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12.思い切り着飾って王宮へ

 そうこうしているうちに、いよいよ大舞踏会の日が近づいてきた。


 ステファニーと一緒に選んだ私のドレスも完成し、私たちはみんなで会場である王都へ移動していた。


「我がウラノス男爵家は、爵位こそ低いですが顔は広いですし、あちこちに拠点があるのですよ。この屋敷も、その一つでしてね」


 王都の閑静な一角にある小さな屋敷に着いた時、ダミアンさんがちょっと得意げにそう言っていた。ここは、ウラノス家の人間が王都に来た時に使う別宅なのだそうだ。


 そうしてこの屋敷で二日のんびりした次の朝、食事の後にステファニーが宣言した。


「それでは、わたくしたちは準備にかかりますわ。おとうさま、シオン様がこちらに顔を出されないように、しっかりと見ておいてくださいね」


 彼女はそう言って、私の手を引いて奥に向かう。大舞踏会は今日の正午に始まり、真夜中まで続く。私たちはこれから特別にあつらえたドレスに着替えて、王宮に向かうのだ。


 そして、私が着るドレスについて知っているのは、ステファニーだけだった。シオンお父様もダミアンさんも、試着したところすら見ていない。


 これは、ステファニーの提案によるものだった。彼女は一緒に町に遊びに行ったその日の夜に、こんなことを言い出したのだ。


「一つ提案があるのですけど……ユリ、あなたのドレスを大舞踏会当日まで内緒にしておくのはどうでしょうか?」


「別にいいけれど、どうして?」


「あのドレスはとても素敵でしたし、きっとシオン様は感動されると思うんです。でも、どうせならもっともっと感動していただきたいなって、ふとそんなことを考えてしまって」


 ほっそりとした両手を可愛らしく合わせて、ステファニーがささやく。その青い目は、いたずらっぽく輝いていた。


「……面白そうね、それ」


 ちょうどお父様にお説教、というより甘やかしをされてきた直後だったということもあって、少しばかりお父様にやり返してみたいという思いを抑えることができなかった。


 それにこういった仕返しなら、喜ばれることはあっても叱られることはないと断言できた。やっぱり何だかんだ言って、お父様は私に甘いのだ。


 そうして大舞踏会当日、私たちは思いつきを実行に移した。お父様に見つからないようにドレスに着替え、そのまま大急ぎで馬車に乗り込んだのだ。お父様はダミアンさんと、別の馬車であとからやってくる。


「いよいよ、シオン様にそのドレスを披露する時が来ますわね。ふふ、どんな反応をされるのでしょうか」


 王宮に向かう馬車の中で、ステファニーはすっかり浮かれていた。


 彼女がまとっているのはたんぽぽのような可愛らしい黄色のドレスだ。青い小さな造花をあちこちに飾り、湖のさざ波のような優雅なレースがあしらわれている。


「間違いなく、大喜びすると思うわ。お父様、私に対してはとびきり甘いから」


「わたくしにも想像がつきます。楽しみですわね、その姿を目にする時が」


 そんなことを話している間に、もう馬車は王宮の門をくぐっていた。


 驚くほど大きな、石と鉄でできた門だ。家が一軒すっぽりと下に入ってしまうくらいに大きなその門全体に、とても細かい装飾がされていた。石の表面には彫刻が、鉄の表面にもつる草を思わせる飾りがついている。


「……大きいわ。どうしてここまで、大きいのかしら……しかもとっても手が込んでるし」


「王の権威を形にするため、という説もありますわね。わたくしも王宮に入るのは初めてではないのですけれど、そのたびに圧倒されてしまいます」


 ステファニーと二人、馬車の中から王宮を見上げる。門も大きかったけれど、王宮はさらに大きい。


 人間の世界にやってきて初めて泊まった宿よりも、ハーヴェイに招かれて足を踏み入れたアンテロースの屋敷よりも、ステファニーたちが暮らすウラノスの屋敷よりも、ずっとずっと大きかった。


 大きすぎて、山にしか見えない。大体石でできているようだし、本当に石を削り出したのかも。そんな、まさかね。


 術を使えない人間が、いったいどうやってこんなに大きな建物を作り上げたのだろうか。そんなことに、ちょっと興味がわいた。


 馬車を降りて、ステファニーと二人並んで王宮に足を踏み入れる。


 壁も天井も真っ白で、綺麗な模様が浮き出ている。床にも模様があるなと思っていたら、色の違う複数の石を組み合わせて作られているようだった。手が込んでいる。


 そうしていたら、少し遅れてお父様とダミアンさんがやってきた。やはり二人とも、見事に着飾っている。


 お父様の服は瞳の色に合わせた青紫で、金と白がアクセントになっている。ダミアンさんの服は落ち着いた栗色とぱりっとした白で、スカーフ留めには大きな琥珀が輝いていた。


「ゆ、ユリ!」


 お父様は私の姿を見るなり、その場に立ち尽くした。たっぷり三秒は固まってから、ふらふらとこちらに歩み寄ってくる。


「ああ……ユリ、なんて美しいんだ……とてもよく、似合っているよ……」


 そのままお父様は、私の手を取り間近で見つめてくる。その青紫の目には、ちょっぴり涙が浮かんでいるようだった。


「君のこんな姿を見られるなんて……今日は私の人生で最高の日だ。もう、思い残すことはないよ。ああ、生きていて良かった」


「縁起でもありません、お父様」


 予想をはるかに超える喜びっぷりに、恥ずかしくなってしまって小声でたしなめる。と、お父様は我に返ったように目を見張り、耳元でささやいてきた。


「そうだ、ユリ。一つ頼みがあるのだけれど」


「どうしたんですか、唐突に?」


「うん、こんなに綺麗になった君には護衛が必要だからね。だから今日は、私のことを名前で呼んでほしいんだ」


「護衛? 名前? 何のことですか?」


「君は深く考えなくても大丈夫。ちょっとしたいたずらのようなものだからね、お願いだ」


「まあ、別にいいですけれど。……シオン。これでいいんですか?」


 お父様を名前で呼ぶのは、たぶん初めてだと思う。そのせいか、やけに胸がどきどきして仕方がない。


「ありがとう、ユリ。それにしても……ため息が出るくらい美しいね。天人の里ではまず着ることのない服だから、余計にありがたみが増すというものだよ」


「おと……シオンも、とても似合っています。普段着るものにこだわらないあなたが、こんなにもしっかりと着飾るなんて……」


 お父様は、服は着心地だけで選ぶ人だ。少々似合っていなかろうが気にしないし、おしゃれをするという概念もない。


 天人のみんなは基本的に質素な装いをしていることが多いけれど、お父様の普段着は特に地味だ。ただし、どんなに地味な服をまとっていても、その中身はとびきり美しくて輝かんばかりだったけれど。


 上から下までお父様を眺めて感心している私に、ダミアンさんがおかしそうに笑いながら声をかけてくる。


「彼の服については、私が全て決めさせてもらいました。前から思っていたのですよ、平民の服をまとっていてさえあきれるほど美しかった彼を、思い切り着飾らせたらどうなるのか。ぜひともその様を、一度でいいから見てみたいと」


 その言葉に、ついうなずかずにはいられなかった。隣のステファニーも、苦笑しながら首を縦に振っている。ダミアンさんは嬉しそうに、言葉を続けた。


「まさかその思いを果たせる機会が得られるとは。ユリさん、あなたには感謝しなくてはなりませんね」


「そういうことさ。だから今日の私は、ただの着せ替え人形なんだ。着るものに興味はないし、ダミアンの力を借りることができてよかったよ」


 お父様はけろりとした顔でそう言って、ステファニーに向き直った。


「ところでステファニー、君もとても綺麗だよ。その色も意匠も、ほっそりとして可憐な君にはぴったりだ。君が選んだのかな? いい趣味をしている」


「ありがとうございます、シオン様。はい、自分で選びましたの。ユリも手伝ってくれたんですよ」


 そんな風にお互いの姿を褒め合ってから、私たちは同時に廊下の奥のほうに目をやる。大舞踏会の会場は、その先の大広間なのだ。


 お父様が、優雅な動きで手を差し出してくる。そこに自分の手を重ね、ゆったりと歩き出した。


 驚くほど大きくて豪華な建物を、信じられないくらいに着飾って歩く。天人の里にいた頃は一度だって想像しなかったそんな状況に、ついくすりと笑いながら。

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