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キラシャ物語 未来編  作者: 金田綾子
14/15

キラシャ物語 第14章 善と悪

第14章 善と悪 ①

2021-06-10 17:07:41 | 未来記

2008-03-05

1.くもの巣


宇宙ステーションに昼と夜の区別はないが、休みなく働いているボス・コンピュータが、時間帯によって昼と夜の照明をコントロールしている。


レストランで酒を飲んでいた悪党達は、照明が暗くなるまで日ごろのウップンを吐き出していた。


「今度こそ、あのゲームでもうかると思ったんだがなぁ」


「ゲームは、宝くじみたいなモンさ。当てようと思って大金はたいても、外れたらそれまでよ」


「ジャノよ~。今度の虫はチッチャイが、オレら大損したんだ。


大きな仕事をしてもらわなきゃ、困るよ」


トオルにトュラッシーと名乗ったボス格の男は、あざけるように言った。


「自分じゃナンにもできねーくせに、ナニ言ってるんだ。次のゲームのことくらい、考えとけ。オレらにゃ、くもの巣張るしかできねぇンだ。うまい虫か食ってみないとな。


アトは、アニョーシャにいい腕見せてもらうだけだ! 」


「でも、アンタの言うアニョーシャは、当てになるのかね。前の仕事だって、途中で虫の気ィがおかしくなって、あやうくオレらのことが、バレるトコだったジャないか」


「あれは、虫が弱すぎたンだ。今度の虫は威勢がいい。アニョーシャも前の失敗で気合いが入ってるから、うまくすれば極上の虫になる」


そのとき、誰かのモアから軽快な音楽の着信音がした。


「虫が目覚めたらしいですぜ。」


モアをチラリと見た男が、ボス格の男に向かって言った。


「よし、それじゃ仕事を始めるか…」


悪党達は、足元をふらつかせながら、宇宙船の発着場へと向かった。


レストランには、男達がいた近くのテーブルに、カジュアルな服装をしたカップルが、だまってモアを眺めていた。


女は、ため息をついて男に話しかけた。


「虫って、子供のことかしら。言ってる本人が虫みたいな顔してるのにね。


最近、イケメンの少年が、立ち入り禁止区域のボス・コンピュータ施設へ入って、気が狂ったようにわめいていたのを、保護されたわよね。


あれも、今の連中が関わってたってことか…」


「その少年は、今も精神科病棟で治療中だ」


男はそう言いながら、モアで連絡を取り始めた。


「チーフ。連中は宇宙船へ向かった。我々は署に戻ります。以上」


「フーっ。やっと帰れるわ。酒癖の悪い連中の話聞いてて、気分悪かったもの。でも最初は、ただの迷子の捜索と思ってたから、まさか犯罪に結びつくとはね」


「連中には虫けら扱いされてたけど、その子にはずいぶん気の利いた友達や、頼もしい知り合いがいるようだ」


「それにしても、アニョーシャって、何者なの?


例のイケメン少年は、シーナとか叫んでいたらしいけど、宇宙ステーションのデータには、シーナらしい住人も、停泊した宇宙船の乗客も、いなかった。


あの連中を捕まえても、アニョーシャが捕まらないと、事件は終わらないんでしょ? 」


「今回は、人命もかかってる。あの連中を早く逮捕して、次の行動に移らなければ。署に帰って、チーフの指示を待とう…」


周りを警戒することもなく、酒の臭いをプンプンさせながら、ほろ酔い気分で発着場の宇宙船に戻って来た悪党達は、入り口の前で合図の口笛を吹いた。


宇宙船の中にいる見張りの男が、モアで入り口を開けようとすると、目の前にキララがスーッと姿を見せた。


「ちょっと、待ちナ。アタシにいい考えがあるんだ。この子だけ、鎖を解いてくれよ」


「アニョーシャ、いきなり出て来て、ナニ言い出すンだ。ジェノが何て言うか…」


「アイツの言うことなんかいいだろ。もう、アニョーシャはやめてくれ!


アタシがやらなきゃ、アンタに何ができるんだ? 早くこの子の鎖を解くんだよ!」


見張り役の男にすごんだキララは、タケルをゆっくり立ち上がらせ、不気味な呪文を唱えながら、頭に手をかざした。


「この子は、アタシの思い通りに動くよ。」


不思議と、誰も何も言えない。見張りの男も、黙ってタケルの鎖を解いた。


「いいか? 入り口を開けても、奴らに、アタシとこの子の姿は見えない。アンタ達もだよ!


入って来て文句言ったら、アタシが仕事に連れ出したと言いな!」



「わかったよ。今度は、ちゃんと仕事しろよ! 失敗したら…」


「失敗? アンタらが、ゲームで失敗したから、こんなことやってるンだろ! 


そんな口たたけるのも、今のうちかもナ…。アタシは消えるね」


キララが姿を消すと同時に、タケルの姿もうっすらと消えた。


見張りの男はあきれた顔をして、入り口を開けた。


前方には、最新鋭のショック銃を構えた宇宙ステーションの警官達が、手を上げて立ちすくんでいる悪党達を取り囲み、入り口にも銃を向けている。


警察のショック銃の威力を知っている悪党達の手は、小刻みに震えている。


入り口の見張りの男も、観念したようにゆっくりと手を上げた。



第14章 善と悪 ②

2021-06-06 17:09:10 | 未来記

2008-03-06

2.秘密基地


キララとタケルは、闇の世界をくぐって移動した。


「ここで、休もう」


キララは、そう言って、タケルを座らせた。


「ここなら、誰にもジャマされない。アタシの秘密基地なんだ」


宇宙ステーションの中に、外の景色が眺められる展望台がある。


宇宙船の旅行者達が、宇宙からの危険な光を遮断する、特殊な分厚いガラスを通して、次の行き先までの船の安全を考えながら、広大な宇宙を眺めていた。


その片隅には、小さな子供が4、5人は入れるくらいの箱が設置してある。


以前は、宇宙ステーションのゲームに、コインやカードが使用されていたが、旅行者が出発前に使わないコインやカードをこの箱に投げ捨てていた。


神社の賽銭箱のように、この箱に投げ入れると旅の安全にもつながるといううわさもあって、コインやカードでいっぱいになることもあった。


モアを使用したポイント制に移行してからは、コインやカードは処分されたが、箱はふたをして、テーブル代わりに使われていた。


いつの間にか、その箱の中に入っていたキララとタケルは、ゆっくりとしゃがみこんだ。


タケルの身体は、まだキララに支配されているようだ。自分の思うようには動かないが、不思議とイライラした気持ちはなかった。


『タケル、パパやママがどうなったか、心配だろ?』


キララはタケルの心に話しかけて来た。手のひらを広げると、タケルに見えるように、浮かび上がった宇宙船の動画を見せた。


『アタシは、知りたいことを念じたら、こんな風に動画が教えてくれるンだ』


その動画は、宇宙船の外で待っていた悪党達が警察に逮捕され、見張りの男も捕まって出て来た様子を映した。


救急隊員もタンカーを運んで来た。鎖を解くのに時間がかかったが、男女2人を乗せて救護センターへ向かったようだ。


『少しは、安心したかい?』


キララの問いかけに、タケルはムッとしながら心で答えた。


『偽の動画かもしれないじゃないか。パパとママの元気な姿を見るまで、安心できない。オレをこれからどうする気なのか、それも知りたい…』


『その前に、タケルのモア返しとくよ。


さっきは、悪かったね。アタシは、あの連中におサラバしたかったンだ。


アタシは、モアを持ってないから、持ってる奴と一緒でないと、レストランに行っても、ドリンクが飲めないンだ。


幽霊ってわかンないけどさ、ドリンクなんて飲まないだろう?


アタシは、ドリンクなしで生きちゃいけないンだ。


ボックス使って、人間も消えて移動できるンだろ?


アタシは消えたいときにいつでも消えるンだ。違うのはそれくらいだよ。


あの連中はドリンクをねだったら、いつでも飲ましてやるって言ってくれたンだ。


最初は、悪い連中とわからなかったね。


アタシはゲームが好きだから、タケルみたいに気に入った子を見つけて、ゲームで勝たせるのが楽しみだった。


そしたら、奴らはその子のモアから、ゲームのポイントを巻き上げてたらしい。


アンタのパパのモア、セキュリティで、イジれなかったからね。


あせった連中が、アンタのパパを殴り始めた。


だから、アタシが止めてやったンだよ。


そんなことしたら、大きな仕事ができなくなるンだよってね。


アンタは、信じないだろうケド…。


奴ら、タケルのモアからポイントだけ巻き上げて、ダスト・シュートに捨てたんだ。


たいして入ってないって、怒ってたケドね。


これを見つけるのに、苦労したんだよ! 』


タケルは渋い顔をして、キララからモアを受け取った。


傷もあって汚れてはいるが、壊れてはいない。


ニュースの動画を見た。


ニュースのレポーターが、タケルの身に起こった事件のことを伝え始めた。悪党達の逮捕と、トオルとミリの無事と、まだタケルが見つかっていないことも報じた。


『パパもママも無事だったんだ。良かった…』



『本当はね。この宇宙ステーションのボス・コンピュータをいじって、奴らに金が入るようにするのが、今度の仕事だったンだ。


もう奴らが捕まったから、必要なくなった。


前にもマシンに強い子がいてね。ボス・コンピュータに入ったはいいけど、アタシはマシンのことわかんないし、その子の言いなりに動いたンだ。


アタシのこと、シーナって言ってたよ。お気に入りの歌手の名前なンだってさ。


ニックって名前でね。


カッコいいけど、ボス・コンピュータまで連れて行ったら、アタシをホッといて、夢中でいじり始めたンだ。


何してるンだ? って聞いたら、オレも、これで大金持ちだって言うじゃないか。


ナンてバカなこと考えてるンだって思ったから、ニックの将来をこんな風に動画で見せてやったンだ。そりゃ、カネがありゃナンの不自由もないさ。


でも、その先がどうなってゆくのか、考えてもみな。アタシは人間みたいに、スクールに行ってないけど、ロビーで流れてる動画見てたら、わかるよ。



宇宙船買って、旅行に出かけて、毎日おいしいモノ食べて…。でも、満足はしないんだ。次から次に欲しいモノが出てきて、気がついたら金がなくなってる。


それでも、買い物が止まらなくて、人をだますようになって、警察に捕まって…。


『そんな人間になってもいいのか? 』


ってニックに聞いたら、『オレは、そんなヘマしない』ときた。


『そんなに賢いンだったら、アンタひとりでやンな! 』って言って、


ニックだけ残して消えてやったンだ。


そしたら、ニックが、シーナ! って大声出したから、


もう少し困らせてやろうと思ってたら、


その前に警備員が来て、捕まっちゃったってわけさ…』


『バカな奴…』タケルは、苦笑した。


『残念だけど、オレはマシン得意じゃないから、きっと役に立たなかったな。ヒロだったら…、アイツならきっと簡単なンだろうけど…』


そのとき、キララの目が光った。


ヒロの名前が出て、タケルはしまったと思った。オレもバカだから、何もできないと思えば、それで終わったかもしれないのに…。



『タケル、頼みがあるンだ。アタシを地球へ連れてってくれない? 』


『えっ?』タケルには、思いもかけないことだった。


『それは…困るよ。


今、オレ迷ってるンだ。このまま地球に帰って、パパもママも大丈夫なのかって。オレさえいなかったら、2人で火星に行って、やりたい研究できるのに。



できれば、パパとママだけでも、火星に行って欲しいンだ。オレは、もう火星に行く気ないけど、今さら地球に帰っても…』


『タケルの言うこと、ナンとなくわかるよ。好きな子がいるけど、いろいろあって帰りづらいンだろ? 』


『うっ? …う~ん、そうかもしれない』


『アタシにいい考えがあるンだ。そのヒロって子は賢いのか? 』


『言ったろ? アイツは先生や学者より物知りだし、自分で作ったモアでいろんなこと試してるし、頭メチャいいンだ…』


『それなら、決まった。タケルが地球へ帰るなら、アタシもついて行くよ!


ヒロって子、アタシに紹介してくれ!』


タケルはすごくイヤな予感がしたが、ヒロに知恵を借りて、この得体の知れないキララから、ナンとか逃れる方法が見つかるかもしれないと、タケルは気持ちを切り替えた。


何しろヒロは、地球よりずっと進化した星があるって、自慢してたからな…。




第14章 善と悪 ③

2021-06-04 17:10:35 | 未来記

2008-03-07

3.タケルの決心


ドンドン!


「誰か、いるのか?」


ドンドン!


「少年のモアが、ここに入ってると連絡があった。間違いないと思うが、ふたがしまって取れない…」


うとうとと眠り込んでいたタケルは、箱を激しくたたく音と人声で目が覚めた。


あわててキョロキョロ周りを見たが、真っ暗な箱の中に、“キララ”の気配はなかった。


「ボク、ここにいます。タケルと言います。」


タケルは、思いっきり叫んだ。



「声が聞こえる。早くこのふたを開けろ!」


ビ~ンという電気音がして、カポ~ンとふたが取れた。


タケルは、まぶしい光に目を押さえながら、体格の良い男に抱えられて外に出た。


そのまま、タケルはタンカーで運ばれ、救護センターへと担ぎ込まれた。


ケガでベッドに寝ていたトオルも、知らせを聞くとタケルの姿を探し、タケルを見つけるとすぐに抱き上げて、痛いほど抱きしめた。


ミリもそばで泣いていた。


後で話を聞くと、ミリはタケルのことが心配で、警察と宇宙船の知り合いの医療技師に、タケルを見かけたら連絡するよう頼んでいたらしい。


そのあとで、その医療技師がタケルを見かけなかったと報告ついでに、また飲みに行きましょうとミリに連絡したが、つながらない。


おかしいと思った知り合いが、トオルへ連絡してもつながらないので、警察に居場所を尋ねたのが、捜査の始まるきっかけだったようだ。


ヒロがハリー先生へ頼んで、トオルから送られて来たメールを、警察へ転送してもらったのも良い結果につながった。



また、コズミック防衛軍からも警察に、捜査についての問い合わせがあり、協力もあったので、スピード解決になったらしい。


タケルには、なぜコズミック防衛軍が事件と関係あるのか、わからなかったが、ヒロが助けてくれたことは確かだ。


タケルは、感謝の気持ちでヒロにメールを送った。


[ヒロ、ありがとう。おかげで助かった。ナイス フォローだよ。ハリー先生にメールして、バッジのこと頼ンでおくよ。]


ヒロからの返事は、思ったより早く来た。


[ハリー先生、スクールで起きた事件で、いっぱいだったからな。


まぁ、借りは返してもらいたいけど、そっちの事件はまだ解決したわけじゃなさそうだし…。


別にたいしたことしたわけじゃないから、バッジは期待してないけど、


まっ、これからも、よろしく!]


タケルはヒロのメールにカチッと来たが、“キララ”のこともあったので、すぐに返事した。


[ハリー先生には、早めに連絡しとくよ。それより、女の子をヒロに紹介するよ。


その件についても、よろしく! また、メールする…]


救護センターで、殴られたトオルの身体検査の結果が出て、顔に殴られた痣がある程度で、特に問題はなかったことから、3人は警察で詳しい事情を聞かれた。


トオルとミリは、モアのセキュリティを高度に設定していたので、被害は拉致され、脅されたときにトオルが殴られたこと、タケルのゲームのポイントを盗られたことだった。


“キララ”のことも正直に話したが、今も捜索中らしい。


「もし、あの段階で、我々が逮捕できなかったら、そちらの家族の誰が犠牲になっていても、おかしくはなかった。連中は酒の勢いで犯罪を重ねていたんですよ」


「宇宙ステーションの中は、安全な人間ばかりではない。子供が安易に誘いに乗って、行方不明になったケースが、最近増えてるんだ。


モアがそばにあったからいいようなものの、失くしていたら、君は今頃あの狭いボックスの中で呼吸困難を起こしていただろう…」


担当の警官から、みっちり説教を受け、耳が聞こえづらくなっているタケルも、言われたことを理解しようとして、神妙な顔をして聞いた。


それから弁護士と会い、裁判に関する説明を受けた。スピード逮捕だったので、短期間での裁判で済みそうだ。


その打ち合わせが終わり、ようやくタケルの家族は部屋に戻った。身体の芯から疲れ切っていたが、今後のことをどうするか、両親と真剣に話し合わなくてはならない。


タケルの心は、決まっていた。


まず、両親に火星へ行くよう説得して、“キララ”を警察が捕まえるまで、ヒロと相談しながら捜査に協力して、それが終わったら、地球へ帰るかどうか決めよう。




第14章 善と悪 ④

2021-06-02 17:12:05 | 未来記

2008-10-26

4.進級テスト


入院中のキラシャとパールは、ホスピタルで特別授業を続けながら進級テストに備えた。


ヒロからタケルのメールアドレスを教えてもらい、どんなメッセージにしようかと、前に撮った動画を見返しては、迷っていたキラシャ。


タケルから返事が来たら、また今までみたいに、楽しいメールのやり取りをしたい。


でも、タケルはどんなメールだったら楽しいと思うだろう?


そんなことをボーっと考えていたら、何を送ったらいいのか、わからなくなってしまった。


それより、目の前のテストを乗り越えることが、今のキラシャにとって、一番ダイジなことだ。


『タケルのことは気になるけど、テストが終わってから、メールしてみよう。


タケルだって、ヒロにはメールしてるのに、あたしには、まだ一度もメール寄こさないンだもン。


あたしのメールだって、ホントに待ってるのか、わかンないしね…』


パールは、ホスピタルで移民用の共通語でのテストを受けるようになっているが、内容は簡単な質問に答えられたら合格だ。


でも、キラシャは自分のクラスに戻って、みんなと同じテストを受けなくてはならない。


『あたし、テスト乗り切れるかな?』


キラシャはそんなプレッシャーを感じながら、テストの日を迎えた。


久しぶりの、学習ルーム。


ホスピタルは暖房が控えめだったが、大勢の子供がギリギリに座っている学習ルームは、暖かいのを通り越して『暑いなぁ』と感じた。


キラシャを見かけた仲の良い子は、「久しぶり!」「元気になったんだね!」と声をかけてくるが、みんな自分のテストのことで頭がいっぱいだ。


ヒロは、キラシャを見かけると、ニヤッと笑った。タケルに何かあったんだろうか?


ヒロにも、いっぱい聞きたいことはあるが、またカチッとくるようなことを言われそうだし、タケルに何があったのか、聞く勇気もない。


キラシャは、いろんな考えが頭に浮かんで、ボーっとしながら自分の席につき、テスト前のチェックをした。


中級の進級テストは、何しろ範囲が広い。


エリア語、共通語、歴史、地理、宇宙学、数学、生物、科学…。それに加えて、小難しいたくさんのルール!


特に、ルールは知らないうちに、突然変わることもあるので、進級テストの直前にひととおりチェックしておかないと、正解をのがしてしまう。


未来の11歳は、今の時代の何倍もの知識と、絶え間ない努力が必要なのだ。


ただ、問題の解答は選択性で、問題にヒントも隠されているので、ちょっとした知識や判断力があれば、正しい答えにたどり着く。


キラシャは、ホスピタルの特別授業で、いろんな先生からモノを覚えるコツと、判断の仕方を教えてもらいながら、楽しく学ぶことができた。


あのまま、学習ルームで知識をむりやり頭に詰め込む作業ばかりしていたら、テストを受ける気にもならなかっただろう。


キラシャは、ホスピタルでの治療を勧めてくれたハリー先生と、勉強を教えてもらった先生達に感謝しながら、マイ・ペースで進級テストを乗り切った。


キラシャの結果は…


共通語・宇宙学・科学・数学・歴史と、たくさん落とした科目があった。でも、もう少し点が足りない科目が多かったので、再テストでがんばれば、なんとか進級できそうだ。


再テストは、進級テストの問題と似たような問題が、60%以上含まれているし、再テストが不合格でも、3科目までなら進級が許される。


進級してから、午後に行われる補講を受け、定期的に行われるテストの合格点を取れば終了。理解度に応じて、補講の期間が延びたり、早く終わったりする。


進級テストが終わったら、子供達は自分の成績を確認して、不合格だと再テスト。


再テストも不合格が4科目以上だと、また、同じ学年の再受講通知が送られてくる。


結果が出るまでの期間は、子供達はそれぞれに、自分の所属するクラブ活動の大会の準備、展覧会への出品などに追われた。


スクールの年間の最終行事として、表彰式と卒業式があり、終業式の日を迎えると、ようやく待ちに待った2週間の休暇がやってくる。


しかし、その前に最悪だった暴力事件の裁判が行われることを忘れてはならない。


裁判の結果によって、スクールのルール変更があり、普段の生活にも影響することもある。


楽しみにしている休暇の予定にも関わる場合もあるし、自分の将来にも関わることもあるので、この裁判は子供達にとって、重要な意味があった。




第14章 善と悪 ⑤

2021-05-31 17:19:00 | 未来記

2008-11-01

5.裁判


カイの裁判は、いつになく厳重な監視体制で行われたが、各ホームルームで反省会を行った効果があったのか、特に混乱もなく、決められた日程を終え、静かに判決が下された。


裁判では、相手が手を出したから、しかたなく応じたと、正当防衛を訴える生徒も何人かいたが、裁判官はこう言った。


「パトロール隊員は君達のケンカを止めるために、誰ひとりとして、殴るという行為はしなかった、と報告を受けている。


君達を取り押さえるために、自分が君達のパンチをクラってもだ。


君達には、殴られても殴り返すことをしない努力が、防犯カメラで確認することができなかった。


ここでは、どんな腹の立つことがあっても、相手に危害を加えてはいけないというルールがある。


このルールに従えず、このような暴力行為をおこなった者は、このスクール内での教育を受ける資格がないと判定する。


ケンカをした両グループのうち、スクール内の防犯カメラを確認して、激しい暴力行為を行ったと、裁判員から意見のあった生徒について、次のような処分を行う」


主犯のゼノン以下、暴力行為が甚だしかった生徒は退学処分となり、その数は20人を超えた。


ゼノンに足を引っかけられて気を失ったカイは、被害者なのでおとがめなしだったのだが、自分のせいで仲間が退学になってしまったことに、いたたまれない様子だった。


裁判のあとで、仲間がイジメを受けるかもしれないという気持ちが強かったらしく、キラシャの言うように、自分の言いたいことを訴えることは、できなかったようだ。


そんなカイに、ハリー先生から他のスクールに転校することも、アドバイスを受けたが、カイの家族も今回のことで、別のエリアへ移る決心がついたようだ。


カイの表情に、少し明るさが戻った。


裁判が終わってから、移住の報告にハリー先生を訪ねたカイは、こう言った。


「ユウキ タイセツ。


ボク ユウキ ナカッタ。


トモダチ ボクノタメ タタカッタ。


デモ ボク ナニモ デキナカッタ。


カナシカッタヨ。


デモ ツギノ トコデ タタカウ。


センセノ ナマエ ト ハナシタ コト ワスレナイ」


ハリー先生のファースト・ネームは、ユウキという。


もっと、勇気を持って戦えばよかったと、カイは言いたかったのだろうか?


「おいおい、戦うって。ケンカや戦争は、しちゃだめなんだよ。戦わない勇気だって、必要なんだ。この裁判で、それをわかって欲しかったんだけどな」


「OK。ルール ヤ ヒト ダイジニスル。 


ヘイワニ ツナガル。


スコシ ベンキョウシタネ。


ミンナニ アリガト ツタエテ。


デモ…


ソレ ダメナ トキモ アル…


ワカッテ ホシイ…


SO GOOD-BY…」



カイは、何かすっきりした顔をして、ハリー先生に別れを告げた。


多額の寄付をしていた、ゼノンの親族の皇族も、裁判の結果を受けて、他の安全なドームへ移ることにしたらしい。


ドームの管理局にとって、この判決は資金源を減らすことになるので、裏でいろいろ画策する人もいたようだが、ルールに基づいた判決には、従わなくてはならない。


この裁判によって、大きな影響を受けたのは、もう少し財源があれば、休暇の活動や、旅行にも補助金を出してもらえた子供達だろうか。


補助金を当てにして、旅行の準備をしていた生徒の中には、資金が足らずにあきらめた子もいたようだ。


どのドームも、将来を考えた財源を確保することが、資金を求める住民の支持を受ける元となる。


その犠牲になるのは、やはり弱者である子供達なのかもしれない…。




第14章 善と悪 ⑥

2021-05-29 17:14:01 | 未来記

2008-12-10

6.パレード


このスクールでは、毎年さまざまな分野で優秀だった生徒の表彰式がある。


スクールの中で一番広い食堂が、表彰式の会場に早変わりして、その日は朝から初級コース・中級コース・上級コースの順番に表彰が行われた。


キラシャも表彰式に参加したが、今回は拍手をする側に回った。


同じ部屋の子では、リコが共通語の成績優秀者のひとりとして、バッジを受けていた。


キラシャは『あたしも、共通語がうまく話せるようになったら、タケルを追いかけて宇宙に行けるンだけどな…』と思った。


上級コースの表彰も終わりに近づくと、いよいよ恋愛学のベスト・カップル賞の発表だ。


同じ部屋のケイとボブも素敵なカップルだなと、キラシャはうらやましくて憧れていたが、模範となったベスト・カップル賞は、ボランティア活動で活躍したカップルに贈られた。


このカップルは、ドームの人が集まる場所に、自分達で育てた花を贈り、今もその花がきれいに咲き誇って、街の雰囲気を良くしているのが、受賞の理由だ。


毎年恒例のように、先生方の策略で、子供達には興味のないカップルが選ばれている。


生徒による投票では、オリン・ゲームで好評だった、ルディとジャンの美男美女カップルに入れる子が多かったのだが、卒業生ではないということで、除外されてしまった。


今回は、お笑い系で評判だった男子と、まったく不釣り合いなくらいお嬢様系のカップルが、異色の組み合わせということで評判となり、ベスト・カップル賞に選ばれた。


2つのカップルが、表彰台に上がると、生徒達からキッスのコールが始まる。


4人は照れながらも、お互いを見つめ合ってバッジを着け合うと、大勢の拍手と口笛が響く中、何度も練習したキッスを披露した。


昼食はいつものように、同じ食堂でハンバーガーとドリンクを受け取ると、適当な所で友達と雑談しながら済ませ、パレードの準備に移る。


午後になると、スクールで表彰された生徒達が、その証であるバッジを胸に輝かせて、街で行われるパレードに、音楽隊の後に続いて参加した。


中には、人質に遭ったタケルの救出に、一役買ったヒロも含まれている。


タケルとのケンカで、飛び級のチャンスを逃したヒロだったが、今まで成績でもらったバッジよりも、今回のバッジの方が誇らしげだ。


キラシャには、心配したユウキ先生が病室に来て、タケルが危ない目に遭ったことと、ヒロの機転が事件の早期解決につながって、タケルも無事に救出されたことを教えてもらった。


タケルのことを黙っていたことを先生は悪かったと言ったが、タケルの性格を考えて、黙っていたんだと言われると、キラシャは何も言えなかった。


キラシャは、結局再テストの結果が出るまで、タケルへのメールをおあずけにした。


だって、ちゃんと進級してないと、タケルが戻った時、すっごくバカにされそうだったから。


猛勉強の末に、無事に再テストですべて合格という通知を受けて、キラシャはようやくホッとして、タケルに短いメールを送った。


しかし、その時にはタケルが、再び人質事件に巻き込まれるなんて、キラシャもヒロも想像していなかっただろう…



パレードが終わった次の日は、卒業式だ。


このスクールに入ってから、長い子供は15年間を過ごしたチルズ・ハウスからの卒業。


子供達にとって、先生や先輩から怒られながら、仲間と一緒に生活する毎日から、自分ひとりで部屋を借りて、大人へ仲間入りする第一歩を踏み出す成人の日でもある。


キャンドルライトに照らされて、着飾った卒業生達は、保護者や先生方の祝福を受け、代表が挨拶をして、自分達の思い出を語った。

 

ケイの晴れ姿も、これで見納め。


髪の毛をきれいにまとめ、お気に入りの服、お気に入りのアクセサリーでバッチリ決めた、モデルのようなケイ。  


キラシャは、ケイとの別れ際に、海洋牧場で見つけたきれいな光る石をプレゼントした。


「ケイの部屋に、絶対遊びに行くからね。また、きれいな石を見つけたら持って行くよ。今度は、ケイのデザインで指輪でも作ってね!」


「あぁ、待ってるよ。いつか、有名なデザイナーになって、キラシャのかわいい結婚指輪、作ってあげるよ」


「ありがとう、ケイ。あたしも楽しみだよ。ボブとも、仲良くやってね!」


「もちろんだよ。カレッジ卒業したら一緒に暮すンだ。自分の指輪は、自分でデザインしないとね。いい石が見つかったら、ちゃんと持って来るンだよ。じゃぁ、元気で!


みんなと仲良くやるんだよ…」


ケイはボブと一緒に、スクールを後にした。



次の日は、終業式。


卒業生以外の学年が、再び食堂に集まり、この1年の反省をして、休暇の過ごし方について、諸注意があった。


今回は、乱闘騒ぎがあったせいか、外出はなるべく控えめにと指導もあり、財政上の都合もあって、旅行に出かけられない生徒が多かったため、不満な顔が多い。


一方、ゲーム会社の好意で、指定された新しいゲームが、休暇限定で無料になるらしい。


試験段階のゲームなので、会社は子供達の反応を見て、ゲームの出来栄えを確かめたいのだ。


ゲームをして、新しいアイデアを思いつき、その会社に報告した子供には、奨励金が贈られる。


子供達にとって、ゲームは単なる遊びではなく、資金源でもあるのだ。


ようやく次の日から、休暇が始まる。


多くの子供達が、チルズ・ハウスから、保護者の元や旅行先へと移動し始めた。

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