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奴隷の帝王~無能な奴隷に転生した最強ヤクザの最底辺からの成り上がり~  作者: 三太華雄
第五章 抗争編

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裸の付き合い

「あ、あの……」

「なんだ?」

「俺たち、敵対していましたよね?」

「そうだな」

「なら、どうして今、二人で風呂に入っているんでしょうか?」


 湯船に浸かりながら、輝也は隣にいるティア・マットへ、おそるおそる尋ねた。

 なぜか今、自分はティア・マットと二人きりで、誰もいない露天風呂に入っている。


 戦意を喪失した輝也は、そのままティア・マットに従ってついて行き、いくつもの転移陣をくぐった。

 すると、そこにはこの世界では初めて目にする、広々とした露天風呂が広がっていた。

 そして流されるままに入浴し、現在に至る。


「話に付き合えと言っただろう」

「はい、それは分かっているのですが……どうして場所がお風呂なんですか?」

「腹を割って話をするなら、“裸の付き合い”って言うだろう?ここじゃ俺もお前も立場はない。お互い今はただの日本男児だ。」


 そう言いながら、ティアマットは当たり前のように隣で湯に浸かっている。

 一方で輝也は、つい先ほどまでの状況を考えれば、とても受け入れられるものではなかった。


 ティア・マットは見た目だけなら、恐れるような相手ではない。

 緋色と呼ばれる明るい髪色と、吸い込まれるような紅の瞳が特徴的で、むしろ、男であっても思わず目を引くような整った容姿をしている。


 だが、その話し方と纏う雰囲気、そして背中に刻まれた龍の刺青が、この男がどういう人間なのかを雄弁に物語っていた。


「それで聞きたいんだが、お前は、どういう経緯でこの世界に来たんだ?」

「は、はい、実は――」


輝也は、日本でどのような人間だったのかを簡単に話し、その後、この世界に来るまでの経緯を説明した。


「……なるほどな。当時の西暦は何年だった?」

「二〇二五年でしたね」

「俺が死んだのは二〇一〇年だからそこまで時間のズレはないか。……それで、何か大きな出来事はあったか?」

「えーと、そうですね――」


 輝也は、自分の覚えている限りの出来事を語る。


「……色々あったんだな。まあ、十五年も経てば当然か」

「はい。特に印象的だったのは、震災とパンデミックですね。」


 話しているうちに緊張も解けていったのか、気がつけば輝也の口調も、先ほどよりいくらか柔らいでいた。

 その後もしばらく、日本での他愛もない話が続く。

 意図的なのかは分からないが、ティア・マットはこの世界でのことには触れてこなかった。

 そのおかげか、輝也の言葉も次第に滑らかになり、気づけば警戒心はほとんど消えていた。


「ところで、僕からも聞いていいですか?」

「ああ、その為に風呂に来てんだ。遠慮なく聞け。」

「ティア・マットさんは――」

「ティアでいい」

「はい。じゃあティアさんは、やはりトラックに引かれて?」

「俺は覚えていないが、どうやらそうらしい。」


 ティアが肯定すると、輝也も年相応の好奇心を浮かべた表情を見せた。


「やっぱり!じゃあ、女神様に出会ったり、転生特典をもらって転生したんですか?」

「いや――お前も薄々勘づいてるとは思うが、俺は前世じゃヤクザでな、その罪の禊ってやつで、無能として転生させられた。物心ついた時から十年ほどは奴隷として暮らしていた。」

「え……」

「その後は他の奴隷を煽って、見張りの兵士を殺して脱走してしばらくは商人の家族と一緒に、カタギとして旅をしていたが……染みついたもんは、生まれ変わっても取れねえらしく、結局こうしてこの世界でもヤクザをやってる」


 輝也は、ティアの生い立ちを聞き、言葉を失った。

 本人は平然と語っているが、その内容は自分が思い描いていた“異世界転生”とは、あまりにもかけ離れている。

 そして今の話を聞いたことで、これまでのティアの言葉の重みが、より一層増したように感じられた。


「……そんな過去があって、今まで辛くなかったんですか?」

「別に。極道になった時点で、普通の生活なんて捨てたようなもんだ。それが生まれ変わっても続いてるだけだ」


 淡々と語るティアに、輝也は自分との違いを思い知らされる。

 そして、ふとした疑問が頭に浮かんだ。


「そういえば、ティアさんは前世ではどうやってヤクザになったんですか?――あ、いえ……ヤクザの知り合いなんていなかったので、どういう経緯でなるのか少し興味があって……あ、言いにくい話なら大丈夫ですけど」

「別に構わない。今さら別世界の話を隠す必要もないからな。」


 そう前置きするとティアは語り始める。


「ヤクザってのは、基本は伝手で組員を紹介してもらってなるもんだ。だが、俺の場合は少し特殊でな」

「特殊?」

「ああ。俺は十五の時に組の関係者を殺したことで、逆に組と繋がりができて、そのまま盃を交わした」


 そう話すと、ティアは天井を見上げ、どこか遠くを見るような目で続ける。


「幸い、殺した相手が組からも追われてた奴だったのが救いだったが……その時に兄貴分だった人に、色々叩き込まれてな。死ぬほどどつき回されて、人を殺したってことを嫌でも自覚させられた。おかげでしばらくは肉も食えず、何日もうなされたもんだ」


 ティアは当時のことを思い出したのか、小さく笑みを浮かべる。

 だが、その内容はとても笑えるような話ではなかった。


「……だが、最終的には全部承知の上で、その世界に踏み込んだ。……今、お前にやってるのは、その時に教わったことの焼き直しだ」


 そう言うと、ティアは視線をこちらへ向け、まっすぐに見つめてくる。

 その視線に耐えきれず、輝也は思わず目を逸らし、俯いた。


「……俺はこれからどうすればいいんでしょうか?」


 おそらく、もう以前のようには戦えないだろう。

 だが、戦いをやめれば、今の仲間たちに幻滅されるかもしれない。

 そう考えると、冒険者をやめるという選択にも、どうしても躊躇いがあった。


「俺は一度戦いから離れろと忠告したはずだ……だが、最終的どうするかは自分で決めろ。」


 ティアは静かに続ける。


「今のお前は命の重さを知っている、それでもなお戦うと言うのなら、もう止める理由はない。ただ、俺の邪魔をするなら今度は容赦はしないつもりだ。」


 そう言うと、ティアは背中の龍の刺青を見せつけるように立ち上がる。


「半端な覚悟でいれば、すべてが半端で終わる。それは極道の世界でも同じだ。何の覚悟もなく裏の世界に足を踏み込んで、そのまま半端に死んで(きえて)いく……そういうやつを、俺は腐るほど見てきた。……そうなるくらいなら、表で生きたほうがいい」


 それだけ言い残すと、ティアは一足先に風呂場を後にした。


「覚悟……」


 刺青の刻まれた背中を見送った輝也は、ひとりになった浴場で小さく呟き、改めてその言葉の意味を考える。

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