早池峰山の麓
私がいたはずの西洋館の料亭は雲散霧消してしまった。再び私は何もない黒い空間に取り残されている。だけどやっぱり見えてしまう。目の前には少女?
コスプレ? 狐耳にふわりとした大きな尻尾は、ひとつしかないけど、もしや……。
「大丈夫ですよ。私、こう見えて、八百万の神の一柱、人を食べたりなんていたしません」
ハッと気付いて、私は自分の顔に触れる。
「それも問題ございません。あなたはお顔は元通り、紙屑のようになってはおりません」
で、安心して自らの姿を見る。私、上半身ブラ一枚だった! でも、この子? 神様なんだから、このお方か? 信頼できるちゃんとした人だと思うんだ。
だってさー、私のAカップを見て勝ち誇ったような顔してないもの。
「これを着て早くこちらへ、もたもたしているとこの世界そのものが壊れてしまいます故」
お狐さまは赤いTシャツを差し出した。イベント用に作られたものだろうか「み」という字が大きくプリントされている。
「は、はい!」
Tシャツを頭から被り彼女と手を繋ぐ、暖かく柔らかい手だ。引かれるまま彼女と行くと、私はどうやらリアルワールドに戻れたようだ。
でも、どこだろう? あたりは既に暗く肌寒い。
「申し訳ありません。ここは間違いなく日本ですが東北地方です。あなたの心の声が聞こえたので、お助けに参りましたが、残念ながら私の霊力では、元の場所にお戻しすることはできません」
「いえいえ、とんでもないです。危ないところをお助けいただき……。って、あの犬は?」
「はい、私、狐ですから犬の鳴き声なんてお手のものです」
「あーー、なるほど」
ポケットのスマホを取り出すが、きっちり圏外になっていた。
「ご両親はさぞご心配なされていると思いますが、もう暗くなってしまいました。なんのおもてなしもできませんが、今夜は我が家にお泊まりいただき、明日、出立なされるとよろしいかと」
「何から何まで申し訳ございません」
私は誘われるまま、お狐様の草庵に入った。真ん中に囲炉裏があり、質素だが掃除が行き届き清潔な日本家屋。
「何もございませんが」
お狐様は焼き芋とお茶を振る舞ってくれた。
「あなた様が『特別な人』でようございました。何かをお持ちの方は、そのお心が共鳴し、私に声が届くのです」
私が特別って? お狐さまに心の声が届く超能力を持ってるってこと? だけど、エクストラスキルが役に立ったのは、化け猫に食われかける確率一億分の一のトラブルに遭ったからであって……。
「ありがとうございます。でも、お助けいただいて言うのもなんですが『無事これ名馬』と申します。本当の幸せとは『何も起こらないこと』ではないでしょうか? 平凡こそ一番と母から教わりました」
「そんなにトラブルがお嫌いですか? 不運に巻き込まれたからこそ、この一期一会がある、とお考えになられてはどうでしょう?」
「発想を逆転してみては? という意味でしょうか?」
「はい、あなたは聡すぎるのです。だからこそ、見えぬものがある」
さすが神様、その言葉には深い含蓄がある。この一連のトラブルは浅慮により何事にも冷めていた私を警策でぶっ叩いてくれた、ってことなのかもしれない。
鏡のような湖面をボートで滑って死に至る、そんな人生、楽しいの? と。
「絶対いらん」と思っていた子供のことだってそう。子を成すことはイレギュラー、トラブルだよね? だからこそ、それは人生の彩り、彼ら彼女らと楽しむ生き方もアリなのでは?
お狐さまは洞察深いだけではなくとても優しい。遠慮する私に交通費まで渡してくれた。明日朝早く、山道を下っていけば、昼には遠野行きのバス停に着けるそうだ。遠野から在来線と新幹線を乗り継げば夜には家に帰り着ける。
来夏、お金を返し再会することを約して、その夜、私は眠りについた。
「九月とはいえこの辺りは冷えますから」
と言った、お狐さまは、私をお日様の匂いのするふわふわの尻尾で巻いてくれる。
「本当にありがとうございます。来年の夏、大学生になった私に是非会ってください」
「はい、喜んで! お待ち申しております」
最後までお読みいただきありがとうございます!
本作は文学フリマ・秋(9月13日・大阪14)、冬(11月8日・東京43)で発表する『炉話(4号)』という同人誌にも掲載する予定です。よろしければ、文学フリマへもお立ち寄りください。
という理由で、唐突だったお狐さまは『炉話』の表紙を飾るキャラ(花篝ちゃん)だったりします(^_^;)




