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16-2.OSSAN MEETS BOY

 少年の名はアグリと言った。アグリ・リベル。目つきが悪く、髪はぼさぼさ。年の頃は11,2歳くらいか。痩せぎすで背はジョーのウエストやや上くらいだ。栄養状態は良いとは言えなさそうである。そして、イジメは今に始まったことではないのだろう。体中が小さな生傷や傷跡でいっぱいだった。


「ヤーッ!」


 アグリは雄たけびと共に、握りしめた軽くて丈夫な金属素材の棒でジョーに殴りかかる。


「甘い!」


 カツーン!

 アルミを打ち合わせたような軽妙な打擲音と共にアグリの持っている金属棒は叩き落された。ジョーは笑いながら手に持った金属棒を肩に担いだ。

 アグリはそれを見て不満そうに舌打ちする。


「おっさん、これ何のトックンだよ!?」

「おいおい、俺はまだ20代だって言っただろ」


 ジョーはやれやれと言わんばかりに首を振った。

 少年、アグリが不満を口にするのは無理も無い。勝つためのトレーニングと言われ何をするのかと思ったら、金属棒を渡され、「俺を一歩でも動かしてみろ」と言われただけなのだ。目的も何も聞かされていない。


「ほらスマイル忘れてるぜ。それとも、もうギブアップか?」

「シツモンに答えろ!」

「全く、今の若い子はやり遂げもせずにすぐに意味を知りたがる。はぁ、悲しいねぇ」


 挑発的な笑みでおっさん臭いことを言うジョーにアグリはムッと腹を立てる。そして、落ちた金属棒を拾い、引きつった笑みを浮かべながら再び構えた。おぉ、忘れるところであった! 実はもう一つ、ジョーがアグリにつけた注文があったのだ。

 その注文とは『笑顔』である。トレーニングの間はずっと笑え。これまたアグリにとっては意味不明だ。


「ヤー!」

「甘い!」


 カツーン!

 どんな相手にも負けないマル秘ケンカ必勝ウルテクや放てば絶命必死の究極必殺技なんかを伝授されると思っていたアグリにとって、これは肩透かしもいいところである。

 もう、こうして棒を叩き落されるのも10回目。

 ただ単にコイツもオレをイジメて楽しんでいるだけじゃ?

 ニヤニヤ笑う目の前の男を睨みつけ、アグリは手の痺れと格闘しながらそう思いはじめたのであった。


 カツーン!

 遂に棒が叩き落された回数は20回を超えた! アグリは汗だくになりながら、曖昧な笑みを浮かべ、ジョーを睨みつける。


「クソがっ」


 間違いなくおちょくって楽しんでやがる。アグリは確信していた。力の差がありすぎるのだ。相手が動かないくらいではこの力量差は覆せない。一撃を加えることすら到底不可能であった。


「同じだ、こいつも、アイツらと……」


 だからといって諦めるのは言語道断! それは不当な暴力に屈したのと同義! あのイジメっ子三人組に立ち向かわんとするアグリにとって、何よりも許しがたいことであった。

 せめて一泡吹かせてやる!

 ハヴァ・カウ! アグリの腹の中は今や煮えたぎるマグマのように沸騰していた!


 アグリは棒を拾い上げると、ジョーに対して背を向けてしまった。

 そして、そのまま、動かなくなる。

 乾いた風が二人の間に流れる。


「おい、どう」


 沈黙に耐えかねたのか、ジョーがアグリへと声をかけた、その時であった!


「うらぁぁぁッ!」


 アグリが勢いよく振り向き、右腕を振り上げ……その手の中にあるのはアグリの拳ほどの石!? 棒と一緒に拾っていたのか!? オーバーハンドでの全力投球!

 ピュッと空気を裂き、ジョーの顔面目掛け石が飛来する!


「うおっ!」


 ガンッ!

 ジョーは辛くもそれを金属棒で弾き飛ばし……アグリが棒を振り上げ、ジョーへと突進しているではないか! 一息つく間も無い!

 だが、やはり甘い。ジョーは思う。これならアグリの攻撃に合わせて棒を弾き飛ばすには十分猶予がある。どれ、態勢を崩したフリでもしてやろう。

 ジョーは若干ふらつく演技をする。なんて陰湿な! これが大人のやることか!?


「うぉぉぉ!」


 アグリはそうとも知らずに突進を止めない。

 さぁ、攻撃してこい。ジョーは蟻地獄のごとく待ち構える。アグリは最早クモの巣にかかった蝶だというのか。

 間合いは既にお互いのリーチ内! が、しかし!


「!?」


 来ない。アグリからの攻撃が来ないのだ。


 やってみろ! アグリは歯をむき出しにした攻撃的な笑みで更に一歩踏み込む。今まではずっと自分から攻撃を仕掛けて駄目だった。なら、先手はくれてやる。その一発を耐えて、渾身の一撃をぶち込んでやる。アグリの心境や正に『肉を切らせて骨を断つ』の構え!

 普通に考えれば、一発であろうと筋骨隆々のジョーの攻撃を子供が耐えるなど出来るはずがない! だが、そんな『常識』などアグリの頭の片隅にすら存在しない。耐えてぶち込む。それだけに全てをかけていた。


 どうする? ジョーは一体どうするのだ!? 無防備な子供に無慈悲な一撃を加えるというのか! ジョーは金属棒を持った右腕を振り上げ……そして……


 一歩、大きくバックステップをした。


「なにぃッ!?」


 アグリは足がもつれ、突進の勢いそのままに、砂埃を巻き上げながら派手にすっ転ぶ! そして、地面に拳を打ち付け、ジョーを恨めしく見上げるのだった。


「ヒキョーだぞ! 動かないんじゃねぇのかよ!」


 ジョーは首を竦め、ため息をつく。


「アグリ少年、俺の言ったこと覚えてる?」

「言ったこと? ……あっ」


 アグリが目と口を丸くする。そうなのである。ジョーが最初に言ったこと、それは『ジョーを一歩でも動かすこと』。つまり、


「オレの、勝ち?」

「まぁそういうことだ。よくやったな」


 別に勝負していたわけじゃないが、と思いつつもジョーは頷く。アグリは一瞬パッと顔を明るくしたが、すぐに不満そうなブスッとした表情へと変わり、起き上がった。砂埃を払いながら、その悪い目つきでジョーを睨む。


「結局、これ何だったんだよ」

「ヤケクソのトレーニング」


 ジョーはバチンとウィンクをしながら、サムズアップ。アグリは回答を聞いたところで意味がわからず、茫然とジョーを見るだけだった。



 それからジョーの過酷なトレーニングは一週間に渡って行われ続けた!


「いいか、ケンカってのはクール・アンド・ホットが基本だ」

「くーる? は? どういうイミ?」

「頭は冷静に、心は熱くってことさ。ヤケクソをどれだけ上手く使えるか、それが全てだと言ってもいい」


 基礎トレーニングも欠かさない!


「ほら、体が沈んでないぞ! プッシュアップは顎をつけろ!」

「この、くそ、おっさん、いつか、見てろ」

「よーし、いい口答えだ! ワンセット追加!」


 体の資本はやはり飯だ!


「遠慮するな、食え食え」

「い、いいのかよ。カクニンしたからな。カクニンしたぞ! うおぉぉぉぉ!」

「……もうちょっと遠慮しろ」


 トレーニングの後に必要なのは良質な休息!


「少年、家が無いなら寝療所に来い。子供一人くらいなら泊める余裕はある」

「なんでそこまで」

「ただの気まぐれさ。ま、俺は信用していい善良な人間だぜ。わかってると思うがな」

「ウサン臭いおっさんにしか思えねぇよ……」


 そんなこんなで時はあっという間に過ぎ、遂にこの日がやってきた。

 そう、アグリ少年リベンジの日である!


 乾いた風と共にアグリの前にあのイジメっ子三人組が現れる。


「ワル者め! オイラ達に『果たし状』とはナマイキだぞぉ! セイバイしてやるぅ!」


 がっしりした男の子が細い棒をかざしながらアグリに宣言した。

 しかし、ワッツ? 果たし状? わざわざ三人組に対して『今からやっつけてやる』と教えたというのか?  三対一という元々不利な状況でそんなことをしてもますます不利になるだけではないか!

 アグリはチラッと斜め後方の物陰を見やる。

 物陰で背を預けながらアグリ達の様子を見守るジョーは小さくサムズアップをした。

 そう、これは決戦の前日、二人で決めたことなのだ。


******************************


 決戦前日。


「アグリ。『あの課題』の答えは出たか」


 そう聞くジョーにアグリはしっかりと頷く。


「うん。はじめはボコボコにしてやりたいだけだったよ。でもそれじゃ、またやり返されるだけだって気づいた。そんでまたやり返して……ちがうってわかった。ムカつくからなぐり返すんじゃ、ケッキョク何も変わらないって」


 アグリは真っすぐジョーを見つめる。


「オレは、オレはアイツ等にオレをみとめさせてやりたいんだ。オレとお前達は何も変わらないんだって。同じ生きてるニンゲンなんだって! なぁ、どうするんだ? どうすればいい? おっさ……シショー! おしえてくれ!」


 そう言ってアグリはぎこちなく頭を下げた。ジョーはトレーニングをつけた初日からアグリにある質問をしていた。

 それがジョーの言う『あの課題』である。ある質問とは……


「『三人をどうしたいのか』。それが答えなんだな」


 ジョーはニンマリと笑う。


「いーい、答えだ!」


 そして、大きな手の平でアグリの背を叩いた。


「ならやることは一つ! 真正面からぶつかる! こっちからな!」


******************************


 こうして、三人組へと『果たし状』は叩きつけられ、小細工無しの真正面から戦うわけになったわけである。アグリ、小さい体でありながら、なんとも男。いや、漢である! しかし、これで本当に勝算があるというのか。

 ジョーは良くて五分五分、若干アグリの分が悪いと考えていた。ただ、それでいい。


「あの『答え』を出した時点でお前の勝ちだ、アグリ」


 ジョーはテンガロンハットを押さえ、呟く。


「へぇ、あのクソガキが偉そうなこと言うようになったもんじゃないか」

「!?」


 ジョーはハッと顔を上げると、慌てて周囲を見渡す。

 確かに聞こえた……いや、気がした……気のせいだろう。

 ため息をつく。聞こえるわけがない。何故なら……


 ジョーは自分が酷くノスタルジック、少し捻くれた言い方をすればホームシックになっていることに気づいた。


「おいおい、勘弁してくれよ……」


 堰を切ったように溢れる過去の記憶。

 それは蜃気楼めいて揺らめく、儚く切ない思い出。


 彼が唯一愛した一人の『女性』との物語。


【OSSAN MEETS BOY 終わり】

次回予告!(担当:ジョー)


時は15年前まで遡る……

ってこれ、俺の年齢バレちまうんじゃ?

ちょ、適当にボヤかしといてくれよ! マジ頼むぜ!


次回 銀髪の魔女


いい夢見なよ!


【超メモ】

・もし暇じゃなかったら?

 今回はジョーが暇だったため、アグリとはあのような関係を結ぶことになった。

 では暇では無かったらどうしただろうか?

 恐らくイジメっ子三人を止めて、アグリ含めて全員を適当に追い払って終わっていただろう。ジョーは割と面倒ごとに首を突っ込む性質であるが、基本面倒は嫌いなのである。実に面倒くさい性格である。

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