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18.私は天人で、でも人間で

「車両の連結部が突然外れて、その直後に火が出た……偶然と片付けるには、少しできすぎているね」


 最後尾の車両を見渡していたシオンお父様が、難しい顔でつぶやく。


「ステファニー、ハーヴェイ殿、二人は何か心当たりは? こんな手の込んだ罠を仕掛けられるような」


 その問いに、二人は静かに首を横に振る。


「私やユリが狙われる訳もないし……こんなことをした犯人は、簡単には見つからなさそうだね」


「お父様、だとするとまた、何か同じようなことが起こるのでしょうか……」


「そうとも限らないけれど、油断はできない。みんな、できる限り私の近くにいてくれ。そうすれば万が一の時にも、守ってあげられるからね」


 お父様の言葉に、ステファニーは素直に、ハーヴェイは悩みつつもうなずいていた。




 そうして元の車両に戻ってから乗務員を呼び止め、最後尾の車両にある仕掛けについて説明する。


 きっと何かのいたずらでしょうという、そんな言葉を添えて。やがて最後尾の車両は、立ち入り禁止になっていた。


 それからは何事もなく汽車は走り続け、夕方頃大きな町のそばで止まった。ダミアンさんが手配してくれた宿に入って、ようやく一息つく。


 けれど、そのまま休む訳にはいかなかった。一休みしてから一室に集まり、顔を見合わせる。昼間にあったことをダミアンさんに説明してから、お父様がみんなを見渡した。


「さて、約束通りハーヴェイ殿には説明しなくてはね。私たちが何者か、どんな事情を抱えているのか」


 お父様はいつも通りの笑顔で、ハーヴェイを見つめている。ハーヴェイは訳の分からないことが多すぎるからなのか、どことなく混乱したような顔をしている。


 そんな彼を、ステファニーとダミアンさんが興味深そうに眺めていた。


「そうだね、どこから話そうか……私とユリは、天人と言う存在なんだよ。人とは違う寿命を持ち、様々な術を使うことができる。さっき車両をつなぎ直したのも、火を消したのも、みな術だ」


「私たちの存在が明らかになると、人間の世界に余計な混乱を招きかねませんので……どうか天人については、黙っていていただけるでしょうか」


 そう言葉を添えると、ハーヴェイはぎこちなくうなずいた。お父様が、彼の顔をのぞき込むようにして言葉を続ける。


「私たちは、基本的には人間とは関わらない。けれど、成長した天人の子供は、一年間だけ人間の世界を旅してくることになっている。私たちはこの旅を、成人の儀と呼んでいるよ」


「私は、その成人の儀のために、天人の里を出てきたのです。一年経ったら、また里に戻ることになっています。……だから、人間からの求愛には応えられない」


 本当は、その気になれば人間と夫婦になることは可能だ。けれどそこまで教えてやるつもりはなかった。ハーヴェイには一刻も早く、私のことをきっちりとあきらめてほしかったし。


「そして私は、ユリの旅に付き添ってきたんだ。大切な娘の、大事な旅だからね」


 娘、と聞いてハーヴェイが眉をひそめた。二十歳そこそこにしか見えないお父様と、十六歳の私。どう見ても、兄妹にしか見えないだろう。だからこそ、私はずっとお父様のことを兄と呼んでいたのだし。


「天人は、ある程度育ったらもう見た目は変わらないんだ。私はこれでも、もう四十近い」


「でも、私は見た目通りの年齢です。赤子の頃にお父様に拾われて、お父様に育てられましたから。……ですから私たちの関係は、血のつながらない親子、が正解なんです」


「なんという、ことだ……」


 とうとうハーヴェイが頭を抱えてしまった。それも無理はないだろう、彼の常識からはかけ離れた話が、次から次から飛び出してくるのだから。


「あの、大丈夫ですか……?」


 そんな彼を見かねたのか、ステファニーがそろそろと声をかける。


「……ああ、一応は大丈夫だ。しかしステファニーさん、君はもしかしてこのことを知っていたのか? やけに落ち着いているようだが……」


「はい。わたくしたちウラノス家は、天人とゆかりのある家なのです。あなたをだますつもりはなかったのですが……ごめんなさい」


 静かに答えたステファニーに、ハーヴェイは小さく微笑んで首を横に振った。


「いや、君は悪くない。ユリさんたちの事情やその力は、確かにあまり公にしないほうが良いものなのだと、俺にもそう思える」


 少し疲れたような顔で、ハーヴェイは私とお父様をちらりと見た。その目には、わずかな恐れのようなものが浮かんでいるように思えた。




 そうして説明も終わり、みな自分の客室に引き上げていった。後は寝間着に着替えて眠るだけだ。明日も一日汽車の旅だし、早めに寝ておくに越したことはない。


 けれど、どうにもこうにも眠れなかった。胸の奥がざわざわするような、そんな感覚が消えない。少し考えてガウンを羽織り、隣のお父様の客室に向かう。


「ああ、まだ起きているよ」


 扉を叩いて声を掛けると、お父様はそう答えてきた。そのまま中に入ると、寝間着姿のお父様に出迎えられる。羽織る形の寝間着をゆったりと着こなしていて、胸元が大きく開いている。


「……お父様、誰も見ていないからって、またそんなに着崩して」


「夜くらい大目に見てほしいな。だいたい人間の貴族の服というのは、窮屈でいけない」


 お父様は、普段はゆったりとした格好を好む。それに天人の普段着は、布を羽織って帯で留める、締め付けの少ないものだ。どこもかしこも体にぴったりした貴族の服とは、何もかもが違う。


「……だったら、無理についてこなくてもよかったんじゃないですか」


「服の苦しさよりも、君と離れる苦しさのほうが遥かに上だって、君も分かっているんだろう?」


 冗談めかして言ったお父様が、すっと真顔になる。


「それにね。君の旅についていかなかったらきっと後悔すると、ずっとそんな気がしていたんだよ。実際、昼間は危なかった」


「……そうですね。お父様が来てくれなかったら、大変なことになっていたかもしれません。ありがとうございました」


「おや、いつになく素直だね」


「私はいつも素直です。……いえ、そうでもないですね。実は私、ほっとしていました。お父様が駆けつけてくれたことに。……いいえ、もっと前から、お父様の存在に甘えていました」


 昼間、自分一人の力ではどうしようもない状況に放り込まれて。そんな中、お父様の声が聞こえた。あの時、涙が出るくらいに嬉しかった。もう大丈夫だって、そう思った。


 そしてもう一つ。結局のところ、私はこの旅を怖がっていたのだ。


 私は自分のことを天人だと思っている。けれどやはり私は、人間なのだ。


 たった一人で人間の世界に放り出されたら、私は本当にただの人間になってしまうのではないか。もう二度と、天人の里には戻れないのではないか。そんな恐れを、追い払えずにいたのだ。


 だからこそ、私は大いに張り切って成人の儀に挑んでいたのだ。空元気をふりかざすことで、不安と恐怖を吹き飛ばそうと必死になっていた。


 そんな私にとって、そばにいてくれるお父様は何よりの救いで、励ましだった。


「……こんな風に思ってしまう私は、やっぱり天人にはなれないのかな……」


 自分の感情に気づいてしまい、悲しくなる。うつむいて、ぼそりとつぶやいた。と、布がさらりと動く音がして、目の前が暗くなる。


「大丈夫。成人の儀は、そうやって自分を見つめるための旅だからね。君が頑張っていることは、私がよく知っているから。私だけでなく、里のみんなも知っているよ」


 私をしっかりと抱きしめて、お父様が優しくささやく。小さな頃、ぐずる私をお父様はいつもこうやってあやしていたなあと、そんなことを思い出す。


「だからみんな、私がついていくことに反対しなかった。むしろ、応援された」


 お父様が笑う。伝わってくるその揺れに、ほっとする。


「そんなことはあり得ないと思っているけれど、もし君が天人として認められないようなことがあったら、私は全力で抗議するよ」


 こくんとうなずくと、またお父様が笑った。それから声をひそめて、耳元でささやいてきた。


「万が一君が天人になれないなんてことになったら、私も里を捨てるよ。二人で人間として、こちらで生きていこう。なに、ダミアンたちもいるし、何とかなるさ」


「あの、さすがにそれは……」


「嫌かい?」


「嫌じゃないですけど、でも里を離れたら、いつか術も使えなくなりますし……」


 もごもごとそう答えると、お父様は腕を緩め、私の顔を真正面から見つめてきた。明るい青紫の目に、自然と視線が吸い寄せられる。


「そんなことは、どうだっていいよ。私が一番失いたくないのは、ユリ、君だからね」


 お父様、と答えようとしたら、涙がにじんできた。どうやら私は、昼間のできごとをまだ引きずっていたらしい。正確には、その中でハーヴェイが見せた態度に。


 彼は私にひとめぼれして、私に近づいてきた。


 けれどそんな彼は私の正体を知ると、ほんの少しではあるが恐れているようなそぶりを見せたのだ。私のことをあからさまに避けるようなことはなかったけれど、どうしても表情がぎこちなくなることを隠せずにいたようだった。


 彼が求めているのは人間としての私。天人である私は、どうしても恐ろしいのだろう。


 あれが普通の人間の、普通の反応だと里で習った。心構えもしていたつもりだった。それでもやっぱり、あんな風に態度を変えられると少し傷つく。


 でもお父様は、人間だとか天人だとかに関係なく、私のそばにいてくれる。お父様の人生を縛ってしまっていいものかとも思うけれど、でもやっぱり、嬉しかった。


「……私、お父様の娘でよかった」


 そう言って、お父様の首元に抱き着く。お父様の温もりと香りをすぐ近くで感じながら、私は微笑んでいた。ずっと父娘というのもね、というお父様の声が、聞こえたような気もしたけれど。

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