結成の「謎部」と、僕たちのキノコ坂
「オトハ君、私の『黒光り研究会』に入ってくれないか?」
両肩をつかむ稲穂先輩の手に、ぐっと熱がこもる。
「嫌です」
「何故だ!?」
即答のオトハに稲穂先輩の悲痛な叫びが響き渡った。
ここは――物理準備室。
狭い6畳ほどの部屋の窓はひとつ。両側の壁を覆うスチール棚には、オオクワガタを育成している「菌糸ビン」が並べられ、その幾つかの上部からは立派な「ヒラタケ」がニョキニョキと顔を覗かせている。
銀色の傘を持つオオヒラタケの瓶の横では、茶色くテラテラと滑った傘を光らせるナメコも顔を見せていた。
心なしか先ほどよりも大きく元気になっているような気がするが、それらは『菌界』で出会った「キノコの娘」達の分身だ。
始めは稲穂先輩と反目していたが、相互理解を深め、共存共栄の道を選んだのだ。
『私の子実体食べてくださいね。ちなみに私はヒラタケ族。シメジじゃありませんから! そこ大事ですよ?』
『私も遠慮なく伸びるね! クワガタさんが元気に育つように、微力ながら手伝うよ!』
ヒタタケ少女、平和歌恵とナメコの滑木滑子は笑顔でそう言うと、稲穂先輩と握手を交わした。そして、手を茶色い粘液まみれにしながらも、キノコの娘たちの「人間と仲良くなりたい」という気持ちを理解したのだ。
稲穂先輩の管理する物理準備室は、彼女たちにとっても魅力のある場所のようだ。
夕暮れのオレンジに染まった部屋で、オトハは壁際に追い詰められていた。
追い詰めている相手は、二年生の稲穂先輩だ。長く美しい緋色の髪に切れ長の瞳、はっきりとした顔立ち。男子たちに聞けば間違いなく「美人」だと10人中9人が答えるであろうし、街を歩けば若い男性ならば思わず振り返ってしまうだろう。
けれど――。
「……どうして僕が先輩の同好会に入って、クワガタの黒さと硬さについて語り合わなきゃならないんですか」
静かでも明らかな拒絶の気配を滲ませる。
「そ、それはオトハ君に、硬いとか大きいとか……言ってほしいからだ」
「嫌ですよ!? ていうか動機が意味不明で不純ですよね!」
オトハはそう言うと少し不満げに目線を外した。
「むぅう……」
落胆する稲穂先輩。それよりも『黒光り研究会』という部分にツッこむべきだろう。
普通に勧誘するのなら『オトハ君がクワガタを見て喜ぶ笑顔が見たい』だろうが、先輩はどうも言葉の選択が宜しくないようだ。
おまけに稲穂先輩の笑顔は、現役女子高生(JK)と言うよりは、欲望に滾る男の目つきに近いものがある。
中学生にさえ間違われるオトハは、あどけない表情と相まって稲穂先輩の「好み」らしかった。
別に稲穂先輩は嫌いではないし悪い人ではない。
いわゆる少しだけ「残念な」人なのだ。
『硬くて黒くて大きなクワガタが好き!』と公言し、それを育成することに青春を捧げている。その情熱で、物理準備室をクワガタの育成場として占領し、生育を邪魔すると思い込んだヒラタケ菌と対決するという斜め方向に突きぬける行動力を示した。
「じゃぁ、先輩! こういうのはどうでしょう?」
樹乃香がパン! と手を打って、二人の間に割って入った。
黒髪を束ねて短いポニーテールのようにしている。
「キノコくん?」
「樹乃香ですッ! この部室を私達にも使わせてくれませんか?」
「『黒光り研究会』をか?」
「その名前はどうかと思いますけど……、兎に角! 先輩はクワガタを育てる、オトハは絵を描く、私は……キノコ料理の研究をする!」
両手を広げて部室をふわりと指差す樹乃香。
「……なるほど!」
稲穂先輩が納得したように頷く。
「うーん。まぁ放課後ヒマだし、居場所は欲しいよね」
オトハもスケッチブックを抱えて流浪の民になるよりは、基点となる場所があったほうがいい。今更美術部には戻りたくないし、ここはいっそ『キノコ擬人化アート研究会』という名目で描き続けるのも悪くない。
「こんな新鮮な食材が安定的に手に入るなら……じゅるり」
樹乃香の瞳が鋭く光り、オオヒラタケとナメコをロックオンしている。菌糸ビンのキノコ達がギクリと汗を流したように見えた。
「食べる気かよ……」
オトハが呆れ顔で、生活サバイバル少女、樹乃香を眺めた。
「私の昼ごはんが白米オンリーから、キノコソテーつきのセレブ昼食Bにグレードアップするチャンスなのっ!」
「セレブはクワガタ育成ビンから生えたキノコ食べないと思うけど……」
「な、なによー」
ぷくーと膨れながら、肩でオトハに体当たりをする樹乃香。
この学校では運動部に入らないのなら文化部に所属しなければならない決まりがある。
音楽系に芸術系はもちろん、化学系、文学系。更にその枠に収まりきらない生徒達は、独自に研究名目で何かを成し、成果を文化祭で報告しなければならないのだ。
「私は構わない、今日から……寄せ集めのガラクタ部だが『何か』をやろうじゃないか」
「じゃ、決まりね! 『何か』をする為に」
「『何か』をがんばろう」
夕日の差し込む物理準備室で、オトハと樹乃香、そして稲穂先輩は手を重ねあった。
そんな三人を、キノコたちは静かに見守っていた。
まだ見ぬキノコ達はまだまだ沢山いる。オトハ達は長いキノコ坂を登り始めたばかりなのだ。
<おわり>
■
作者よりのおしらせ。
大賞、二次通過ならず。
というわけで本作は終了とさせていただきますが
オトハくんやキノカ君たちの世界は
他の小説(新作)にまるごと移植する予定です。
(無論、キノコ娘要素を全て削ってですが)
今まで応援をくださった皆様、心より感謝を申し上げます。