最終回 愛には勝てん
サンライズシティの夜景は、まるで宝石をちりばめたように輝いていた。
ゴールデンフェニックスでの仕事もすっかり板につき、キャッサリーンは今や人気ディーラーの一人となっている。奈落の瘴気に怯えて過ごした日々も、吉岡に囚われた悪夢のような時代も、もう遠い過去のことのようだ。
今の彼女の顔には、穏やかで確かな幸福が宿っていた。
――そんな彼女が、この夜は一人の男のもとを訪れる。
港に近い古びた宿屋の屋上。
イグニスは腰を下ろし、煙草の煙を夜風に流していた。無骨で風来坊の彼は、戦いが終わった今もどこか街には馴染まず、自由気ままな生活を続けている。
「……イグニス」
屋上の扉が開き、キャッサリーンが姿を見せる。月明かりに照らされる彼女は、まるで戦場で見た時よりもずっと強く、そして美しくなっていた。
「よぉ。仕事は終わったのか」
「ええ。今日は……どうしても、伝えたいことがあって」
イグニスは煙草を消し、彼女に視線を向けた。
キャッサリーンは深呼吸し、決意を込めた瞳で言葉を紡ぐ。
「イグニス……私を、あなたのそばにいさせてほしい」
彼女の声は震えていなかった。奈落の深淵のような過去を生き抜いた者の、まっすぐな告白だった。
しかしイグニスは、しばし沈黙したまま視線を夜空へと逸らす。
「……悪いが、俺はこういう人間だ。根無し草の風来坊。お前を幸せにできる保証なんて、どこにもねぇ」
「そんなこと、わかってるわ」
キャッサリーンは一歩踏み出す。その瞳には迷いがない。
「幸せかどうかは、私が決めることよ。あなたのそばにいると決めたの。奈落でも、絶望の中でも、ずっとあなたを信じてた……だから、もう離れたくない」
イグニスは思わず息を呑んだ。
彼女の声にはかつて助けを求めていた弱さはなく、共に生きたいと願う強さだけがあった。
「……ったく、しつこい女だ」
苦笑し、彼は肩をすくめる。そして短く、諦めたように吐き出した。
「好きにしろ」
その言葉を聞いた瞬間、キャッサリーンの瞳に涙が溢れる。だがそれは悲しみの涙ではない。彼女は笑顔のまま、その腕に飛び込んだ。
「……ありがとう、イグニス」
「礼なんか言うな。俺は何も変わっちゃいねぇ」
ぶっきらぼうにそう言いながらも、イグニスの手は優しく彼女の背に回る。
戦乱の時代は終わり、奈落の瘴気は消え去った。
不器用な男と強く生き抜いた女。二人の未来は、まだ誰にもわからない。
だが夜風はどこまでも優しく、サンライズシティの光は二人を祝福するかのように輝いていた。
ーーー 完 ーーー
最後までお付き合いくださった皆さまに、心から感謝を申し上げます。
本編を読んでくださった方も、外伝から初めて作品世界に触れてくださった方も、本当にありがとうございます。
この物語を通して、「戦いの後にも人生は続いていく」ということを少しでも感じていただけたら幸いです。
そして、彼らの物語はこれで一区切りですが、世界はまだまだ広がっています。
もし今後また別の誰かの視点で描かれる物語があれば、その中でイグニスやキャッサリーンの姿を垣間見ることがあるかもしれません。
ここまで読んでいただけたことが、作者として何よりの喜びです。
本当にありがとうございました!




