「ニアは笑っていていい」
私が実家で過ごしていた場所は、本邸よりずっと寂れている。
人気があまりなくて、その様子がまるで過去の私みたいだと思った。
……マヌに出会う前の私は、それがお似合いだった。
ただ明るい未来を信じることもなく、私はただ生きていた。
今、この過ごしてきた別邸を見るとなんだか……不思議な気持ちになる。
――私が嫁いだ後、特に掃除もされてなかったんだろうなとそれが分かって苦笑してしまう。
連れてきた使用人たちに掃除をしてもらうことにした。
こんなに生活感がないというか……、本当にただ生活をするだけの場だったかしら? なんて思うのは私が変わったからだろう。
ここで暮らしていた頃の私は、自分が何を好きだとか、何をしたいだとか……そんなことを一切考えていなかった。
だからこの質素な場所を特に何も思ってなかった。
マヌと結婚して、楽しさや前向きな気持ち、そして誰かを愛する気持ちを教えてもらった。
そういう気持ちをしったら、この育ってきた場所は……とても寂しい場所だったんだなと思う。
誰にも顧みられることなく、ただ『呪われた令嬢』として生きていくのが当たり前だってあきらめて、受け入れて。
そんなことがずっと昔の事のように感じられる。
「ニア、大丈夫か? さっきのこと、気にしているか? 気にしなくていいんだぞ。ニアはニアだし、ニアは笑っていていい」
「ふふっ、ありがとう。マヌ。家族のことは、びっくりするぐらい私は気にしていないの。ただこの場所があまりにも寂しい場所だったんだなって驚いているの。私ね、マヌに嫁ぐまでここでほとんど誰とも会わずに生きていくのが当たり前だったの」
「誰も来なかったのか?」
「ええ。お父様やお母様にも疎まれている『呪われた令嬢』なんて使用人が蔑ろにしても仕方がなかったわ。私の『呪い』の原因も分からなかったし、それを気味悪がるのも当然だわ。……ふふっ、そんな怖い顔しないで。マヌが私のためにそんな表情をしているだけで私は嬉しいわ」
マヌが私の言葉に顔をこわばらせていて、なんだろう、それに私は愛されているんだなって思った。
「一人でずっと、生きていたの。私が一人なのは当たり前で、周りに人が居ないのも当たり前だってそう思い込んでいて。後ろ向きなことばかり考えていて。マヌに嫁ぐ時だってどうせお飾りで、屋敷に閉じ込められる日々なんだろうななんて思ってたの。だけど、マヌに出会って私の世界は変わったの。この場所で過ごしてきた日々が、ずっとずっと過去のように思えていて、全然嫌な気持ちがないの。マヌの明るさが伝染しているのかもしれないわね。家族の……、あの人たちのことを考えるよりもマヌと明日何をしようってそんなことばかり考えているの」
私が笑ってそういえば、マヌは安心したように笑った。
マヌが笑ってくれると、私も嬉しくなる。
家族とは、私は分かり合えない。
血の繋がりがあろうとも、分かり合えないものは確かにある。
私はあそこまで拒絶され、不幸を願われている状態で家族に歩み寄って行こうとは思わなかった。
悲しさはあっても、元々家族とは名ばかりのかかわりもない人たちだった。
私の『呪い』と呼ばれた症状を拒絶し、疎み、私の不幸を願う人たち。
私はマヌは全てを照らすような人だと思っている。ちょっとした悪い人ならマヌと過ごせば改心してしまうのではないかとそう思うぐらいにマヌは明るい人だ。だけどその太陽と接してもそのままの人もいるんだろうなとは思っている。
「ねぇ、マヌ。妹の結婚式までまだ少し時間があるわ。その間に悪い魔力の源について調べましょう。あとは領地を見て回りましょう。私は多分、この機会を逃せばもうこの地に来ることがないと思うの。だからね、見て回りたいわ」
この領地にある、私の『呪い』の原因である魔力。
それの源がおそらくこの領地にはある。そのことを調べることが第一の目標。
そしてもう一つは実家にいた頃見れなかった領地を見て回ること。
この地は、何の問題もなければ妹とその婚約者に収まった私の元婚約者が治めるだろう。ならば、もうこの地にやってくることはなくなる。
一応、生まれ育った領地だから見て回りたいなって思った。
「ニアが望むなら、また此処に来れるようにするけど」
「ふふっ、なんだかマヌなら本当に出来そうね? でも大丈夫よ。私の帰る場所は、マヌと一緒に暮らす家だから。じっくり見て回ればそれだけで私は満足するわ」
「そうか。なら、沢山見て回ろう!」
「ええ。遊びつくしましょう」
マヌのならば本当に私がまたこの地に足を踏み入れられるように出来そうな気がする。そもそもマヌは出来ないことを口にするタイプでもない。
でもそこまでしなくても大丈夫なのだ。
――私たちがそうやって会話を交わしている間に使用人たちが掃除を終えた。
嫁ぐ前は独りぼっちだった私の暮らした場所。
でも今はマヌがいるんだなと思うとそれだけで心が温かくなった。




