んだ仲間か?」


 言われて私も確認すると、確かにその場所に人の群れがある。

 一人一人の顔は、ちょっと遠くて識別できないけれど。

 地味な暗色の服に身を包んだ、その集団には見覚えがあった。


「西方の……小獅宮しょうしきゅうの人たちです。翔霏が彼らの協力を得て、ここに来てくれたんです……!」


 空を飛ぶのも爆弾のような火薬技術に通じているのも、学問の館である小獅宮ならではのことだ。

 きっとあそこには、翔霏と縁の深い飛行同好会の面々、山泰さんたいくんたちがいるのだろう。

 私が見ているのに気付いたのか、崖の上から女性とは思えないほどの大声が飛んできた。


「央那さーーーーん! 無事ですかーーーーーーー!?」

「ジュミン先生ーーーーーーーー! お久しぶりですーーーーーーーーーー!!」


 再会に喜び、手を振る私。

 向こうのみんなも手を振り返してくれたのが見える。

 一方で斗羅畏さんは、敵が散り散りに逃げて行く様子をただ眺めていた。

 リーダーである螺紋が倒れた以上、彼らが組織として合理的な行動を取ることはもう不可能だ。


「追い討ちしないの?」


 念のために私が訊くと、その必要はない、と言う顔で斗羅畏さんは首を振る。


「どうせやつらは除葛じょかつの本隊に合流するだけだ。ここで白兵戦を仕掛けて味方を消耗する意味もない。逃げたいなら勝手に逃がしても同じだ」

「なるほど確かに」


 私たちが話していると、翔霏がぐるーりと一帯を一回り飛んで敵を牽制してから、実に見事に着陸した。


「麗央那……!」


 駆け寄ってきた翔霏が、なにはなくともまず私をぎゅっと抱きしめた。

 

「まさか空を飛んでくるとは思わなかったよ~」


 嬉し泣きに濡れながら、私は素直な気持ちを伝える。


「ちょうどいい崖がそこにあったからな。ジュミン先生が、銃? とか言う武器の話を教えてくれて、なら上から爆弾でも落とせばいいんじゃないかという話になったんだ」

「そっか。小獅宮も銃砲の研究はしてたんだね……」


 だからこそ、対抗策を編み出すこともできたのだろう。

 小獅宮出身の百憩ひゃっけいさんから、薫陶を受けた姜さんのことだ。

 銃砲の秘密にいずれ辿り着くのも、必然的なことだったのか。

 私の目ににじむ涙を優しく拭いてくれた翔霏は、斗羅畏さんを睨んで詰問した。


「私がいない間、麗央那をいじめていなかっただろうな」


 斗羅畏さんがジト目で答える。


「俺の方が、何度『勘弁してくれ』と思ったか、数えきれん」


 巌力さんと老将さんが、からからと笑った。


「なんだ、格好つけて『後は任せた』なんて言ったが、結局助かっちまったじゃねえか」


 気不味そうな顔で椿珠ちんじゅさんが〆た。

 崖の上から小獅宮のみんなが下りて来て、私たちは笑顔で出迎えた。

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