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君を迎えに来た

 あれから――数年が過ぎた。


 奈落の瘴気に覆われた大地での戦いは、常に死と隣り合わせだった。イグニスは数え切れないほどの仲間を見送り、時に己も深い傷を負いながら、それでも前に進み続けた。そして、ついに奈落を支配していた六体の魔将――「奈落六大将」を討ち果たし、世界に広がっていた瘴気は次第に力を失っていった。


 季節は巡り、グランドリオン領の空にもかつての青さが戻りつつある。

 そんな中――


 港町グレイロック。

 その街角の小さな宿屋の前で、キャッサリーンは聞き慣れた足音に顔を上げた。


「……イグニス」


 そこに立っていたのは、かつてよりも鋭さを増した眼差しのイグニスだった。鎧には無数の傷跡が刻まれ、その背には奈落の地を踏破してきた者だけが纏う気配が宿っている。しかし、その表情には、旅立つ前と変わらぬ温もりがあった。


「待たせたな、キャッサリーン」


「……本当に、全部……終わったの?」


「ああ。もう奈落の瘴気は消えつつある。グランドリオン領にも――お前を迎えに行ける世界になった」


 その言葉に、キャッサリーンの瞳が揺れた。二年という歳月、彼女はグレイロックの街で過ごしながらも、心のどこかでイグニスの帰りを信じ続けていた。


「……夢みたいね。本当に、迎えに来てくれるなんて」


「約束しただろう」


 イグニスは彼女の前に立ち、手を差し出す。


「行こう。俺の故郷へ――もう、瘴気に怯える必要はない」


 キャッサリーンは震える指先で、その手をそっと握った。温かい。その温もりが、彼女の胸に溜まっていた不安を溶かしていく。


「……ええ。行くわ、イグニス」


 静かに微笑む彼女を見て、イグニスはわずかに口元を緩めた。

 奈落を越えた者たちの物語は、こうして新たな未来へと歩み出すのだった。


 港町グレイロックを後にした二人は、日の光が輝く都市――サンライズシティへと辿り着いた。街は活気に満ち、人々の笑い声や車の喧騒が入り混じる、かつての奈落の暗黒とはまるで別世界のようだった。


「……すごい街ね、イグニス」


 キャッサリーンは目を輝かせ、街並みを見渡す。高層ビルのガラスに反射する陽光が、まるで希望そのものを映し出しているかのようだった。


「ここなら、もう誰も怖がる必要はない」


 イグニスは穏やかに微笑み、彼女の手を軽く握った。


 二人はサンライズシティ最大の娯楽施設――ゴールデン・フェニックスへと足を運ぶ。建物の外観は金と赤を基調とした華やかさで、街中からもひときわ目立っていた。中に入ると、煌びやかな照明に照らされたカジノフロアが広がり、ルーレットやブラックジャックのテーブルが人々で賑わっていた。


「……こんな場所で、みんな楽しんでいるのね」


 キャッサリーンは興味津々に辺りを見渡す。


 そのとき、テーブルの一つでカードを配る手元に、彼女の視線が釘付けになった。


 ディーラーのエミリ――若く凛とした佇まいで、巧みな手捌きと落ち着いた声のトーンで次々とプレイヤーを魅了している。カードはまるで魔法のように正確に配られ、テーブルの空気は緊張と期待に満ちていた。


「……あの人、すごい……」


 キャッサリーンの瞳は輝き、心の奥で小さな憧れが芽生える。


 イグニスは彼女の様子に気づき、柔らかく微笑む。「気になるのか?」


「ええ……私も、あんな風に――ここで働きたい」


 キャッサリーンは決意を込めて言った。その言葉には、奈落での戦いを経て得た勇気と、新しい世界で自分の居場所を見つけたいという希望が詰まっていた。


 イグニスは少し驚きながらも、力強く頷いた。「なら、俺が後押しする。やってみろ、キャッサリーン」


 彼女の胸に、久しぶりに高鳴る期待とワクワクが広がる。奈落を越えた者たちの新しい日常は、こうして少しずつ色を変え始めたのだった。

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