「ニアに近づこうとするな」
実家に仕えている使用人たちとは、ほとんど話さない。私とマヌが過ごしている別邸には全然使用人たちはこないし、連れてきた使用人たちで十分だもの。
妹と元婚約者の結婚式に着ていくドレスやアクセサリーはもう準備してあるので、悪い魔力の源を探すのと領地を見て回ることにした。
「ねぇ、マヌ、とても綺麗ね」
「ああ。凄く綺麗だ」
私とマヌは、領地内の花畑に来ている。
私は知らなかったのだけど、この周辺に沢山咲いている黄色い花である。そのお花は香水になったり、そのまま売られたりとかするみたい。でも私の実家は魔石産業の方が盛んだし、お父様とお母様は花の事業は縮小していこうとしているらしい。
こんなに綺麗なのにもったいないなと思う。
こういうものに価値を見出すかどうかっていうのは、人によって違うからどうこういうべきことではないけれどね。
それにしてもこうやって領地内をぶらぶらして領民たちと交流を持っても……本当に誰も私が『呪われた令嬢』と呼ばれていたなんて気づかないのよね。
……まぁ、私の『呪い』がなくなったということは、それなりに領地に広まりつつあるみたいだけど。
使用人たちの間でも噂になっているみたいだし。私の見た目が改善されたからって、私がマヌに大切にされているからって……近づいてこようとする人もいるの。全部拒否はしているけれど……。
その花畑の傍で、その花が売られていたので少しだけ購入する。
こういう花を保存するための魔法もあるのよ。時々やっぱり魔力を放出していないとまた肌にブツブツが出来てしまうから、この花に魔法をかけてみようと思うの。
「ニア、それどうするんだ?」
「魔法でしなしなにならないようにして、何か飾りでも作ろうかなって思うの。カチューシャとかに着けても可愛いわね!」
「そうだな。可愛くなりそうだ。それをつけたニアは可愛いだろうなぁ」
マヌはそんなことを口にして、笑う。
マヌが可愛いと言ってくれることが私は嬉しい。他の誰でもないマヌからの言葉だからどうしようもないほど嬉しいと思う。
「マヌにも似合う花を探しましょう」
「俺に似合うもの?」
「ええ。マヌに似合う花で何か作ってマヌに着せたいわ」
「ニアがやりたいなら全然いいぞ」
「ふふっ、こうしてマヌに似合う花はどれだろうって探すだけで楽しいわ」
マヌと手を繋いで、花畑から少し離れたお店の立ち並ぶエリアを歩く。
その道中でも花屋はよく見られる。……お父様とお母様が魔石事業に傾倒したら、こういう素敵な花たちも育てられなくなるのだろうか? と考えると少しだけもったいない気持ちになる。
お父様とお母様や妹は、領民たちが例えば自分たちの決定で仕事を失ったとしても平然としている気がする。
そういう貴族も多いのは私も知っているけれど、領民たちからの不満はたまるのではないかなんて思ってしまう。
追加でいくつかまた花を購入する。私の手では持ちきれないほどなので、使用人たちに持ってもらった。
勢いのままにこんなに買ってしまった自分に驚いた。
マヌも使用人たちも私が幾らお金を使っても全く気にした様子がなくて、寧ろなんというか私が楽しそうにしているのが嬉しいなんて言う風に笑っている。
そういう笑みを向けられると、恥ずかしい気持ちにもなるけれどそれよりも嬉しいな楽しいなという気持ちの方が大きい。
それから花以外にも素敵だなと思うものはマヌに確認しながら購入した。
このあたりの名物料理も、全然食べたことがなかったので食べれて嬉しかった。
あと私の『呪い』がなくなったらしいということはこの領内で広まっているわけだけど、それ以外にも心無い噂は広まっている。
私の『呪い』が解けたのは嘘であり、影武者がここにきている。妹の結婚式を祝う気持ちがなく、『呪い』を広めようとしているだとか。
自分の『呪い』を解くために悪しきものと契約を結んで、妹の幸せを壊そうとしているだとか。
……両親や妹のあたりから広められているかもしれないって使用人たちが言っていた。
皆、私が幸せなのを信じられなくて、あることないこと口にしている。
私とマヌがお出かけから屋敷に戻っても色んな視線が向けられる。
好奇心に満ちた目だったり、嫌悪に満ちた目だったり――使用人たちの態度は様々である。
私たちが別邸へと歩いている時、声をかけられた。
「ニアミレッラ!!」
……なぜか、私の名を呼んだのは元婚約者である。
私の名前なんて呼びたくないとそんな風に言っていた気がするのに、どうしてだろうか?
そんな風に不思議に思う。
「なんでしょうか?」
「元婚約者に対して冷たいなぁ。その『呪い』が解けるなら、あのままでもよかったかもな。惜しいことをした」
そう言いながら、なんだかじろじろと私を見る。
……『呪い』が解けるなら私と婚約者のままでもよかったかもと口にするなんて、今の婚約者である妹に対しても失礼だわ。
第一、この領地にとどまったままだったら私の『呪い』はきっと解けることはなかったと思う。
元婚約者が何を思ったのか近づいて来ようとして、
「ニアに近づこうとするな」
マヌにそう言って睨まれていた。
騎士として活躍しているマヌと違って元婚約者は剣を持ったこともないからか、マヌに睨まれてそそくさと去って行った。
……何をしに来たのだろうか?